ウワサの重来者 どうか、心振るえる一生を。(中辛)

おいなり新九郎

文字の大きさ
43 / 122

第42話 爺様と孫

しおりを挟む

「何が起こった?」
 シロウは愕然がくぜんとしていた。思わず握っていた刀を落としそうになる。

 たった今の今まで、死に物狂いで戦っていたアダケモノが砂となって消えたのだ。

 虎河の兵も倒れている。死んでいるのか?シロウは数人の敵兵の首元の脈をみる。

 意識が無いだけであろう。

 こちらの兵は、気絶していないようだ。

 あの大きな鈴の音。その後、砂の楼閣ろうかくのように敵が砕け散ったのだ。

 お祖父様じいさまだ。お祖父様の海星の涙ステラマリスに違いない。

 シロウは虎河こが兵に縄を打つように指示すると奥に向けてまた駆けだした。

 そしてひとつだけ確信があった。

 目がかすむ。

 ここはまだ・・・ク海だ。

 アダケモノどもは、お祖父様が葬り去ってくれた。だが、この腐れた海は引いていない。

 この城のどこかに隠れて咲くアレは・・・仇花アダバナはまだ生きている。

 しかし、なぜだ。

 はじめから変だった。ク海とは仇花アダバナが咲いてその水位を上げるものと思っていた。

 シロウは前提が違うのか疑う。なぜなら、滝でみんなで仇花アダバナを討ち、ユウジを失ったのは四日前だ。シロウが目覚めたのと父勇那守が討たれたのは二日前。

 つまり、満月から四日経っている。その四日間ここはク海ではなかった。なかったのだ、確かに。

 仇花アダバナはどこかで咲いているのか?それとも別の何かか?

 大殿のおわす奥に近づいた。入口が大きく壊されている。焦げる臭いもする。

「大イノシシめがぁぁ。・・・お祖父様、お祖父様っ!」

 瓦礫がれきを飛び越え中に飛びいる。

 そこには三人の老人とひとりの赤子が座っていた。

みな、ご無事か?」シロウの声はうわずる。

 何かがおかしい。祖父が座布団を枕に寝かされている。

「お祖父さま?い、如何いかがなされ・・た?」
 やはり・・・やはりそうなのか?シロウは足の力が抜け、這いつくばって祖父に近づく。

本懐ほんかいげられました。」
 ジカイとヨウコ婆が揃って諸手をついて伏した。

「こっここ、これが最後の仕事でしょうか?お祖父さ・・」
 いきなり、シロウは自分の鎧の胴元を左手で持ちあげた。

「んっ!んうううん、ふん!ふん!」
 自分で自分の腹を殴っている。何発も何発も。

「若!」ヨウコ婆が近寄ろうとする。
「良い。」ジカイが止めた。

 這いつくばっていた体を起こし、痛みと涙とよだれまみれの顔を今度は自分で殴り始めた。
「しっかりせんかぁぁぁぁ!シロウ!」
 自分で自分を怒鳴りつける。

「しっかり・・・しっかり・・せんか。」
 
 ようやく止まった。うなだれる口からは血の混じったよだれが畳に糸を引いている。

「機嫌良う・・せんとの・・・。」
 かすかにつぶやき、よだれの糸は切れた。

「お祖父さまは、すこやかに旅立たれたか?」
「ええ、長年、お顔を見たかった方々に会われたのです。それはもうお幸せそうで。」
 ヨウコ婆は吹っ切れているらしい。
「ワシなどあまりかまってもらえず、けるほどじゃったわい。」
 ジカイは少しすねねているみたいだ。

「ならば、結構!」
 シロウは機嫌良く微笑み、両手をついて深く深く頭をさげた。

 
 ようやく顔をあげると座布団に座るひとりの赤子がシロウの目に入った。
「わっ!」
 シロウが驚くのも無理はない。額の目しか開いてないからだ。

「明丸殿にございますよ。」
 老人二人は面白そうにしている。
「え?しかし。」
 明丸ことムミョウ丸は十歳くらいなはず。この子は良くて1歳だ。立ててもいない。
 しかも、目が、目が。
「大殿からお聞きにならなんだか?」
「いや、偽の里子を出して、奥にかくまった客人だとしか・・・」

 じっと見つめあうシロウと明丸。

 明丸が両手を広げた。
「抱っこをご所望しょもうですよ。」
 ヨウコ婆は強引に明丸を連れてくる。
「おっ、おう。でも我は汚いぞ。今。」
 シロウは言い訳しながらもおっかなびっくり明丸を抱く。

 すると、
「ここにおるではないか!現太め!分かっておったな!」
 青年の声がして、シロウは首筋になにか付いたのを感じた。
 どこから男の声がしたのか分からずシロウは明丸を抱っこしたまま周りを見渡す。
 
 それは、貼札だった。銀の部分が肌に溶けていく。

 そこには、星から落ちた雫が水面で波紋を起こす絵が描いてあった。

「現太の奴め、どこの誰とも知れぬ者に妹達をくれてやる気はなかったな!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...