天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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第一部:ウェブ・ドキュメント『天蓋村(てんがいむら)に関する報告』

第20話:資料No.020(旧天蓋村診療所・カルテの断片)

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【資料No.020】
資料種別:診療記録(カルテ)の断片(複写)
記録年:1955年(昭和30年)~1985年(昭和60年)頃と推定

(以下は、県立公文書館が保管する、廃村となった天蓋村の行政資料の中から発見された、旧天蓋村国民健康保険直営診療所のものと思われるカルテの断片である。湿気による損傷が激しく、大半が判読不能。一部、かろうじて読み取れる箇所のみを抜粋した)

【カルテ断片A】
患者氏名:黒沼 ハツ(クロヌマ ハツ)
症状:周期的な高熱と全身の倦怠感。本人は「お山様の熱が出た」と訴える。
所見:原因不明の熱発作。特筆すべきは、患者の身体的特徴。
(欄外のメモ)
・投擲能力に特に優れる。かつて村の祭りで、対岸の的を石で射抜いた逸話あり。
・50mを7秒前半で走るなど、年齢に比して驚異的な身体能力を維持。
・女性。

【カルテ断片B】
患者氏名:田所 茂(タドコロ シゲル)
症状:「山が鳴る」「石の声が聞こえる」といった幻聴を訴え来院。これも「お山様の熱」の一種か。
所見:聴覚過敏の兆候あり。診察室の時計の秒針音にすら強い不快感を示す。
(欄外のメモ)
・絶対音感を有すると自称。実際にピアノの単音を言い当てる。
・顔の造形が著しく左右対称である点は、医学的にも興味深い。

【カルテ断片C】
患者氏名:佐藤 フミ(サトウ フミ)
症状:不明。「お山様がお呼びだ」と言い残し、前日から行方不明。家族が心配し来院。
所見:家族への聞き取りによる。
(欄外のメモ)
・常人離れした遠見視力を持つことで知られる。曇りの日に、数キロ先の山の尾根を歩く人影を判別した、等の証言多数。
・左右の視力に極端な差があったとの情報も。

【カルテ断片D】
患者氏名:(判読不能)
症状:…高熱が続く。「お山様の熱」。他の患者と…
所見:…全身状態は…特異体質の記録として…
(欄外のメモ、かろうじて判読できる箇所)
・…驚異的な肺活量。水中に数分…
・…長時間にわたり瞬きせず…監視…
・…水中での活動を得意とする…

【「名無しさん@地域史研究」による解説】
郷土史『水底の故郷』の発見は、私の調査における最大のブレークスルーだった。

「お役目」というキーワードは、これまで集めてきた異常な求人条件の数々を、一つの悍(おぞま)しい神事の体系へと見事に整理してくれた。

しかし、それでもなお、説明のつかない多くの「条件」が、謎として残されていた。

その最後のピースは、私が予想した通り、最も人の身体の秘密に触れる場所に残されていた。

県立公文書館の片隅で、誰にも省みられることなく眠っていた、旧天蓋村診療所のカルテの束。その、湿気で大半が朽ち果てた紙の断片の中に、私はこの80年にわたる狂気のシステムの「医学的な裏付け」を発見したのである。

「お山様の熱」。
カルテには、村の風土病として、この奇妙な病名が繰り返し登場する。周期的な高熱と、幻聴などの精神症状を伴う、原因不明の病。だが、重要なのはその症状ではない。
担当医が、各患者の「特異体質」として、欄外に書き残していたメモだ。

「投擲能力に特に優れる(女性)」「50mを7秒前半で走る」
「絶対音感」「顔の造形が著しく左右対称」
「常人離れした遠見視力」「左右の視力に極端な差」
「驚異的な肺活量」「長時間にわたり瞬きせず」「水中での活動を得意とする」

全身が総毛立った。
これは、私が血眼になって集めてきた、求人広告の異常な条件そのものではないか。

だが、その文脈は全く異なる。これらは求人情報ではなく、村の風土病にかかった患者の「症状」あるいは「素因」として、医学的な見地から客観的に記録されていたのだ。

この発見は、全てを繋げる最後のミッシングリンクだった。

天蓋村に古くから伝わる「お役目」。それは、単なる役割分担ではなかった。
「お山様の熱」という風土病にかかりやすい、特定の「特異体質」を持つ人間だけが担うことのできる、宿命的な役割だったのである。

「耳役」は、幻聴という形で山の声を聞く者。「目役」は、常人には見えぬ穢れを見る者。彼らの持つ「能力」は、この村においては、病の症状そのものだったのだ。

そして、後継者がいなくなった村は、この風土病の感染条件、すなわち「お役目」を担うための「特異体質」を、そのまま求人広告の応募資格へと転用したのだ。

彼らは、労働者を探していたのではない。
自分たちの代わりに、神聖なる病にかかり、生贄となる人間を探していたのだ。

全てのピースがはまった。
80年にわたる、この悍(おぞま)しいシステムの全貌が、今、私の目の前で、その不気味な姿を完全に現した。

私は、この調査報告の結論を、そして最後の考察を、書き始めなければならない。
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