天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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第一部:ウェブ・ドキュメント『天蓋村(てんがいむら)に関する報告』

第21話:資料No.021(「名無しさん@地域史研究」による最終考察)

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【資料No.021】
資料種別:ウェブサイト記事(最終考察)
作成年:2021年

(以下は、ウェブサイト『失われた日本の風景』に掲載された、本調査報告の結論部分である)

最終考察:天蓋村の求人広告、その本質について
これまで、20の物証を提示してきた。

戦前の新聞広告から、現代のウェブサイトのキャッシュまで。
それらは一見、何の脈絡もない、不条理な求人情報の寄せ集めに過ぎなかった。
しかし、全ての勤務地がダムの底に消えた「天蓋村」という一点に収斂した時、これらの断片は一つの物語を語り始めた。

元住民・斉藤氏の証言。古びた郷土史の記述。
そして、診療所に残されたカルテの断片。
これら全ての物証を統合した結果、私は、この80年間にわたる異常な求人活動の背後に隠された、一つの悍(おぞま)しいシステムの全体像を、ここに結論として提示せざるを得ない。

天蓋村の求人広告とは、時代に合わせて労働の形を偽装した、80年間にわたる「人身御供の儀式」の役割遂行者を選別・調達するためのシステムである。

この結論は、以下の三つの段階を経て導き出された。

第一段階:人身御供の代替システム

斉藤氏の証言と郷土史の記述が示すように、天蓋村には古来より「山ン神様」の怒りを鎮めるための「お役目」という風習が存在した。

しかし、戦争や過疎化により、その神聖な務めの担い手がいなくなった。
そこで村は、「お役目」を外部の人間、すなわち「客人(まれびと)」に代わらせるという禁忌の手段に手を染めた 。

その「客人」を村に引き入れるための偽装工作こそが、「求人広告」だったのである。

スーパーの店員、図書館司書、電話交換手――。
ありふれた職種と、市場価格を上回る高額な報酬は、社会から孤立し、助けを求められない人々を誘い込むための、巧妙に仕組まれた罠だったのだ。

第二段階:「お役目」と「応募資格」の完全なる符合

郷土史に記された「お役目」の名は、異常な求人条件の謎を解き明かす鍵となった。

山の声を聞く「耳役」は、「絶対音感」を持つ者を求めた。
山の穢れを見る「目役」は、「瞬きをしない者」や「常人離れした視力」を持つ者を求めた。
穢れを投げ祓う「投げ手」は、「投擲に自信がある女性」を求めた。
神の使いを迎える「走り手」は、「卓越した走力」を持つ者を求めた。
そして、水に関わる何らかの役目は、「泳ぎが得意」で「長く息を止められる」者を求めた。

私が収集した全ての物証は、この「お役目」という名のスペックシートに、恐ろしいほどの正確さで分類することが可能だった。
80年間の求人史は、古代から続く神事の役割分担表に他ならなかったのだ。

第三段階:風土病と「特異体質」

最後の謎は、なぜこれらの資質が「お役目」に必要だったのか、という点にあった。
その答えは、旧天蓋村診療所のカルテにあった「お山様の熱」という風土病の記録に隠されていた。

この病にかかった患者の「特異体質」として書き残されたメモは、求人広告の応募資格と完全に一致していた。
つまり、「お役目」とは、この風土病にかかりやすい

特定の素因を持つ者だけが担うことができる、宿命的な役割だったのである 。

彼らの「能力」は、我々の社会では特技や才能と呼ばれるものかもしれない。
だが、あの村の文脈においては、それは神聖なる病に身を捧げるための「聖痕」であり、生贄としての「適性」を示す指標でしかなかったのだ。

後継者を失った村は、この風土病の感染条件、すなわち「お役目」を担うための「特異体質」そのものを、求人広告の応募資格として掲げた。

彼らは労働者を探していたのではない。
自分たちの代わりに、山ン神様に「お返し」をするための生贄を、「神聖なる病にかかることができる肉体」を、労働市場から探し続けていただけなのだ 。

以上が、私が到達した結論である。

このシステムが、村がダムの底に沈んだ今、完全に停止したのか。私には知る由もない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
この調査において、私はあまりにも多くのことを知りすぎてしまった。

そして、「知ること」は、時に呪いとなる。
あの郷土史がそうであったように。斉藤氏が怯えていたように。

そして、この報告を読んでしまった、あなたもまた――。
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