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月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第21話:最後の記録

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2024年11月7日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名: (件名なし)

(以下のジャーナルは、カイトが遺した最後のまとまった記録である。文章の構成は著しく乱れ、タイプミス、支離滅裂な思考の飛躍が多数見受けられる。彼の精神が、極度のパラノイアと恐怖によって、完全に限界を超えていたことを示している)

もうだめだもうだめだもうだめだ
何日経ったのかわからない。時計を見るのが怖い。窓の外を見るのが怖い。カーテンの隙間から光が差し込んでいるから、たぶん昼間なんだろう。でも、この部屋の中は、ずっと夜だ。

彼らが見ている。

壁の向こうから。天井の裏から。床の下から。
音がするんだ。ずっと。最初は、ただの生活音だと思っていた。上の階の住人が歩く音。隣の部屋のテレビの音。でも、違う。あの音は、もっと、規則的で、無機質だ。

カサ、カサカサ、という、乾いた音。
まるで、巨大な虫が、壁と壁の間を這いずり回っているような。
違う。
キィィ、という、金属を引っ掻くような、耳障りな高周波音。
違う。
ねちゃ…ぐちゃ…という、あの音だ。
ポッドキャストの最後に聞こえた、あの咀嚼音。
壁の向こう側から、ずっと聞こえている。俺が何かを食べる音に、合わせるように。

あれは人間じゃない。違う。違う。
ファイルGに載っていた、あの写真。あの、あまりにも大きな、真っ黒な目。
ウェブカメラのレンズの奥で、俺を見ていたのは、あれだ。
桐島なんかじゃない。彼も、駒の一つに過ぎない。俺を監視しているのは、もっと、根源的な、この星のものではない、何かだ。彼らは、もう、すぐそこにいる。

この真実を、公開しなければ。
俺が死ぬ前に。俺という存在が、桐島の言った通りの、くだらない「物語」に作り替えられてしまう前に。
この『Project SILICA』の記録と、真田さんが命がけで送ってくれた『File-G』を、世に放たなければ。
俺の命など、もうどうでもいい。だが、この国が、我々人類が、ただの「検体」として、家畜のように扱われ続けてきたという、この冒涜的な事実だけは、誰かが知らなければならない。

そうだ。まだ、手は残っている。
俺が最初に誓った通り。海外の通信社にいる、友人。彼に、この全ての記録を送れば。
彼は、桐島たちの手の届かない場所から、この真実を世界に配信してくれるはずだ。

俺は、震える手で、メーラーを起動した。
新規作成画面を開き、彼の、決して忘れるはずのないメールアドレスを打ち込む。
件名は、簡潔に。『これを世界に公開してくれ。頼む』と。
そして、デスクトップ上にある『Project SILICA』のマスターフォルダと、『Fragment_G』のフォルダを、圧縮して添付ファイルとしてドラッグ&ドロップした。総容量、約500MB。

心臓が、激しく脈打つ。
頼む。
頼む、行ってくれ。
俺は、祈るような気持ちで、「送信」ボタンをクリックした。

…数秒の沈黙。
送信トレイのアイコンが、回転している。
そして、次の瞬間。

ポーン、という、間の抜けたシステムエラー音と共に、俺が送ったはずのメールが、受信トレイに戻ってきた。

件名:Delivery Status Notification (Failure)
本文:Address not found. Your message wasn't delivered to [友人のメールアドレス] because the address couldn't be found, or is unable to receive mail.

アドレスが見つからない?
馬鹿な。このアドレスで、俺は彼と、もう10年以上もやり取りを続けてきたんだ。間違うはずがない。
俺は、もう一度、アドレスを確認し、再送した。
結果は、同じだった。
三度、四度、五度。
結果は、変わらない。
まるで、彼のメールアドレスそのものが、この地球上から、忽然と消え失せてしまったかのように。

冷たい汗が、背中を伝う。
落ち着け。落ち着くんだ。
メールがダメなら、クラウドストレージだ。俺が設定した、あの自動バックアップ。
俺は、ブラウザを開き、海外のクラウドストレージサービスのサイトにアクセスしようとした。

だが。
ページが、表示されない。
「このサイトにアクセスできません。接続がリセットされました」
何度リロードしても、同じエラーメッセージが表示されるだけ。
別のサービスは? ダメだ。
さらに別のサービスは? それも、ダメだ。

俺が契約している、全ての海外サーバーへのアクセスが、ピンポイントで、完全に遮断されている。

そんな、そんなことが可能なのか?
これはもう、ただの監視ではない。
俺は、この部屋ごと、巨大な電子の檻に閉じ込められているのだ。
内側からは、決して、声も、データも、届かない。

SNSは? そうだ、ポッドキャストの公式アカウントからなら!
俺は、X(旧Twitter)にアクセスし、『深淵アーカイヴ』のアカウントでログインしようとした。

『このアカウントは現在、凍結されています』

凍結? なぜ? 理由の欄には「コミュニティ規定への違反」とだけ、無機質に表示されている。

駄目だ。
全て、塞がれている。
まるで、巨大な蜘蛛の巣に絡め取られた、一匹の蝶のように。俺がもがけばもがくほど、見えない糸が、より強く、俺の身体に食い込んでくる。

スマートフォンは?
そうだ、まだスマホがある。
俺は、ポケットからスマートフォンを取り出した。だが、その画面を見て、絶望の淵に叩き落とされた。

アンテナピクトが立つべき場所には、「圏外」の二文字が表示されている。
Wi-Fiのアイコンは点灯しているが、どのネットワークにも接続されていない。

おかしい。ここは都心だ。電波が圏外になることなど、あり得ない。
俺は、窓のカーテンを、ほんの少しだけ開けて、外を見た。
人々が、普通に歩いている。スマートフォンを片手に、笑いながら。
この異常は、この部屋の中の、俺だけに起きているのだ。

俺は、完全に、孤立させられた。
デジタルゴースト。
この世界に存在しているのに、誰とも繋がることができない。

壁の向こうから、また、あの音がする。
カサ、カサカサ。キィィィ。
違う。
ねちゃ…ぐちゃ…。

彼らが、すぐそこにいる。
俺の絶望を、壁一枚隔てた向こう側で、じっと、観察している。
俺が、全ての希望を断たれ、完全に心が折れるのを、待っている。

ああ、そうだ。
この調査ログ。
これだけが、唯一、まだ俺の手の中にある、真実の記録。
だが、これも、もはやどこにも送ることはできない。
これは、俺の、墓碑銘になるのだろうか。

彼らは、いつ来るんだろう。
明日か。
それとも、今夜か。

音が、大きくなっている気がする。
壁の向てうにいカベノムコウニイルあれは人間じゃないチガウ違うちがうちがう
ああ、もう、だめだ。

(この記録を最後に、この日のジャーナルは途切れている)
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