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1巻
1-3
天蓋村が求めていたのは、単なる「特殊な個体」ですらないのかもしれない。
彼らが探していたのは、特定の「経験」をした肉体、特定の「脆弱性」を抱えた肉体、そのものではないのか。
「出産を経験した者」
「水疱瘡に罹患した者」
「てんかん発作を起こしたことがある者」
これらの条件は、人間の身体が大きな変容や異なる状態を経験したことの証明である。
天蓋村は、そうした「経験済みの肉体」にこそ、何らかの価値を見出し、それを「役目」のために収集していたのではないか。
私の調査は、狂気のカタログを作っているだけでは意味がない段階に達していた。
バラバラのピース――これらの完成形が、それぞれどのような「役目」を担うのか。
その全体像を見出すためには、さらに多くの「組み合わせ」の実例が必要だ。
【名無しさん@地域史研究による解説】
天蓋村が求めていたのは、単なる能力や属性ではなく、特定の病や出産といった、抗いがたい経験によって変質した「肉体」そのものであるという可能性。
パズルのピースは、個々の「役割」を示すのではなく、複数のピースが組み合わさって、一つの「完成形」となる「個体」を選別しているのではないか。
この仮説を検証するため、これまで収集した資料を洗い直し、複数の異常な条件が同時に、あるいは追加で提示されているケースを探し出す。
それは、狂気の設計図を、その進化の過程から読み解こうとする試みだった。
そして、1980年(昭和55年)に発行された一枚のチラシに、私はその明確な証拠を発見した。
山荘「てんがい」
1973年にも、あの常軌を逸した「身体測定」のような求人を出していた、村営の観光ロッジだ。七年の時を経て再び同じ職種――厨房の皿洗い係を募集している。
その資格欄を見て、私は息を呑んだ。
走幅跳を5m以上跳べる方。
立位体前屈がマイナスの方(体が硬い方)。
七年という歳月が流れても、この場所が求める人材の「基本スペック」は、一切揺らいでいない。この事実だけでも、この選別が継続的かつ意図的なシステムであることを雄弁に物語っている。
だが、私の目を釘付けにしたのは、その末尾に後から付け足されたかのように追記された、第二十二の異常な条件だった。
視力が2.0以上ある方(ただし、左右どちらかだけでも可)
皿洗いに、超人的な視力は必要ない。それは議論の余地もない事実だ。
だが、重要なのはその点ではない。
この一文が証明しているのは、私の最悪の仮説――彼らが条件を追加し、より複雑な完成形を求めているという事実である。まるで部品の性能に満足できず、アップグレードを要求するかのように。
特に不気味なのは、左右どちらかだけでも可という但し書きだ。
両目での立体的な視界や、バランスの取れた視力を求めているのではない。
彼らにとって重要なのは、ただ一点、常人には見えないものを見通す、最低一つの「眼」の性能なのだ。
それは、遠くの獲物を見定める狩人の眼であり、あるいは、暗闇の向こうの僅かな光を捉える、夜警の眼だ。
この発見によって、パズルの様相は決定的となった。
天蓋村のシステムは、単機能の「部品」を集めていたのではない。
複数の、それも互いに全く無関係な卓越した能力を、一人の人間に集約させた「特殊個体」を、執拗に、そして計画的に作り出そうとしていたのだ。
跳躍力、身体の剛性、そして超人的な視力。
これら全てを兼ね備えた人間は、一体どのような「役目」を課せられるというのか。
もはや、公的な記録だけを追っていても、その答えにはたどり着けないだろう。
私は、このシステムに巻き込まれたであろう人々の、生々しい「声」を探す必要性を感じていた。
公式の記録からは削除された、噂、後悔、そして恐怖の断片。
そうした、ネットの深海に漂う匿名の書き込みの中にこそ、この狂気のシステムの、本当の顔が隠されているのかもしれない。
【名無しさん@地域史研究による解説】
これまで集めてきた資料から一度離れ、ネットの深海に沈殿する、人々の「声」の断片を拾い集める作業へと移行した。初期段階では無視していた匿名掲示板のログを再検証した時、その書き込みがこれまでの資料と符合していることに気づいた。
「視力だけがめちゃくちゃ良かった人」という書き込みは、あの異常な条件を満たした人間が実際に応募し、消えたことを示す初めての生々しい証言だった。
ロッジの皿洗いだったかな。視力だけがめちゃくちゃ良かった人だって聞いた。
この匿名の書き込みは、あの異常な条件を満たした人間が実際に応募し、そして消えたことを示す、初めての生々しい証言だった。
公的な記録と匿名の噂話が、20年の時を超えて繋がり、互いの信憑性を補強し始めた。ログの最後に残された「お役目」という言葉は、私が進むべき方向を指し示す暗い道標だった。この風習を正面から見据えるため、私はあの村の最後の姿を知る、生き残った元住民を探し出すことにした。
【資料No017】
資料種別 個人による聞き取り調査の音声記録の書き起こし
録音日 2021年5月12日
天蓋ダム建設時の補償交渉に関わった元住民の一人、斉藤和夫氏(仮名・84歳)に、私の身分を明かした上で御本人の自宅にて行ったインタビューの記録である。音声には終始、斉藤氏の荒い呼吸音と、時折お茶をすする音が混じる。
私 本日はお時間をありがとうございます。斉藤さんは、ダム建設当時、村の……
斉藤氏 ああ、まあ、まとめ役みたいなもんをやらされとった。好きでやったわけじゃねえがな。……もう、うんざりだったわい。
私 今日お伺いしたのは、当時の求人についてです。
斉藤氏 (数秒の沈黙)……求人?
私 はい。村のロッジや役場が出していた、奇妙な募集です。
斉藤氏 あんた何者だ。ただの歴史好きが、そんな昔のことを嗅ぎ回るもんじゃない。
私 いえ、興味本位では……。例えば、皿洗いの仕事に走幅跳ができることと……
斉藤氏 (声を遮るように)やめろ。
私 え?
斉藤氏 その話は、やめんか! 聞きたくもない! あんた、知らんからそんな呑気なことが言えるんだ。あの村の仕事が、ただの仕事なわけあるまいが……!
私 と、おっしゃいますと?
斉藤氏 (長く、震える息を吐く音)……あの村はな、昔から……いけんとこだった。山が近すぎた。ワシらが子供の頃は、夜になったら絶対に家の外に出してもらえんかった。山ン神様が人さらいに来るから、とな。
私 山ン神様…?
斉藤氏 ああ。山の神様は、村に恵みもくれるが、怒らせたらとんでもねえことになる。だから、村の者は、ずっと昔から神様にお返しをしてきたんじゃ。そうせんと村がもたんかった。
私 お返し、ですか。それは具体的にどのような…?
斉藤氏 (か細い声で)……言えん。そんなこと、口にしたら、ワシも……水ン底に引きずり込まれるわ。
私 ……では、そのお返しと、村の求人には、何か関係が?
斉藤氏 (沈黙。お茶をすする音だけが響く)……村の若い衆が、どんどん減っていった。戦争で死んだり、町に出て行ったり……。お役目を継ぐ人間がおらんようになった。ワシも、ワシの親父も、それが一番怖かった。
私 お役目……。それは、匿名掲示板にあった言葉と……!
斉藤氏 どうしようもなくなって……村の偉い衆が考えたんじゃ。……村の人間で足りんのなら、よそから来た人に、代わってもらえばええと。……それが、いつから始まったことなんか、ワシは知らん。だが、ワシが物心ついた頃には、そういうことになっとった。
私 それが、あの異常な求人の正体……
斉藤氏 帰ってくれ。あんたに話せることは、これ以上何もない。ワシは忘れたいんじゃ。ダムができて、良かったとさえ思うとる。あれは全部、水ン底だ。誰も、もう掘り返しちゃいけん……。頼む……、そっとしておいてくれ……
これ以上の聞き取りは不可能と判断し、私は斉藤氏の家を後にした。音声記録はここで途切れている。
【名無しさん@地域史研究による解説】
私はダム計画の補償交渉記録を徹底的に洗い直し、移転を余儀なくされた元住民のリストを作成。そして、数ヶ月にわたる追跡の末、ついにそのうちの一人、斉藤和夫氏との接触に成功した。
「山ン神様」「お返し」「お役目」――彼の口から語られた言葉は、断片的でありながら、私の調査の根幹を激しく揺さぶるものだった。
これまで私が集めてきた、バラバラだった求人広告というパズルのピースが、土着の信仰という、おぞましくも筋の通った一つの文脈の上で、一気に繋がった瞬間だった。
村人が担ってきた「お役目」の後継者不足を補うため、村の外から代わりの人間を調達するシステム。
斉藤氏の証言は、匿名掲示板の書き込みが単なる噂話ではなかったことを裏付け、そして、80年にわたる天蓋村の異常な求人広告が、全ては人身御供の代替要員を確保するための偽装であったという、最悪の仮説を現実のものとして突きつけてきた。
斉藤氏は、それ以上の詳細を語ることを心底怯えて拒絶した。
だが、それで十分だった。
私は、この村で行われていた「お役目」の具体的な内容を知りたいと思った。
【名無しさん@地域史研究による解説】
斉藤氏との面会で得た「お役目」というキーワードを頼りに、私は県立図書館の郷土資料室の奥深くへ分け入った。そして、ダム建設に反対する住民たちが遺した、1冊の自費出版本の中に、ついにその答えを発見したのである。
『水底の故郷――天蓋村、八十年の記録』。
そのタイトルとは裏腹に、記されていたのは水に葬り去られようとしていた、村のおぞましい風習の告白だった。
私が追いかけてきたのは、単なる奇妙な求人情報の羅列ではなく、古代から続く神事の役割分担表そのものだったのだ。
スーパーの品出し、図書館のアシスタント、工場のミシン係、役場の筆耕――それらは全て、生贄を集めるための、時代に合わせた偽装に過ぎなかった。
彼らは、後継者のいなくなった神事の担い手を、労働市場という近代社会が生み出したシステムを利用して、村の外から調達し続けていたのだ。
全身の皮膚が粟立つ。喉が渇き、指先が冷たくなると同時に新たな疑問が浮かび上がる。
この郷土史には書かれていない、他の数多くの条件は、一体何を意味するのか。
瞬きをしない、顔が左右対称、長く息を止められる、出産経験がある、てんかんの既往歴がある……これらは、一体どのような「お役目」だというのか。
そして、なぜ、これらの資質を持つ者が「お役目」に選ばれなければならなかったのか。
【名無しさん@地域史研究による解説】
説明のつかない多くの条件が謎として残されていた。
その最後のピースは、最も人の身体の秘密に触れる場所にあった。
県立公文書館の片隅で、誰にも顧みられることなく眠っていた、旧天蓋村診療所のカルテの束。その、湿気で大半が朽ち果てた紙の断片の中に、私はこの80年にわたる狂気のシステムの医学的な裏付けを発見したのである。
カルテには、「お山様の熱」という奇妙な病名が繰り返し登場する。周期的な高熱と、幻聴などの精神症状を伴う、原因不明の病。
だが、重要なのはその症状ではない。担当医が、各患者の特異体質として書き残していたメモだ。
投てき能力に特に優れる(女性)、五〇メートルを七秒台前半で走る
絶対音感、顔の造形が著しく左右対称
常人離れした遠見視力、左右の視力に極端な差
驚異的な肺活量、長時間にわたり瞬きせず、水中での活動を得意とする
全身が総毛立った。
これは、私が血眼になって集めてきた、求人広告の異常な条件そのものではないか。
この発見は、全てを繋げる最後のミッシングリンクだった。
天蓋村に古くから伝わる「お役目」
それは「お山様の熱」という病気に罹りやすい、特異体質を持つ人間だけが担うことのできる、宿命的な役割だったのである。
耳役は、幻聴という形で山の声を聞く者。
目役は、常人には見えぬ穢れを見る者。
彼らの持つ能力は、この村においては病の症状そのものだったのだ。
そして、後継者がいなくなった村は、「お役目」を担うための特異体質を、そのまま求人広告の応募資格へ転用したのだ。
彼らは、労働者を探していたのではない。
自分たちの代わりに、神聖なる病に罹り、生贄となる人間を探していたのだ。
全てのピースがはまった。80年にわたる、このおぞましいシステムの全貌が、今、私の目の前で、その不気味な姿を完全に現した。
私は、この調査報告の結論を、そして最後の考察を書き始めなければならない。
彼らが探していたのは、特定の「経験」をした肉体、特定の「脆弱性」を抱えた肉体、そのものではないのか。
「出産を経験した者」
「水疱瘡に罹患した者」
「てんかん発作を起こしたことがある者」
これらの条件は、人間の身体が大きな変容や異なる状態を経験したことの証明である。
天蓋村は、そうした「経験済みの肉体」にこそ、何らかの価値を見出し、それを「役目」のために収集していたのではないか。
私の調査は、狂気のカタログを作っているだけでは意味がない段階に達していた。
バラバラのピース――これらの完成形が、それぞれどのような「役目」を担うのか。
その全体像を見出すためには、さらに多くの「組み合わせ」の実例が必要だ。
【名無しさん@地域史研究による解説】
天蓋村が求めていたのは、単なる能力や属性ではなく、特定の病や出産といった、抗いがたい経験によって変質した「肉体」そのものであるという可能性。
パズルのピースは、個々の「役割」を示すのではなく、複数のピースが組み合わさって、一つの「完成形」となる「個体」を選別しているのではないか。
この仮説を検証するため、これまで収集した資料を洗い直し、複数の異常な条件が同時に、あるいは追加で提示されているケースを探し出す。
それは、狂気の設計図を、その進化の過程から読み解こうとする試みだった。
そして、1980年(昭和55年)に発行された一枚のチラシに、私はその明確な証拠を発見した。
山荘「てんがい」
1973年にも、あの常軌を逸した「身体測定」のような求人を出していた、村営の観光ロッジだ。七年の時を経て再び同じ職種――厨房の皿洗い係を募集している。
その資格欄を見て、私は息を呑んだ。
走幅跳を5m以上跳べる方。
立位体前屈がマイナスの方(体が硬い方)。
七年という歳月が流れても、この場所が求める人材の「基本スペック」は、一切揺らいでいない。この事実だけでも、この選別が継続的かつ意図的なシステムであることを雄弁に物語っている。
だが、私の目を釘付けにしたのは、その末尾に後から付け足されたかのように追記された、第二十二の異常な条件だった。
視力が2.0以上ある方(ただし、左右どちらかだけでも可)
皿洗いに、超人的な視力は必要ない。それは議論の余地もない事実だ。
だが、重要なのはその点ではない。
この一文が証明しているのは、私の最悪の仮説――彼らが条件を追加し、より複雑な完成形を求めているという事実である。まるで部品の性能に満足できず、アップグレードを要求するかのように。
特に不気味なのは、左右どちらかだけでも可という但し書きだ。
両目での立体的な視界や、バランスの取れた視力を求めているのではない。
彼らにとって重要なのは、ただ一点、常人には見えないものを見通す、最低一つの「眼」の性能なのだ。
それは、遠くの獲物を見定める狩人の眼であり、あるいは、暗闇の向こうの僅かな光を捉える、夜警の眼だ。
この発見によって、パズルの様相は決定的となった。
天蓋村のシステムは、単機能の「部品」を集めていたのではない。
複数の、それも互いに全く無関係な卓越した能力を、一人の人間に集約させた「特殊個体」を、執拗に、そして計画的に作り出そうとしていたのだ。
跳躍力、身体の剛性、そして超人的な視力。
これら全てを兼ね備えた人間は、一体どのような「役目」を課せられるというのか。
もはや、公的な記録だけを追っていても、その答えにはたどり着けないだろう。
私は、このシステムに巻き込まれたであろう人々の、生々しい「声」を探す必要性を感じていた。
公式の記録からは削除された、噂、後悔、そして恐怖の断片。
そうした、ネットの深海に漂う匿名の書き込みの中にこそ、この狂気のシステムの、本当の顔が隠されているのかもしれない。
【名無しさん@地域史研究による解説】
これまで集めてきた資料から一度離れ、ネットの深海に沈殿する、人々の「声」の断片を拾い集める作業へと移行した。初期段階では無視していた匿名掲示板のログを再検証した時、その書き込みがこれまでの資料と符合していることに気づいた。
「視力だけがめちゃくちゃ良かった人」という書き込みは、あの異常な条件を満たした人間が実際に応募し、消えたことを示す初めての生々しい証言だった。
ロッジの皿洗いだったかな。視力だけがめちゃくちゃ良かった人だって聞いた。
この匿名の書き込みは、あの異常な条件を満たした人間が実際に応募し、そして消えたことを示す、初めての生々しい証言だった。
公的な記録と匿名の噂話が、20年の時を超えて繋がり、互いの信憑性を補強し始めた。ログの最後に残された「お役目」という言葉は、私が進むべき方向を指し示す暗い道標だった。この風習を正面から見据えるため、私はあの村の最後の姿を知る、生き残った元住民を探し出すことにした。
【資料No017】
資料種別 個人による聞き取り調査の音声記録の書き起こし
録音日 2021年5月12日
天蓋ダム建設時の補償交渉に関わった元住民の一人、斉藤和夫氏(仮名・84歳)に、私の身分を明かした上で御本人の自宅にて行ったインタビューの記録である。音声には終始、斉藤氏の荒い呼吸音と、時折お茶をすする音が混じる。
私 本日はお時間をありがとうございます。斉藤さんは、ダム建設当時、村の……
斉藤氏 ああ、まあ、まとめ役みたいなもんをやらされとった。好きでやったわけじゃねえがな。……もう、うんざりだったわい。
私 今日お伺いしたのは、当時の求人についてです。
斉藤氏 (数秒の沈黙)……求人?
私 はい。村のロッジや役場が出していた、奇妙な募集です。
斉藤氏 あんた何者だ。ただの歴史好きが、そんな昔のことを嗅ぎ回るもんじゃない。
私 いえ、興味本位では……。例えば、皿洗いの仕事に走幅跳ができることと……
斉藤氏 (声を遮るように)やめろ。
私 え?
斉藤氏 その話は、やめんか! 聞きたくもない! あんた、知らんからそんな呑気なことが言えるんだ。あの村の仕事が、ただの仕事なわけあるまいが……!
私 と、おっしゃいますと?
斉藤氏 (長く、震える息を吐く音)……あの村はな、昔から……いけんとこだった。山が近すぎた。ワシらが子供の頃は、夜になったら絶対に家の外に出してもらえんかった。山ン神様が人さらいに来るから、とな。
私 山ン神様…?
斉藤氏 ああ。山の神様は、村に恵みもくれるが、怒らせたらとんでもねえことになる。だから、村の者は、ずっと昔から神様にお返しをしてきたんじゃ。そうせんと村がもたんかった。
私 お返し、ですか。それは具体的にどのような…?
斉藤氏 (か細い声で)……言えん。そんなこと、口にしたら、ワシも……水ン底に引きずり込まれるわ。
私 ……では、そのお返しと、村の求人には、何か関係が?
斉藤氏 (沈黙。お茶をすする音だけが響く)……村の若い衆が、どんどん減っていった。戦争で死んだり、町に出て行ったり……。お役目を継ぐ人間がおらんようになった。ワシも、ワシの親父も、それが一番怖かった。
私 お役目……。それは、匿名掲示板にあった言葉と……!
斉藤氏 どうしようもなくなって……村の偉い衆が考えたんじゃ。……村の人間で足りんのなら、よそから来た人に、代わってもらえばええと。……それが、いつから始まったことなんか、ワシは知らん。だが、ワシが物心ついた頃には、そういうことになっとった。
私 それが、あの異常な求人の正体……
斉藤氏 帰ってくれ。あんたに話せることは、これ以上何もない。ワシは忘れたいんじゃ。ダムができて、良かったとさえ思うとる。あれは全部、水ン底だ。誰も、もう掘り返しちゃいけん……。頼む……、そっとしておいてくれ……
これ以上の聞き取りは不可能と判断し、私は斉藤氏の家を後にした。音声記録はここで途切れている。
【名無しさん@地域史研究による解説】
私はダム計画の補償交渉記録を徹底的に洗い直し、移転を余儀なくされた元住民のリストを作成。そして、数ヶ月にわたる追跡の末、ついにそのうちの一人、斉藤和夫氏との接触に成功した。
「山ン神様」「お返し」「お役目」――彼の口から語られた言葉は、断片的でありながら、私の調査の根幹を激しく揺さぶるものだった。
これまで私が集めてきた、バラバラだった求人広告というパズルのピースが、土着の信仰という、おぞましくも筋の通った一つの文脈の上で、一気に繋がった瞬間だった。
村人が担ってきた「お役目」の後継者不足を補うため、村の外から代わりの人間を調達するシステム。
斉藤氏の証言は、匿名掲示板の書き込みが単なる噂話ではなかったことを裏付け、そして、80年にわたる天蓋村の異常な求人広告が、全ては人身御供の代替要員を確保するための偽装であったという、最悪の仮説を現実のものとして突きつけてきた。
斉藤氏は、それ以上の詳細を語ることを心底怯えて拒絶した。
だが、それで十分だった。
私は、この村で行われていた「お役目」の具体的な内容を知りたいと思った。
【名無しさん@地域史研究による解説】
斉藤氏との面会で得た「お役目」というキーワードを頼りに、私は県立図書館の郷土資料室の奥深くへ分け入った。そして、ダム建設に反対する住民たちが遺した、1冊の自費出版本の中に、ついにその答えを発見したのである。
『水底の故郷――天蓋村、八十年の記録』。
そのタイトルとは裏腹に、記されていたのは水に葬り去られようとしていた、村のおぞましい風習の告白だった。
私が追いかけてきたのは、単なる奇妙な求人情報の羅列ではなく、古代から続く神事の役割分担表そのものだったのだ。
スーパーの品出し、図書館のアシスタント、工場のミシン係、役場の筆耕――それらは全て、生贄を集めるための、時代に合わせた偽装に過ぎなかった。
彼らは、後継者のいなくなった神事の担い手を、労働市場という近代社会が生み出したシステムを利用して、村の外から調達し続けていたのだ。
全身の皮膚が粟立つ。喉が渇き、指先が冷たくなると同時に新たな疑問が浮かび上がる。
この郷土史には書かれていない、他の数多くの条件は、一体何を意味するのか。
瞬きをしない、顔が左右対称、長く息を止められる、出産経験がある、てんかんの既往歴がある……これらは、一体どのような「お役目」だというのか。
そして、なぜ、これらの資質を持つ者が「お役目」に選ばれなければならなかったのか。
【名無しさん@地域史研究による解説】
説明のつかない多くの条件が謎として残されていた。
その最後のピースは、最も人の身体の秘密に触れる場所にあった。
県立公文書館の片隅で、誰にも顧みられることなく眠っていた、旧天蓋村診療所のカルテの束。その、湿気で大半が朽ち果てた紙の断片の中に、私はこの80年にわたる狂気のシステムの医学的な裏付けを発見したのである。
カルテには、「お山様の熱」という奇妙な病名が繰り返し登場する。周期的な高熱と、幻聴などの精神症状を伴う、原因不明の病。
だが、重要なのはその症状ではない。担当医が、各患者の特異体質として書き残していたメモだ。
投てき能力に特に優れる(女性)、五〇メートルを七秒台前半で走る
絶対音感、顔の造形が著しく左右対称
常人離れした遠見視力、左右の視力に極端な差
驚異的な肺活量、長時間にわたり瞬きせず、水中での活動を得意とする
全身が総毛立った。
これは、私が血眼になって集めてきた、求人広告の異常な条件そのものではないか。
この発見は、全てを繋げる最後のミッシングリンクだった。
天蓋村に古くから伝わる「お役目」
それは「お山様の熱」という病気に罹りやすい、特異体質を持つ人間だけが担うことのできる、宿命的な役割だったのである。
耳役は、幻聴という形で山の声を聞く者。
目役は、常人には見えぬ穢れを見る者。
彼らの持つ能力は、この村においては病の症状そのものだったのだ。
そして、後継者がいなくなった村は、「お役目」を担うための特異体質を、そのまま求人広告の応募資格へ転用したのだ。
彼らは、労働者を探していたのではない。
自分たちの代わりに、神聖なる病に罹り、生贄となる人間を探していたのだ。
全てのピースがはまった。80年にわたる、このおぞましいシステムの全貌が、今、私の目の前で、その不気味な姿を完全に現した。
私は、この調査報告の結論を、そして最後の考察を書き始めなければならない。
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