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第二部 江戸闇聴聞 ~絡繰りの音~
第二十二話 蔵の澱み、江戸を嗅ぐ
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古寺の蔵の中には、激しい対決の爪痕と、そして、影の組織が残した忌まわしい澱みが色濃く漂っていた。
破壊された作業台、飛び散った金属片、そして、血と絡繰りの匂いを発する、非人道的な製造物。市は、その製造物に触れることはなかったが、そこから発せられる不自然な「気配」を肌で感じ取り、影の組織の企みの非道さに戦慄していた。
木暮同心と奉行所の者たちは、蔵の内部を慎重に調べていた。蔵の中には、影の組織が使用していた道具や材料、そして、暗号のようなものが書き記された紙片がいくつか残されていた。
「これは… 一体何を造ろうとしていたのだ…」
木暮同心の声が震える。蔵で発見された製造物は、人間の体の一部と、精巧な絡繰りが組み合わさった、まさに生命を弄ぶような代物だった。奉行所の者たちも、その非道さに言葉を失っていた。
市は、蔵に残された手掛かりを、自身の五感で丁寧に探った。破壊された「絡繰り」の道具の破片。あの忌まわしい製造物から漂う匂い。影の組織が使用していた香りの元の種類。そして、壁や地面に微かに残る、足跡とは違う、何かが引きずられたような痕跡。
円盤の符号も、改めて指先で辿る。あの古寺、そして蔵に関わる符号だったはずだ。しかし、それが具体的に何を意味するのかは、まだ分からない。
「影の組織は、この蔵で、生体を利用した絡繰りを製造していた… そして、それは、『江戸全体を舞台とする』彼らの計画の一部だ…」
市は、影の組織の主要メンバーが逃走する際に残した言葉を思い出した。彼らは、単なる財産強奪や権力掌握を目的としているのではない。人間の生命、そして社会の秩序そのものを、彼らが仕掛ける「絡繰り」によって根本から変えようとしているのだ。
蔵に残された紙片には、円盤の符号と似た、しかし異なる符号や図形が書き記されていた。それは、あの非人道的な製造物の設計図の一部なのか、あるいは、影の組織の次の計画に関する暗号なのか。
木暮同心は、持ち帰った手掛かりを奉行所で詳しく分析させた。非道な製造物については、医師や蘭学者に協力を仰ぎ、その構造や、何のために作られようとしていたのかを調べた。それは、特定の能力を持った人間を作り出すための、あるいは、人間を操るための「絡繰り」の一部である可能性が示唆された。
香りの元の分析も進んだ。それは、この地域の薬草畑で栽培されていた珍しい薬草と、特定の動物性の分泌物、そして、人体の成分の一部を組み合わせたものであることが判明した。影の組織は、人をも素材として、非道な香りを製造しているのだ。
影の組織の逃走経路も追跡した。古寺の裏手から、街道へと繋がる道に、微かにあの甘く淀んだ香りの痕跡が残っていた。しかし、香りは途中で途切れており、彼らがどこへ向かったのか、正確な追跡は困難だった。
「奴らは、江戸のどこかに潜んでいる。そして、『江戸全体を舞台とする』次の計画を進めている。この円盤の符号と、蔵に残された情報が、奴らの次の狙いを示すはずだ」
木暮同心は、市と向き合い、厳しい表情で言った。影の組織の企みの規模は、奉行所単独で対処できるものではない。江戸全体の警戒を強める必要があった。
市は、円盤の符号を指先で繰り返し辿った。そして、蔵に残されていた他の符号や図形との関連性を探る。それは、単なる暗号ではない。それは、影の組織が仕掛ける「絡繰り」の構造、彼らの思考、そして彼らの非道な目的そのものを表しているかのようだ。
師・源七爺さんが命を懸けて追っていた闇は、想像以上に深く、そして非人道的なものだった。人間の生命を弄び、「絡繰り」によって社会を支配しようとする。そのような企みを、江戸から根絶しなければならない。
市は、木暮同心との連携をさらに強化した。市の五感による情報収集と推理、そして木暮同心の奉行所としての権限と情報網。互いの強みを活かし、影の組織が仕掛ける「絡繰り」の糸を断ち切るのだ。
江戸の町に戻った市は、改めて町の匂いを嗅いだ。人々の活気ある匂い、美味しい料理の匂い、四季折々の花の香り。それらは、影の組織が企む非道な世界とは対極にあるものだ。
夕暮れ時、市は庵で簡単な養生食を作った。疲れた心身を癒すための、優しい味の粥。それを口にしながら、市の耳は、江戸の町の様々な音に耳を澄ませていた。人々の話し声、子供たちの笑い声、そして、遠くで鳴る寺の鐘の音。これらの音の中に、影の組織が仕掛ける新たな「絡繰り」の音が紛れ込んでくるかもしれない。
あの「ピィー」という音に似た、あるいは全く異なる、不自然な音。
市は、円盤の符号を握りしめた。この符号が示す次の場所はどこなのか? 影の組織が次に何を企むのか? 江戸全体を舞台とする、彼らの次の「絡繰り」とは?
謎は深まるばかりだ。しかし、市は恐れない。師の遺志を継ぎ、江戸の闇に潜む影の組織を追い詰める。
自身の五感を信じ、あの忌まわしい「絡繰り」の音を聴き分ける。江戸の闇を嗅ぎ分け、真実の糸口を見つけ出すために。
破壊された作業台、飛び散った金属片、そして、血と絡繰りの匂いを発する、非人道的な製造物。市は、その製造物に触れることはなかったが、そこから発せられる不自然な「気配」を肌で感じ取り、影の組織の企みの非道さに戦慄していた。
木暮同心と奉行所の者たちは、蔵の内部を慎重に調べていた。蔵の中には、影の組織が使用していた道具や材料、そして、暗号のようなものが書き記された紙片がいくつか残されていた。
「これは… 一体何を造ろうとしていたのだ…」
木暮同心の声が震える。蔵で発見された製造物は、人間の体の一部と、精巧な絡繰りが組み合わさった、まさに生命を弄ぶような代物だった。奉行所の者たちも、その非道さに言葉を失っていた。
市は、蔵に残された手掛かりを、自身の五感で丁寧に探った。破壊された「絡繰り」の道具の破片。あの忌まわしい製造物から漂う匂い。影の組織が使用していた香りの元の種類。そして、壁や地面に微かに残る、足跡とは違う、何かが引きずられたような痕跡。
円盤の符号も、改めて指先で辿る。あの古寺、そして蔵に関わる符号だったはずだ。しかし、それが具体的に何を意味するのかは、まだ分からない。
「影の組織は、この蔵で、生体を利用した絡繰りを製造していた… そして、それは、『江戸全体を舞台とする』彼らの計画の一部だ…」
市は、影の組織の主要メンバーが逃走する際に残した言葉を思い出した。彼らは、単なる財産強奪や権力掌握を目的としているのではない。人間の生命、そして社会の秩序そのものを、彼らが仕掛ける「絡繰り」によって根本から変えようとしているのだ。
蔵に残された紙片には、円盤の符号と似た、しかし異なる符号や図形が書き記されていた。それは、あの非人道的な製造物の設計図の一部なのか、あるいは、影の組織の次の計画に関する暗号なのか。
木暮同心は、持ち帰った手掛かりを奉行所で詳しく分析させた。非道な製造物については、医師や蘭学者に協力を仰ぎ、その構造や、何のために作られようとしていたのかを調べた。それは、特定の能力を持った人間を作り出すための、あるいは、人間を操るための「絡繰り」の一部である可能性が示唆された。
香りの元の分析も進んだ。それは、この地域の薬草畑で栽培されていた珍しい薬草と、特定の動物性の分泌物、そして、人体の成分の一部を組み合わせたものであることが判明した。影の組織は、人をも素材として、非道な香りを製造しているのだ。
影の組織の逃走経路も追跡した。古寺の裏手から、街道へと繋がる道に、微かにあの甘く淀んだ香りの痕跡が残っていた。しかし、香りは途中で途切れており、彼らがどこへ向かったのか、正確な追跡は困難だった。
「奴らは、江戸のどこかに潜んでいる。そして、『江戸全体を舞台とする』次の計画を進めている。この円盤の符号と、蔵に残された情報が、奴らの次の狙いを示すはずだ」
木暮同心は、市と向き合い、厳しい表情で言った。影の組織の企みの規模は、奉行所単独で対処できるものではない。江戸全体の警戒を強める必要があった。
市は、円盤の符号を指先で繰り返し辿った。そして、蔵に残されていた他の符号や図形との関連性を探る。それは、単なる暗号ではない。それは、影の組織が仕掛ける「絡繰り」の構造、彼らの思考、そして彼らの非道な目的そのものを表しているかのようだ。
師・源七爺さんが命を懸けて追っていた闇は、想像以上に深く、そして非人道的なものだった。人間の生命を弄び、「絡繰り」によって社会を支配しようとする。そのような企みを、江戸から根絶しなければならない。
市は、木暮同心との連携をさらに強化した。市の五感による情報収集と推理、そして木暮同心の奉行所としての権限と情報網。互いの強みを活かし、影の組織が仕掛ける「絡繰り」の糸を断ち切るのだ。
江戸の町に戻った市は、改めて町の匂いを嗅いだ。人々の活気ある匂い、美味しい料理の匂い、四季折々の花の香り。それらは、影の組織が企む非道な世界とは対極にあるものだ。
夕暮れ時、市は庵で簡単な養生食を作った。疲れた心身を癒すための、優しい味の粥。それを口にしながら、市の耳は、江戸の町の様々な音に耳を澄ませていた。人々の話し声、子供たちの笑い声、そして、遠くで鳴る寺の鐘の音。これらの音の中に、影の組織が仕掛ける新たな「絡繰り」の音が紛れ込んでくるかもしれない。
あの「ピィー」という音に似た、あるいは全く異なる、不自然な音。
市は、円盤の符号を握りしめた。この符号が示す次の場所はどこなのか? 影の組織が次に何を企むのか? 江戸全体を舞台とする、彼らの次の「絡繰り」とは?
謎は深まるばかりだ。しかし、市は恐れない。師の遺志を継ぎ、江戸の闇に潜む影の組織を追い詰める。
自身の五感を信じ、あの忌まわしい「絡繰り」の音を聴き分ける。江戸の闇を嗅ぎ分け、真実の糸口を見つけ出すために。
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