『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』

月影 朔

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第二部 江戸闇聴聞 ~絡繰りの音~

第二十三話 符号が指す闇、江戸を巡る

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 古寺の蔵での事件の後、市と木暮同心は、影の組織が残した手掛かりの分析に没頭していた。
破壊された絡繰り部品、甘く淀んだ香りの元、そして、市が肌身離さず持つ、微細な符号が刻まれた円盤の破片。

 影の組織が「江戸全体を舞台とする」次の計画に進んでいるという予感は、市の中に静かな緊張感をもたらしていた。物語は、より大きく、複雑な様相を呈し始めていたのだ。

 円盤に刻まれた符号の解読は、依然として難航していた。市の指先は、凹凸のパターンを正確に捉えるが、それが何を意味するのか、言葉として理解することはできない。木暮同心は、奉行所の記録や、古文書に詳しい学者に協力を仰ぎ、符号の意味を探っていた。しかし、それは既知のどの暗号とも、文字体系とも異なっていた。

「この符号は… 単なる暗号ではないようです。まるで… 何かの設計図、あるいは、特定の場所を示す地図のような…」

 市は、指先で符号を辿りながら呟いた。その符号のパターンが、複雑な構造や、広がりを持った何かを表しているように感じられるのだ。木暮同心は、市が触覚で捉えた符号の特徴を詳細に記録し、様々な可能性を検討した。

 同時に、影の組織が次に仕掛けるであろう「絡繰り」の性質についても推理を深めた。彼らは、盗まれた取引台帳で情報を操り、絡繰り道具で非道な製造を行い、深川の水運を利用して何かを運び出す。そして、井伊家上屋敷周辺で新たな音と香りの予兆。影の組織は、江戸の経済、物流、そして、権力の中心をも操ろうとしている。

 市は、江戸の町に改めて耳を澄ませた。人々の話し声、町の音、四季の匂い。それらに混じって、影の組織の活動の予兆が、水面下で広がり始めているのを感じた。
 
 特定の場所で起きる、説明のつかない小さな出来事。人々の間に広がる、漠然とした不安。それは、影の組織が仕掛ける「絡繰り」が、静かに、しかし確実に、江戸の社会に影響を与え始めている兆候なのかもしれない。

 しばらくして、市は、ある特定の地域から響いてくる、微かな、しかし不自然な「音」を捉えた。それは、以前古寺で聞いた「音」に似ているが、音程も響き方も違う。しかし、それが影の組織が使う「音絡繰り」の一部であることは間違いない。
その音は、江戸城下、特に、格式高い大名屋敷が多く立ち並ぶ一角から響いているようだ。そして、その音に混じって、あの甘く淀んだ香りとは違う、しかしどこか不自然な、薬品のような匂いが微かに漂ってくる。

 新たな舞台での、新たな予兆。影の組織が次に仕掛ける「絡繰り」は、この江戸城下に関わるものだろう。そして、あの円盤の符号が、この場所を指し示している可能性が高まる。

 市は、木暮同心と共に、江戸の古地図を広げた。指先で、あの不自然な音が響く江戸城下の一角を辿る。大名屋敷の配置、堀や道の形状… 円盤の符号のパターンが、地図上の特定の場所、特に、井伊家上屋敷の内部構造や、その周辺の特定の建物と符合するような気がする。

「木暮さん。この符号は… やはり、井伊家上屋敷、あるいはその周辺を示しているようです。特定の建物や、内部の場所を示しているのかもしれません」

 市は、確信を込めて言った。円盤の符号は、単なる場所を示すだけでなく、そこにある「何か」や、影の組織がそこで何をしようとしているのかを示唆している。

 木暮同心は、市の言葉に緊張した面持ちで頷く。井伊家といえば、幕府の中でも重要な位置を占める家柄だ。影の組織がそこを舞台に何かを企むとすれば、それは江戸全体、いや、幕府をも揺るがす恐れがある。

 市と木暮同心は、井伊家上屋敷周辺での水面下の捜査を開始することを決めた。警備が厳重なこの地域で、影の組織がどのように活動しているのか。そして、彼らが何を狙っているのか。

 江戸城下の空気は、権威と格式に満ちているが、同時に、見えないところで人の思惑が交錯し、緊張感が漂っている。市の鼻腔には、高級な香の匂いと、そして、どこか張り詰めた、人の心の匂いが混じり合って入ってくる。

 大名屋敷が立ち並ぶ一角に近づくにつれて、市は、あの不自然な音が、以前よりもはっきりと響いているのを感じた。それは、特定の周波数で、規則的に響いている。そして、その音に混じって、あの薬品のような匂いも濃くなる。それは、影の組織が使用する、新たな香りの一部だろう。

 新たな舞台で、新たな謎。影の組織が仕掛ける次の「絡繰り」は、この江戸城下を舞台とし、これまで以上に巧妙で、大規模なものであるに違いない。それは、江戸の政治、社会、そして、人々の運命を大きく左右するような企みかもしれない。

 市は、円盤の符号と、あの音と匂い、そして、井伊家上屋敷の関連性を考えた。円盤の符号が示すのは、単なる場所ではない。それは、影の組織がこの場所で仕掛ける「絡繰り」の設計図の一部なのかもしれない。

 師・源七爺さんが命を懸けて追っていた闇は、想像以上に深く、そして、江戸の中心にまでその影を落としている。
しかし、市には、その闇の中に潜む真実の糸口を捉える力がある。円盤の符号、あの音と匂い。これらが、影の組織が仕掛ける次の「絡繰り」を解き明かす鍵となる。

 物語は、新たな山場へと向かう。市は、自身の五感を信じ、木暮同心と共に、江戸城下の闇に潜む影の組織の謎に立ち向かう決意を固めた。

 江戸全体を舞台とする、影の組織の次の「絡繰り」とは?
 そして、その企みを阻止するために、市は何を聴き、何を嗅ぎ分けるのか?
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