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第一部:七不思議と人情事件簿
第五話:人を喰らう古井戸、再び
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おしずさんの切ない事情が明らかになり、長屋に温かい絆が再び結ばれてから、穏やかな日々が続いた。鎧武者の騒動はすっかり過去のものとなり、子供たちはまた元気に長屋を駆け回るようになった。
大家のおふくも、いつもと変わらず、住人たちの日常に寄り添い、穏やかな笑顔を見せていた。
しかし、福寿長屋には、もう一つの古くからの噂が、忘れられたように息を潜めていた。
それは、「人を喰らう古井戸」という、最も不気味で恐ろしい七不思議だった。長屋の裏手、鬱蒼とした木々の傍らにひっそりと佇むその井戸は、昼間でも薄暗く、底を覗き込んでも漆黒の闇が広がるばかりで、不気味な静寂を湛えていた。
最初は誰も気に留めていなかった。ただの昔話、怖いもの見たさで子供たちが囁き合う程度のものだと。だが、じわじわと、不安を煽る出来事が起こり始めた。
「大家さん…うちのタマ、二日前から姿が見えねえんだよ」
権次が、いつになく沈んだ声でおふくに話しかけた。長屋の皆に可愛がられていた、人懐っこい三毛猫のタマが、忽然と姿を消したのだ。
「どこかへ遊びに行っているだけでしょう。猫は気まぐれですから」
おふくはそう言って慰めたが、翌日には又兵衛が飼っていた小鳥が、篭ごと無くなっていることが分かった。さらにその次の日には、近所の家で飼われていた犬が、庭からいなくなったという話が伝わってきた。
立て続けに起こる小動物の失踪事件。しかも、彼らが最後に目撃された場所は、いずれもあの古井戸の近くだったという。
「…やっぱり、あの井戸のせいなんじゃねえのか?」
誰かがぽつりと言った言葉は、瞬く間に長屋中に広まった。
「人を喰らう古井戸が、手始めに動物たちを喰らい始めたんだ」
「井戸に近づいちゃいけねえ」
「夜中に井戸の方から変な声が聞こえた気がした」…。
ただの噂だったはずの古井戸は、現実味を帯びた恐怖の対象となった。子供たちは井戸の近くを通るのを怖がり、大人たちも、あの不気味な井戸を見る目が変わった。井戸の周りには、誰も近づかなくなった。福寿長屋に、再び得体の知れない不安と緊張感が広がり始める。
おふくは、住人たちの怯える様子を見て、心を痛めていた。得体の知れない恐怖は、人々の心を蝕む。このままではいけない。そう思ったおふくは、静かに立ち上がった。
「私が、あの井戸を調べてみましょう」
彼女はそう告げると、一人、古井戸へと向かった。長屋の住人たちは心配して止めたが、おふくの決意は固かった。
井戸の周りの石組みに触れ、冷たい感触を確かめる。井戸水を汲んで、その濁りや匂いを確かめる。そして、恐る恐る、井戸の底を覗き込んだ。しかし、そこには、漆黒の闇が広がるだけで、何も見えなかった。ただ、ひんやりとした空気が立ち上ってくるだけだ。
次に、おふくは長屋の古参の住人たちから、井戸に関する話を聞き始めた。いつ頃からあるのか、昔何か変わったことはなかったか、井戸浚いはいつ頃したのか…。
皆、口々に井戸にまつわる不気味な噂話や、昔の怖い出来事を語ったが、決定的な情報は得られない。
井戸の周りを丹念に調べながら、おふくはふと立ち止まった。井戸の石組みの一部が、他の部分に比べて少し新しいように見える。そして、特定の方向から吹く風が、井戸の底へ吸い込まれていくかのように強い。
「これは…ただの古い井戸では、なさそうですね」
おふくは静かに呟いた。井戸の謎は、単なる噂や小動物の失踪だけではない、何か別の意味を孕んでいるのかもしれない。彼女の勘が、そう告げていた。
大家のおふくも、いつもと変わらず、住人たちの日常に寄り添い、穏やかな笑顔を見せていた。
しかし、福寿長屋には、もう一つの古くからの噂が、忘れられたように息を潜めていた。
それは、「人を喰らう古井戸」という、最も不気味で恐ろしい七不思議だった。長屋の裏手、鬱蒼とした木々の傍らにひっそりと佇むその井戸は、昼間でも薄暗く、底を覗き込んでも漆黒の闇が広がるばかりで、不気味な静寂を湛えていた。
最初は誰も気に留めていなかった。ただの昔話、怖いもの見たさで子供たちが囁き合う程度のものだと。だが、じわじわと、不安を煽る出来事が起こり始めた。
「大家さん…うちのタマ、二日前から姿が見えねえんだよ」
権次が、いつになく沈んだ声でおふくに話しかけた。長屋の皆に可愛がられていた、人懐っこい三毛猫のタマが、忽然と姿を消したのだ。
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「…やっぱり、あの井戸のせいなんじゃねえのか?」
誰かがぽつりと言った言葉は、瞬く間に長屋中に広まった。
「人を喰らう古井戸が、手始めに動物たちを喰らい始めたんだ」
「井戸に近づいちゃいけねえ」
「夜中に井戸の方から変な声が聞こえた気がした」…。
ただの噂だったはずの古井戸は、現実味を帯びた恐怖の対象となった。子供たちは井戸の近くを通るのを怖がり、大人たちも、あの不気味な井戸を見る目が変わった。井戸の周りには、誰も近づかなくなった。福寿長屋に、再び得体の知れない不安と緊張感が広がり始める。
おふくは、住人たちの怯える様子を見て、心を痛めていた。得体の知れない恐怖は、人々の心を蝕む。このままではいけない。そう思ったおふくは、静かに立ち上がった。
「私が、あの井戸を調べてみましょう」
彼女はそう告げると、一人、古井戸へと向かった。長屋の住人たちは心配して止めたが、おふくの決意は固かった。
井戸の周りの石組みに触れ、冷たい感触を確かめる。井戸水を汲んで、その濁りや匂いを確かめる。そして、恐る恐る、井戸の底を覗き込んだ。しかし、そこには、漆黒の闇が広がるだけで、何も見えなかった。ただ、ひんやりとした空気が立ち上ってくるだけだ。
次に、おふくは長屋の古参の住人たちから、井戸に関する話を聞き始めた。いつ頃からあるのか、昔何か変わったことはなかったか、井戸浚いはいつ頃したのか…。
皆、口々に井戸にまつわる不気味な噂話や、昔の怖い出来事を語ったが、決定的な情報は得られない。
井戸の周りを丹念に調べながら、おふくはふと立ち止まった。井戸の石組みの一部が、他の部分に比べて少し新しいように見える。そして、特定の方向から吹く風が、井戸の底へ吸い込まれていくかのように強い。
「これは…ただの古い井戸では、なさそうですね」
おふくは静かに呟いた。井戸の謎は、単なる噂や小動物の失踪だけではない、何か別の意味を孕んでいるのかもしれない。彼女の勘が、そう告げていた。
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