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第一章:没落の姫、修羅の道へ
第十七話:右京の目
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祇園祭での騒動は、表向きは不審者の捕縛という形で収束した。
しかし、橘右京の目に、さつきたちの活躍ははっきりと焼き付いていた。祭りの喧騒の中、正確に敵を捉え、人々を巻き込まずに制圧する剣技。そして、その背後で冷静に指示を出し、的確な情報を提供する小夜の姿。何よりも、その場に居合わせた公家や要人たちの命が、さつきたちの手によって守られたという事実。
右京は、捕縛した朧衆の暗殺者を町奉行所に連行した。しかし、その男は頑として口を割らず、尋問にも一切応じなかった。
その冷酷なまでに沈黙を貫く姿勢は、右京がこれまで見てきた犯罪者たちとは一線を画していた。
「貴様ら、一体何者だ! 何が目的で、このような大それた企みを…!」
右京は、暗殺者の無感情な瞳を睨みつけた。
しかし、男は何も答えない。その瞳の奥には、まるで魂が抜けたかのような虚無感が漂っている。右京は、この男が背後に持つ、想像を絶する巨大な組織の存在を感じ取っていた。
その日の夜、右京は一人、執務室で考え込んでいた。
これまで、さつきたちを不審な者として警戒し、その行動を疑問視してきた。しかし、祇園祭での一件は、彼の認識を大きく変えるものだった。
彼らは確かに、都の安全を守ろうと行動していた。そして、その手際と実力は、京の治安を守る役人である自分たちよりも、はるかに優れているように思えた。
「月の剣客…か」
右京は、さつきの剣技を思い返した。
流れるような動きでありながら、一瞬の隙も与えない精密さ。それは、闇に潜む者どもを追う自分たちにとって、心強い味方になり得るのではないか。
だが、右京は、さつきの素性についても深く考えていた。なぜ、彼女は身分を隠し、裏で行動するのか。何が彼女をそこまで駆り立てているのか。彼の正義感は、まださつきたちを完全に信頼することはできないと告げていた。
しかし、彼らが都の平和を願っていることは、疑いようのない事実だった。
「…今回の件、公にはできないが、彼らには借りを作った」
右京は、壁に掛けられた京の地図を眺めた。最近、京の各地で起こっている不審な出来事。
それらの点と点が、朧衆という「線」で結ばれ始めている。そして、さつきたちが追っているものと、自分が追っているものが、同じものである可能性が高まっていた。
翌日、右京は部下に指示を出し、さつきたちの動向を密かに探らせることにした。それは、監視というよりも、彼らの目的と、その行動を理解するためのものだった。
同時に、右京は朧衆が狙っていた「要人」の周辺を改めて調査し、彼らの背後にある繋がりを探り始めた。
一方、さつきは、古文書の解読作業を続けていた。祇園祭での一件で、朧衆が要人を狙っていたことが明確になり、その目的が、単なる暗殺以上の、より大きな陰謀に繋がっているという確信を深めていた。
「あの男が、ここまで頑なに口を割らないのは、背後に相当な存在がいる証拠だ」
さつきは藤次郎に言った。
「そりゃあ、そうだろうぜ。しかし、厄介な奴らだな。何を企んでやがるんだか」
藤次郎は、まだ朧衆の真の目的を完全に理解できていないようだったが、さつきの決意には常に寄り添っていた。
小夜は、町奉行所に出入りする人々から、右京が捕縛した男の尋問が行き詰まっているという情報を仕入れてきた。
そして、右京がさつきたちの存在を、以前よりも注意深く見守るようになったという噂も。
「橘右京…」
さつきは、右京の顔を思い浮かべた。彼の正義感は本物だ。だが、その正義感ゆえに、さつきたちのやり方を受け入れられないのかもしれない。しかし、互いが同じ敵を追っていることは確かだ。
いつか、彼と協力する日が来るのかもしれない。さつきは、そんな予感を抱き始めていた。
この祇園祭の一件は、さつきと橘右京の間に、わずかながらも相互理解の萌芽を生み出した。
それは、今後の京の闇を巡る戦いにおいて、大きな意味を持つことになるのだった。
しかし、橘右京の目に、さつきたちの活躍ははっきりと焼き付いていた。祭りの喧騒の中、正確に敵を捉え、人々を巻き込まずに制圧する剣技。そして、その背後で冷静に指示を出し、的確な情報を提供する小夜の姿。何よりも、その場に居合わせた公家や要人たちの命が、さつきたちの手によって守られたという事実。
右京は、捕縛した朧衆の暗殺者を町奉行所に連行した。しかし、その男は頑として口を割らず、尋問にも一切応じなかった。
その冷酷なまでに沈黙を貫く姿勢は、右京がこれまで見てきた犯罪者たちとは一線を画していた。
「貴様ら、一体何者だ! 何が目的で、このような大それた企みを…!」
右京は、暗殺者の無感情な瞳を睨みつけた。
しかし、男は何も答えない。その瞳の奥には、まるで魂が抜けたかのような虚無感が漂っている。右京は、この男が背後に持つ、想像を絶する巨大な組織の存在を感じ取っていた。
その日の夜、右京は一人、執務室で考え込んでいた。
これまで、さつきたちを不審な者として警戒し、その行動を疑問視してきた。しかし、祇園祭での一件は、彼の認識を大きく変えるものだった。
彼らは確かに、都の安全を守ろうと行動していた。そして、その手際と実力は、京の治安を守る役人である自分たちよりも、はるかに優れているように思えた。
「月の剣客…か」
右京は、さつきの剣技を思い返した。
流れるような動きでありながら、一瞬の隙も与えない精密さ。それは、闇に潜む者どもを追う自分たちにとって、心強い味方になり得るのではないか。
だが、右京は、さつきの素性についても深く考えていた。なぜ、彼女は身分を隠し、裏で行動するのか。何が彼女をそこまで駆り立てているのか。彼の正義感は、まださつきたちを完全に信頼することはできないと告げていた。
しかし、彼らが都の平和を願っていることは、疑いようのない事実だった。
「…今回の件、公にはできないが、彼らには借りを作った」
右京は、壁に掛けられた京の地図を眺めた。最近、京の各地で起こっている不審な出来事。
それらの点と点が、朧衆という「線」で結ばれ始めている。そして、さつきたちが追っているものと、自分が追っているものが、同じものである可能性が高まっていた。
翌日、右京は部下に指示を出し、さつきたちの動向を密かに探らせることにした。それは、監視というよりも、彼らの目的と、その行動を理解するためのものだった。
同時に、右京は朧衆が狙っていた「要人」の周辺を改めて調査し、彼らの背後にある繋がりを探り始めた。
一方、さつきは、古文書の解読作業を続けていた。祇園祭での一件で、朧衆が要人を狙っていたことが明確になり、その目的が、単なる暗殺以上の、より大きな陰謀に繋がっているという確信を深めていた。
「あの男が、ここまで頑なに口を割らないのは、背後に相当な存在がいる証拠だ」
さつきは藤次郎に言った。
「そりゃあ、そうだろうぜ。しかし、厄介な奴らだな。何を企んでやがるんだか」
藤次郎は、まだ朧衆の真の目的を完全に理解できていないようだったが、さつきの決意には常に寄り添っていた。
小夜は、町奉行所に出入りする人々から、右京が捕縛した男の尋問が行き詰まっているという情報を仕入れてきた。
そして、右京がさつきたちの存在を、以前よりも注意深く見守るようになったという噂も。
「橘右京…」
さつきは、右京の顔を思い浮かべた。彼の正義感は本物だ。だが、その正義感ゆえに、さつきたちのやり方を受け入れられないのかもしれない。しかし、互いが同じ敵を追っていることは確かだ。
いつか、彼と協力する日が来るのかもしれない。さつきは、そんな予感を抱き始めていた。
この祇園祭の一件は、さつきと橘右京の間に、わずかながらも相互理解の萌芽を生み出した。
それは、今後の京の闇を巡る戦いにおいて、大きな意味を持つことになるのだった。
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