【完結】『月の影、刃の舞 ～女武芸者の隠された使命～』

第四章：絶望の淵、再起の誓い

第十四話：集う者たち

　黒幕の正体と、その恐るべき計画を知ったさつきたちは、月詠山への出発準備を進めていた。

　玄心は、月詠山にまつわる古文書や、顕仁卿の企みに抗うための秘術について、さらに深く助言を与えていた。

「この戦は、もはやお主一人、我らだけのものではない。この国の未来をかけた戦いとなる」

　玄心の言葉は、さつきの心に深く響いた。その言葉の通り、意外なところから協力者が現れ始めた。

　まず、橘右京だった。
右京は、顕仁卿が黒幕であることを突き止めたと同時に、自身の役人としての立場を賭ける覚悟を決めていた。

　彼は、私邸の庭に、密かに私兵を集めていた。それは、右京が日頃から信頼を寄せる者たち、そして彼の理念に賛同する、京の治安を守る志高き者たちだった。

「さつき殿、貴女の剣に、私の命を預けましょう」

　右京は、さつきの前に跪き、頭を垂れた。彼の目には、揺るぎない覚悟と、この国を悪の手から守りたいという強い信念が宿っていた。

「右京殿…」

　さつきは、右京の覚悟に胸を打たれた。かつて彼女を疑い、厳しく追及した役人が、今では彼女の最も頼れる協力者の一人となっていた。

　さらに、驚くべきことに、これまでの旅でさつきたちが助けてきた人々の中から、戦える者たちが義勇兵として駆け付け始めたのだ。

　堺で悪徳豪商から救われた商人たちは、黒曜会の不正を暴くために、自ら剣を取り、

　伊賀の村で代官の圧政に苦しんでいた農民たちは、かつての恩を返すべく、鍬や鎌を武器に変え、

　京の祇園祭で暗殺計画から救われた者たちは、市井の治安を守るために、そして、かつてさつきが用心棒として身を置いていた京の町の住民たちもまた、さつきの志に心を動かされ、集結し始めた。

　彼らは、剣術や武術に長けているわけではない。しかし、その瞳には、故郷を守りたい、大切な人々を守りたいという、純粋で強い思いが宿っていた。
彼らは、さつきの剣が、もはや復讐の剣ではないことを、肌で感じ取っていたのだ。

「さつきさん…！」
「藤次郎さん！」
「小夜ちゃんも無事でよかった！」

　集まった義勇兵たちは、さつきたちを囲み、口々に感謝と激励の言葉を述べた。彼らの顔には、黒曜会への怒り、そして未来への希望が入り混じっていた。

　さつきは、集まった人々を一人ひとり見つめた。
彼らは、さつきが絶望の淵にいたとき、守るべきものとして、彼女を再び立ち上がらせてくれた存在だった。

「ありがとう…皆…」

　さつきの目に、熱いものが込み上げる。
彼女は一人ではない。この国を守るために、共に戦う仲間たちが、こんなにも多く集まってくれたのだ。

　藤次郎は、集まった人々を冷静な目で見ていた。彼らの練度は低い。だが、その数と、何よりその士気の高さは、黒曜会の兵士たちを圧倒する可能性を秘めている。

「まさか、これほど多くの者が集まるとは…」
　右京もまた、驚きを隠せない様子だった。

　玄心は、遠くから静かにその光景を見守っていた。彼の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。

　さつきの「守るための剣」は、確かに人々の心に届いていた。

　月詠山へと向かう道は、もはや孤独な復讐の道ではない。

　それは、この国の未来を、共に切り拓く、集う者たちの新たな道となっていた。