【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第四部:大団円 ~からくりと人情が結ぶ未来~

第六十三話:長屋への影

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 奉行所の捜査が始まって数日。長屋は平穏な日常を取り戻しつつあった。辰五郎の回復は順調で、長屋の人々の温かい世話を受けながら、笑顔を見せることも増えた。甚兵衛とお絹も体力を回復させ、工房で静かに過ごす時間が増えた。しかし、彼らの心からは、奉行所への報告が「影」に察知されたことへの警戒が消えることはなかった。

 長屋の入り口には、甚兵衛が改良した警報からくりが再び設置された。僅かな重量の変化や、不審な音を感知すると、工房の小さな仕掛けが作動する。そして、お絹は、街の噂話や人々の動きに以前にも増して注意を払っていた。

 徐々に、長屋の周囲に不審な気配が漂い始めた。以前よりも目立たないではあるが、確かだ。長屋の路地の入り口で、不自然に立ち止まる行商人。何度も長屋の前を通り過ぎる、顔に見覚えのない浪人。屋根の上から、長屋を覗いているような視線。

 甚兵衛は、小型の探知からくりで周囲を探った。微かな異常な信号…以前「影」が通信に使っていたもの…が、長屋の近くで断続的に発信されているのが分かった。奴らは、長屋を監視している。

「奴らですい…長屋が、狙われてますい…」

 お絹の声が震えた。奉行所の捜査を報告したことで、「影」は情報源を探し出し、そしてここにたどり着いたのだ。

 夜になり、緊張はさらに高まった。長屋の住人たちは、事態の全てを知らない。ただ、甚兵衛たちの様子から、何か緊迫した状況にあることを察し、いつもより早く戸を閉め、静かに過ごしている。おかみさんも、彼らの様子を見て、覚悟を決めているようだった。

「お絹、辰五郎さんを奥の部屋へ」

 甚兵衛が指示した。辰五郎はまだ完全に回復していない。もしものことがあれば、彼を守り抜かなければならない。辰五郎は、自分が危険の原因になっていることに気づき、悔しそうな顔をする。

「俺は…逃げない…」

「今は、我々に任せてください」甚兵衛が言った。「あなたが無事なことが、奴らを追い詰める最大の証になる」

 辰五郎を長屋の一番奥にある、比較的安全な部屋へと移す。そこは物置きとして使われているが、頑丈な壁に囲まれている。

 深夜。長屋は静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、嵐の前の静けさだ。警報からくりは、まだ作動しない。しかし、長屋の周囲に集まる「影」の気配が、濃くなっていくのを感じる。

 屋根の上から、僅かな物音が聞こえた。複数の人間が、屋根伝いに移動している気配だ。裏手からも、路地の入り口からも、複数の気配が近づいてくる。奴らは、長屋を包囲したのだ。

 甚兵衛とお絹は、工房で、残されたからくり道具を確認する。戦闘に使えるものは限られている。しかし、ここが彼らの家だ。長屋という「人情」の場を、奴らに好きにはさせない。

 長屋の門の外で、重い足音が止まった。そして、複数の人間が立つ気配。彼らは、攻め込む機会を窺っているのだろう。

 その時、長屋の門の外から、冷たく、しかし聞き覚えのある声が響いた。

「平賀甚兵衛…お前が、余(よ)の計画を潰したな」

 氷雨の声だ。奴は、やはりここに現れた。瓦屋根での敗北から回復し、自ら長屋への攻撃を指揮しに来たのだ。その声には、怒り、そして絶対的な自信が滲んでいる。

「お前の『人情』とやらも…ここで終わらせてくれる」

 氷雨の言葉と共に、長屋の門が乱暴に叩かれた。警報からくりが、けたたましい音を立てて作動する。長屋の住人たちが、ざわめき始める。

「影」が、攻撃を開始したのだ。

 甚兵衛とお絹は、顔を見合わせた。来るべき時が来た。長屋という、彼らの全てを守るための、最後の戦いが始まる。氷雨との最終決戦は、この「人情」の場所で繰り広げられる。大団円へ向けた物語は、最大の危機をもって、クライマックスを迎える。
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