【完結】『江戸一番の菓子屋と嘘つき娘』

月影 朔

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第五部:真心が生んだ奇跡

第二十話:春告鳥、新たな春へ

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 黒田屋が悪事を暴かれ、役人に連行されていった後、春告鳥の店の前には、温かい拍手と、おみえを称賛する声が響き渡った。

 「見事だ、おみえちゃん!」「春告鳥は、終わっちゃいなかったんだ!」「あの菓子は、本当に美味かった!」。かつておみえを疑い、悪評を口にした人々も、真心が生んだ奇跡の味に心を打たれ、心からおみえの勝利を喜んでくれた。

 黒田屋が去った後、店の後片付けは、応援してくれた皆が手伝ってくれた。善助さんの指示のもと、小春さんも、あの日の常連客たちも、皆が笑顔で店の掃除や修復を手伝ってくれる。差し押さえられた品々は戻ってこなかったが、皆の温かい心に触れ、おみえの心は満たされていた。

 数日後、春告鳥は、再び店を開いた。

 棚に並ぶのは、新しい「おみえの餡」を使った、素朴で温かい菓子ばかりだ。父の味とは違うけれど、そこには、どん底を経験したおみえが、真心込めて作り上げた、新しい春告鳥の味が詰まっている。

 店の再開を知った人々が、朝早くから春告鳥の前に列を作った。「また春告鳥の菓子が食べられるのかい!」「あの娘さんの菓子、もう一度食べたいんだ!」。

 悪評は完全に消え去り、おみえの真心が生んだ奇跡の菓子が、新しい評判となって江戸中に広まったのだ。

 店は、以前にも増して、賑わった。客たちは、おみえの菓子を食べて、皆、笑顔になった。「美味しい!」「優しい味がするねぇ!」「心が温かくなるよ!」という声が、店のあちこちから聞こえてくる。

 おみえは、もう嘘をつく必要はなかった。ただ、真心と、そして心からの笑顔で、一人一人のお客を迎える。客の笑顔を見るたびに、おみえの心は満たされていく。

 父が言っていた「食べる人の笑顔を一番に思う心」の意味を、日々実感していた。

 父、卯之助の病状も、少しずつだが快方に向かっていた。おみえが作った新しい菓子を父に食べさせると、父は涙ぐみながら、弱々しくも微笑んでくれた。

 「…美味い…みえ…よく…やったな…」。

 父の言葉に、おみえの目から涙が溢れた。恩返しができた。父に、認められた。父と娘の間に、言葉以上の、温かい絆が確かに結ばれた。

 母のおたきも、すっかり元気になり、再び店の仕事を手伝い始めた。母娘二人で、賑わう店を切り盛りする毎日は、大変だったけれど、希望に満ちていた。

 月見堂の源蔵さんは、春告鳥の再興とおみえの菓子を認め、店にお祝いの品を持ってきてくれた。以前のような厳しい表情ではなく、どこか穏やかな、そして尊敬の眼差しを向けてくれた。

 「見事だった、春告鳥の娘さん。お前さんは、真の菓子職人だ。」源蔵さんの言葉に、おみえは胸が熱くなった。父のライバルに認められた。

 そして、源蔵さんは、「これからも、良きライバルとして、共に江戸の菓子文化を盛り上げていこう」と語ってくれた。

 春告鳥と月見堂。二つの名店は、互いを尊重し、切磋琢磨しながら、江戸の人々に真心込めた菓子を届けていくのだろう。

 小春さんも、春告鳥の常連客となり、時間があれば店を手伝いに来てくれた。おみえと小春さん。ライバル店の娘同士でありながら、菓子を愛する気持ちで結ばれた二人の友情は、これからも続いていく。

 春は、再び春告鳥に訪れた。店は、かつてないほどの活気と、温かい笑顔に満ちていた。

 ある日の夕方、店の戸締まりを終えた後、おみえは、病状が回復し、少しだけ起き上がれるようになった父と母、そして善助さん、小春さんと共に、おみえが作った菓子を囲んでいた。

 シンプルな餡子玉や団子。だが、そこには、おみえのこれまでの道のりと、全てを支えてくれた人々への感謝の気持ちが詰まっている。

 皆が、美味しそうに菓子を食べる。父の穏やかな笑顔。母の優しい眼差し。善助さんの安心した顔。小春さんの無邪気な笑顔。

 皆の顔が、温かい光に包まれている。

 おみえは、その光景を、心の中で大切に焼き付けた。どん底の絶望。嘘の重圧。失われた信用。全てを失う寸前の恐怖。そして、父の言葉。温かい記憶。支えてくれた仲間たち。真心が生んだ奇跡。全ての出来事が、今、この温かい光景に繋がっている。

 (お父さん…お母さん…善助さん…小春さん…そして、春告鳥を愛してくれた皆さん…)

 心の中で、おみえは一人一人に語りかけた。

 (ありがとう…)

 その一言に、これまでの全ての思いと、計り知れない感謝の気持ちを込めた。

 春告鳥に、新たな春が訪れた。真心が生んだ奇跡の菓子と共に、おみえは、大切な人々に囲まれ、温かい光の中で、菓子職人として、そして一人の人間として、新たな一歩を踏み出した。

 だが、春告鳥の灯火は、これからも、江戸の人々に真心のお菓子を届け続けるだろう。

 そして、おみえの、感謝に満ちた「ありがとう」という言葉は、温かい希望となって、未来へと続いていくのだ。
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