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第一章:鬼灯横丁の怪医者
第七話:情報屋の古狐
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玄庵診療所での日々が、おみつの常識を塗り替えていく。
天邪鬼に憑かれた少女の心の真実を探ったことで、おみつは妖怪が引き起こす病の奥深さを知った。患者の心の傷を癒すことが、妖怪を祓うことにも繋がる。そのことを理解し始めていた矢先、診療所に思いがけない来客があった。
その日、朝餉の支度をしていたおみつは、診療所の外から聞こえるけたたましい声に顔を上げた。
「へっへっへ、先生よぉ、今日もご繁盛ですかぁい?」
野太く、それでいてどこか間の抜けた声が、木戸の向こうから響いてくる。玄庵はいつもと変わらぬ表情で、ただ静かに茶を啜っていた。
おみつが恐る恐る木戸を開けると、そこに立っていたのは、一人の男……いや、男の姿をした奇妙な存在だった。
背は低く、どこか猫背気味。商人風の地味な着物を着ているが、顔には不自然なほど生々しい狐の髭が生え、目は爛々と輝いていた。そして、何よりも目を引くのは、その背後に隠しきれていないふさふさとした尻尾だ。
「あ、あなた様は……?」
おみつが呆然としていると、男はニヤリと笑い、深々と頭を下げた。
「これはこれは、美しいお嬢さんだ。わたくしは、古尾(ふるお)と申します。玄庵先生には、いつもお世話になっております」
古尾と名乗るその男は、間違いなく妖怪だった。おみつは生まれて初めて、言葉を話す妖怪と、それも何の障壁もなく会話していることに、混乱を覚えた。恐怖よりも、驚きと好奇心が勝った。
「古尾さん……妖怪、なんですか?」
おみつが率直に尋ねると、古尾は愉快そうにゲラゲラと笑った。
「へっへっへ、お嬢さん、おもしろい質問をするねぇ。見ての通り、わたくしは古狐の妖怪でございますよ。主に情報屋稼業を営んでおりましてね、江戸中の人間界の噂から、妖怪たちのいざこざまで、なんでもござれ!」
古尾は自慢げに胸を張った。おみつは、妖怪が情報屋をしているという事実に、さらに度肝を抜かれた。玄庵診療所の患者たちが奇病を患っていることを考えると、妖怪の情報がどれほど重要かは想像に難くない。
「玄庵先生のところには、珍しい奇病の患者さんが来るからねぇ。先生も、わたくしの情報には、いつも助けられてるはずだ」
古尾はそう言って、玄庵に視線を送った。玄庵は何も言わず、ただ古尾の言葉を静かに聞いている。その表情には、古尾への信頼のようなものが垣間見えた。
「で、今日はどんなお珍しい情報を仕入れてきたんでぇ、古尾さん?」
玄庵がおみつの代わりに問うと、古尾はゴソゴソと懐を探り、小さな包みを取り出した。
「へっへっへ、先生は相変わらず話が早いねぇ。実は、最近、江戸の西の外れで、夜な夜な奇妙な歌が聞こえるという噂がありましてね。その歌を聞いた者は、なぜか夢遊病のようにさまよい歩くようになるという話ですよ」
古尾は不敵な笑みを浮かべて、玄庵に視線を送った。おみつは、その話を聞いてぞっとした。以前、木霊に憑かれた娘の奇病と似ている。
「なるほど、それは厄介ですな」
玄庵は静かに呟いた。
「どうです、先生? わたくしの情報、役に立つでしょう? もちろん、情報料はきっちりいただきますがねぇ」
古尾は掌を擦り合わせながら、金にがめつい一面を見せた。おみつは、そんな古尾の飄々とした態度に、少しだけ妖怪への恐怖心が薄れるのを感じた。
「おみつ、古尾さんに茶を淹れてあげなさい」
玄庵が指示すると、おみつは慌てて台所へと向かった。茶を淹れながら、おみつは古尾との会話を反芻していた。
妖怪でありながら、人間のように金勘定をし、情報を提供する。玄庵と古尾の間には、単なる医者と患者ではない、奇妙な信頼関係が成り立っているように見えた。
古尾は、おみつが淹れた茶を一口飲むと、フンと鼻を鳴らした。
「へぇ、お嬢さん、なかなかやるじゃねぇか。先生の助手になったって話は本当だったんだねぇ。こんな美人さんが、なんでこんな薄暗い診療所で働いてんだか。もったいない、もったいない」
古尾は、からかうようにおみつに話しかけた。おみつは少々むっとしたが、彼が人間とは異なる存在であるため、どう反応すればいいのかわからなかった。
「わたくしは、玄庵先生を助けるために……」
おみつが言い淀むと、古尾はフッと笑った。
「へっへっへ、そいつはご立派。だがねぇ、お嬢さん。この先生の周りには、人間じゃ理解できないような厄介なものが、ゴロゴロしてるんだぜぇ。覚悟しといた方がいいよ」
古尾の言葉は、おみつの心に静かに響いた。それは、単なる忠告ではなく、まるでこの先の出来事を予言しているかのようだった。
しかし、おみつはもう後には引けない。目の前の患者を助けたいという気持ち、そして玄庵の謎めいた過去に興味を抱き始めている自分がいた。
古尾は、玄庵との用件を済ませると、金を受け取り、足早に診療所を去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、おみつは改めて、この鬼灯横丁の診療所が、人間と妖怪が交錯する奇妙な場所であることを強く実感した。
そして、これからまた、どのような奇妙な患者や妖怪が訪れるのか、少しばかりの不安と、それ以上の好奇心を抱いたのだった。
天邪鬼に憑かれた少女の心の真実を探ったことで、おみつは妖怪が引き起こす病の奥深さを知った。患者の心の傷を癒すことが、妖怪を祓うことにも繋がる。そのことを理解し始めていた矢先、診療所に思いがけない来客があった。
その日、朝餉の支度をしていたおみつは、診療所の外から聞こえるけたたましい声に顔を上げた。
「へっへっへ、先生よぉ、今日もご繁盛ですかぁい?」
野太く、それでいてどこか間の抜けた声が、木戸の向こうから響いてくる。玄庵はいつもと変わらぬ表情で、ただ静かに茶を啜っていた。
おみつが恐る恐る木戸を開けると、そこに立っていたのは、一人の男……いや、男の姿をした奇妙な存在だった。
背は低く、どこか猫背気味。商人風の地味な着物を着ているが、顔には不自然なほど生々しい狐の髭が生え、目は爛々と輝いていた。そして、何よりも目を引くのは、その背後に隠しきれていないふさふさとした尻尾だ。
「あ、あなた様は……?」
おみつが呆然としていると、男はニヤリと笑い、深々と頭を下げた。
「これはこれは、美しいお嬢さんだ。わたくしは、古尾(ふるお)と申します。玄庵先生には、いつもお世話になっております」
古尾と名乗るその男は、間違いなく妖怪だった。おみつは生まれて初めて、言葉を話す妖怪と、それも何の障壁もなく会話していることに、混乱を覚えた。恐怖よりも、驚きと好奇心が勝った。
「古尾さん……妖怪、なんですか?」
おみつが率直に尋ねると、古尾は愉快そうにゲラゲラと笑った。
「へっへっへ、お嬢さん、おもしろい質問をするねぇ。見ての通り、わたくしは古狐の妖怪でございますよ。主に情報屋稼業を営んでおりましてね、江戸中の人間界の噂から、妖怪たちのいざこざまで、なんでもござれ!」
古尾は自慢げに胸を張った。おみつは、妖怪が情報屋をしているという事実に、さらに度肝を抜かれた。玄庵診療所の患者たちが奇病を患っていることを考えると、妖怪の情報がどれほど重要かは想像に難くない。
「玄庵先生のところには、珍しい奇病の患者さんが来るからねぇ。先生も、わたくしの情報には、いつも助けられてるはずだ」
古尾はそう言って、玄庵に視線を送った。玄庵は何も言わず、ただ古尾の言葉を静かに聞いている。その表情には、古尾への信頼のようなものが垣間見えた。
「で、今日はどんなお珍しい情報を仕入れてきたんでぇ、古尾さん?」
玄庵がおみつの代わりに問うと、古尾はゴソゴソと懐を探り、小さな包みを取り出した。
「へっへっへ、先生は相変わらず話が早いねぇ。実は、最近、江戸の西の外れで、夜な夜な奇妙な歌が聞こえるという噂がありましてね。その歌を聞いた者は、なぜか夢遊病のようにさまよい歩くようになるという話ですよ」
古尾は不敵な笑みを浮かべて、玄庵に視線を送った。おみつは、その話を聞いてぞっとした。以前、木霊に憑かれた娘の奇病と似ている。
「なるほど、それは厄介ですな」
玄庵は静かに呟いた。
「どうです、先生? わたくしの情報、役に立つでしょう? もちろん、情報料はきっちりいただきますがねぇ」
古尾は掌を擦り合わせながら、金にがめつい一面を見せた。おみつは、そんな古尾の飄々とした態度に、少しだけ妖怪への恐怖心が薄れるのを感じた。
「おみつ、古尾さんに茶を淹れてあげなさい」
玄庵が指示すると、おみつは慌てて台所へと向かった。茶を淹れながら、おみつは古尾との会話を反芻していた。
妖怪でありながら、人間のように金勘定をし、情報を提供する。玄庵と古尾の間には、単なる医者と患者ではない、奇妙な信頼関係が成り立っているように見えた。
古尾は、おみつが淹れた茶を一口飲むと、フンと鼻を鳴らした。
「へぇ、お嬢さん、なかなかやるじゃねぇか。先生の助手になったって話は本当だったんだねぇ。こんな美人さんが、なんでこんな薄暗い診療所で働いてんだか。もったいない、もったいない」
古尾は、からかうようにおみつに話しかけた。おみつは少々むっとしたが、彼が人間とは異なる存在であるため、どう反応すればいいのかわからなかった。
「わたくしは、玄庵先生を助けるために……」
おみつが言い淀むと、古尾はフッと笑った。
「へっへっへ、そいつはご立派。だがねぇ、お嬢さん。この先生の周りには、人間じゃ理解できないような厄介なものが、ゴロゴロしてるんだぜぇ。覚悟しといた方がいいよ」
古尾の言葉は、おみつの心に静かに響いた。それは、単なる忠告ではなく、まるでこの先の出来事を予言しているかのようだった。
しかし、おみつはもう後には引けない。目の前の患者を助けたいという気持ち、そして玄庵の謎めいた過去に興味を抱き始めている自分がいた。
古尾は、玄庵との用件を済ませると、金を受け取り、足早に診療所を去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、おみつは改めて、この鬼灯横丁の診療所が、人間と妖怪が交錯する奇妙な場所であることを強く実感した。
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