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第一章:明治の片隅で
第十話:一筋の光
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健太の純粋な眼差しは、寅次郎の凍てついた心の奥深くに、一筋の光を差し込んだ。
その日、健太が帰った後も、彼の「おじいちゃん、それ、何が書いてあるの?」という問いかけが、寅次郎の脳裏にこだまし続けていた。
庭に降り注ぐ夕陽が、長く伸びた影を縁側に落とす。寅次郎は、手にした書物を眺め、ページを繰る。そこに記された知識は、かつて多くの若者の心を揺り動かし、時代を動かす原動力となった。しかし、その知識がもたらした結果は、寅次郎にとって、深い悔恨の念でしかなかった。
「わしが教えた者は、皆……」
彼の口から、再び苦しげな言葉が漏れる。高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、入江九一。彼らの若き日の輝きと、悲劇的な死が、鮮やかに蘇る。あの熱き魂は、一体何のために散っていったのか。自分の教えが、彼らを死地に追いやったのではないかという自責の念が、長年、寅次郎の心を蝕んできた。
しかし、健太の眼差しは、そんな寅次郎の頑なな心に、ひびを入れた。彼の瞳には、松下村塾の若き弟子たちと同じ、純粋な学ぶことへの渇望があった。そこに、政治的な思惑も、時代の趨勢も、何一つ介在していなかった。ただ、知りたい、分かりたいという、根源的な欲求だけが宿っていた。
健太は、寅次郎が背負ってきた重荷を知らない。彼は、ただ目の前の老人が、自分には持たない「知恵」を持っていることを感じ取っただけだった。その無垢な好奇心は、寅次郎の心を縛り付けていた過去の鎖を、少しずつ緩めていくようだった。
「こんなわしに、まだ何かできることがあるのか…」
微かな問いが、寅次郎の心に浮かんだ。それは、彼が長年、自らに禁じてきた問いだった。自分はもう、誰にも何も教える資格などない。自分の教えは、多くの悲劇を生んだ。そう思い込み、自らを責め続けてきた。
だが、健太の存在は、その凝り固まった思いを揺るがせた。この目の前の幼い命に、もし、読み書きを教えることができたなら。世の中の道理を、争いではない、平和な道を教えることができたなら。それは、失われた多くの命への、せめてもの償いになるのではないか。
夕日が沈み、空は茜色から藍色へと移り変わっていく。庭の草木は、風に揺られ、静かに囁いているようだった。その囁きは、寅次郎の心の奥底に、新しい可能性の芽生えを告げているようだった。
それは、彼の隠棲生活に差し込む、小さな光の始まりだった。
この光が、やがて彼の心を温め、再び彼を「先生」として立ち上がらせる日が来ることを、今はまだ誰も知る由もなかった。
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「こんなわしに、まだ何かできることがあるのか…」
微かな問いが、寅次郎の心に浮かんだ。それは、彼が長年、自らに禁じてきた問いだった。自分はもう、誰にも何も教える資格などない。自分の教えは、多くの悲劇を生んだ。そう思い込み、自らを責め続けてきた。
だが、健太の存在は、その凝り固まった思いを揺るがせた。この目の前の幼い命に、もし、読み書きを教えることができたなら。世の中の道理を、争いではない、平和な道を教えることができたなら。それは、失われた多くの命への、せめてもの償いになるのではないか。
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