【完結】『夕映えの寺子屋 - 寅次郎先生、明治を照らす最後の授業 -』

月影 朔

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第六章:「最後の授業」の予感

第六十五話:旧敵の見舞い

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 奇跡的な出会いを果たした翌日、勝海舟は再び寅次郎の元を訪れた。

 病床の寅次郎は、昨日よりもさらに衰弱しているように見えたが、勝海舟の訪問を心待ちにしていたかのように、その顔に微かな笑みを浮かべた。美和子が淹れた温かい茶をすすりながら、二人は静かに向かい合った。

 「先生、昨日のお話、深く心に刻みました。特に、多様な価値観を認め、対話によって道を拓くというお考えには、深く共感いたします。」

 勝海舟は、率直に語った。彼は、幕府の人間として、また西欧列強と渡り合う外交官として、常に「現実」を見てきた。寅次郎のような理想主義者とは異なる道を歩んできたが、その根底にある「民を想う心」は同じだと感じていた。

 「勝殿は、この国の行く末を、真に案じておられる。それは、わしとて同じこと…」

 寅次郎は、かすれる声で応じた。彼の視線は、部屋の隅に置かれた碁盤に向けられた。

 「もしよろしければ…一手、いかがでございますか?」

 寅次郎の提案に、勝海舟は少し驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 「光栄でございます。では、遠慮なく」

 美和子が、そっと碁盤を二人の間に置いた。寅次郎は、震える手で碁石を取り、勝海舟はそれを優しく支えた。白と黒の石が、カチリと音を立てて碁盤に置かれる。その音だけが、静かな部屋に響いた。

 二人は、盤上の石を巡らせながら、日本の未来について語り合った。勝海舟は、近代化を進める政府の現状、国際社会での日本の立場、そして国民の間にくすぶる不満について、率直に寅次郎に意見を求めた。

 「先生は、この国の舵取りを担う者たちに、何を望まれますか?」

 勝海舟の問いに、寅次郎は深く息を吐いた。

 「彼らは皆…この国を強くしようと、懸命に尽力しておる。じゃが…時に、性急に過ぎることもある。民の心を置き去りにして、富国強兵のみを追求すれば、必ずや歪みが生じよう。そして…外交においても、安易に武力に頼ってはならぬ。真の強さとは、相手を理解し、信義をもって接することにこそあると、彼らに伝えたい…」

 寅次郎の言葉は、まるで彼の最期の遺言のようだった。勝海舟は、その言葉を一つ一つ、丁寧に心に刻み込んだ。彼もまた、外交の最前線で、武力と対話の狭間で苦悩してきたからこそ、寅次郎の言葉の重みが身に染みた。

 「先生の教えは、必ずや、この国の未来を照らす光となるでしょう」

 碁盤の上では、白と黒の石が複雑な模様を描いていた。しかし、そこに勝敗への執着はなく、ただ、互いの思想を尊重し、日本の未来を憂う二人の魂が、静かに語り合っていた。

 かつての敵対関係は、もはやそこにはなく、深い敬意と友情が、碁盤を挟んで交わされていた。

 時間が経つのも忘れ、碁石を打ち続ける二人。夕日が差し込む部屋で、老いた二人の偉人の対話は、穏やかに、しかし力強く続いていた。
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