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第六章:「最後の授業」の予感
第六十六話:病状の急変
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穏やかな碁の対局を終え、勝海舟が帰路についた後、寅次郎の容態は急変した。
夕食も喉を通らず、夜に入ると、突然の激しい悪寒と、燃えるような高熱が彼の体を襲った。荒い息遣いが、静かな塾舎に響き渡る。
まるで、彼の体内で何かが決壊したかのように、病魔が最後の猛威を振るい始めたのだ。
「先生、先生…!」
美和子の悲痛な声が響く。彼女は、冷たい手ぬぐいを絞り、兄の額に何度も何度も当てた。しかし、熱は一向に下がる気配がない。額から首筋へ、そして全身へと、汗がとめどなく流れ落ちる。
楫取素彦もまた、心配そうに兄の傍らに付き添い、その浅く、しかし激しい呼吸を不安げに見守っていた。寅次郎の顔は紅潮し、苦悶に歪んでいた。
「文…苦しい…」
掠れる声で絞り出された兄の言葉に、美和子の目から止めどなく涙が溢れた。どれほど苦しいのだろうか。代われるものなら、今すぐにでも代わってやりたい。
しかし、美和子にできるのは、ただ兄の手を握り、その体をさすってやることでしかなかった。美和子は、兄の痩せ細った手を両手で包み込み、懸命にその温もりを感じようとした。
その頃、塾舎の周りには、子供たちが静かに集まっていた。明かりが灯る塾舎の窓から漏れ聞こえる、先生の苦しそうな咳と、美和子のすすり泣く声に、彼らの心は激しく揺さぶられていた。
日が暮れても、いつもなら賑やかな笑い声が響く塾舎から、ただただ重苦しい空気が漂っている。健太は、塾舎の壁にそっと寄りかかり、その耳を澄ませた。耳を塞ぎたくなるような、先生の辛そうな声が、彼らの心を締め付けた。
「先生、大丈夫かな…」
最年少の小さな子が、健太の袖を引いて問いかけた。その顔は、不安と恐怖に歪んでいた。他の子供たちもまた、暗闇の中で互いに顔を見合わせ、その小さな手をぎゅっと握りしめていた。
彼らは、先生がどれほど大切な存在であるかを知っていた。先生は、彼らに文字を教え、歴史を語り、そして何よりも、生きる知恵と希望を与えてくれたのだ。健太は、以前先生のために探しに行った薬草の束を、手のひらでそっと握りしめた。
それが、今、何の役にも立たないことが、彼の胸を締め付けた。
「大丈夫だ…先生は、きっと良くなる…」
健太は、震える声でそう言い聞かせたが、彼の心の中には、冷たい不安が広がり始めていた。つい先日まで、穏やかに講義をしていた先生が、今、あんなにも苦しんでいる。
先生がもし、このままいなくなってしまったら、自分たちはどうなってしまうのだろう。彼らの心には、そんな根源的な恐怖が募り始めていた。
塾舎の中では、寅次郎の意識が朦朧とし始めていた。熱にうなされながら、彼の脳裏には、松下村塾の賑わい、若き弟子たちの顔、そして血と炎に染まった幕末の光景が、再び鮮明に浮かび上がっていた。
あの日の血の匂い、銃声、そして倒れていく若者たちの姿が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「晋作…玄瑞…稔麿…」
かすかな呻き声が、美和子の耳に届く。兄は、最期の時が迫る中で、かつての教え子たちの名を呼んでいる。美和子は、兄の胸に顔を埋め、ただただ涙を流すことしかできなかった。
家族として、兄を支えてきた美和子にとって、この苦しみは、過去の全ての辛さと重なって、彼女の魂を揺さぶった。
夜は更け、月明かりが塾舎の屋根を照らしていた。しかし、その静かな夜の闇の中で、寅次郎の命の灯火は、今にも消え入りそうに、激しく揺れていた。子供たちの祈りだけが、その小さな灯火を、かすかに支えているかのようだった。
彼らは、夜空に輝く星を見上げ、ただひたすらに、先生の回復を願い続けていた。
夕食も喉を通らず、夜に入ると、突然の激しい悪寒と、燃えるような高熱が彼の体を襲った。荒い息遣いが、静かな塾舎に響き渡る。
まるで、彼の体内で何かが決壊したかのように、病魔が最後の猛威を振るい始めたのだ。
「先生、先生…!」
美和子の悲痛な声が響く。彼女は、冷たい手ぬぐいを絞り、兄の額に何度も何度も当てた。しかし、熱は一向に下がる気配がない。額から首筋へ、そして全身へと、汗がとめどなく流れ落ちる。
楫取素彦もまた、心配そうに兄の傍らに付き添い、その浅く、しかし激しい呼吸を不安げに見守っていた。寅次郎の顔は紅潮し、苦悶に歪んでいた。
「文…苦しい…」
掠れる声で絞り出された兄の言葉に、美和子の目から止めどなく涙が溢れた。どれほど苦しいのだろうか。代われるものなら、今すぐにでも代わってやりたい。
しかし、美和子にできるのは、ただ兄の手を握り、その体をさすってやることでしかなかった。美和子は、兄の痩せ細った手を両手で包み込み、懸命にその温もりを感じようとした。
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「先生、大丈夫かな…」
最年少の小さな子が、健太の袖を引いて問いかけた。その顔は、不安と恐怖に歪んでいた。他の子供たちもまた、暗闇の中で互いに顔を見合わせ、その小さな手をぎゅっと握りしめていた。
彼らは、先生がどれほど大切な存在であるかを知っていた。先生は、彼らに文字を教え、歴史を語り、そして何よりも、生きる知恵と希望を与えてくれたのだ。健太は、以前先生のために探しに行った薬草の束を、手のひらでそっと握りしめた。
それが、今、何の役にも立たないことが、彼の胸を締め付けた。
「大丈夫だ…先生は、きっと良くなる…」
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先生がもし、このままいなくなってしまったら、自分たちはどうなってしまうのだろう。彼らの心には、そんな根源的な恐怖が募り始めていた。
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彼らは、夜空に輝く星を見上げ、ただひたすらに、先生の回復を願い続けていた。
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