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第六章:職人の意地、影との対峙
第二十三話:左官道具の応戦
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壁の罠に阻まれた「影法師」の刺客たちは、諦めずに次の侵入経路を探った。
一人が荒れ寺の地下水路から蔵へと続く抜け道を発見し、音もなく蔵の地下へと足を踏み入れた。別の二人が、屋根裏から蔵の内部への侵入を試みる。
龍吉は、壁の微かな音や空気の振動から、彼らが新たな経路で侵入していることを察知していた。地下の隠し空間、あるいは蔵の内部の物陰で、龍吉は息を殺してその時を待つ。懐には金属片と血染めの図面。そして、すぐそばには、恐怖に震える甚右衛門がいる。
地下から侵入した刺客が、龍吉が隠れている場所の近くまで来た。暗闇の中、刺客の鋭い感覚が、龍吉の僅かな気配を捉えたのだろう。
「…そこにいるな」
低い声が響く。緊迫感が一気に高まる。複数の気配。地下には一人だが、屋根裏からも刺客が降りてくる気配がする。
龍吉は、迷わず手に持った左官道具を構えた。壁を塗るための道具。しかし、今は、命を守るための武器となる。右手には叩き鏝。左手には小さな鑿(のみ)。足元には、土や漆喰の入ったバケツ。
地下の刺客が、龍吉に襲いかかる。闇の中でも素早い動き。龍吉は戦闘のプロではない。だが、この蔵の構造、地下の狭さ、そして自身の作った「壁」のすべてを知り尽くしている。地の利は龍吉にある。
刺客が刀を振るう。キン、と叩き鏝が刀を受け止める。叩き鏝は厚く頑丈だ。完全に受け流すことはできないが、刀の軌道を逸らすことはできる。龍吉は身を翻し、狭い通路の壁の凹凸を利用して身を隠す。
別の刺客が屋根裏から降りてきた。二人になった。龍吉は一瞬ひるむが、職人の意地が彼を突き動かす。
「お前たちの好きにはさせん!」
龍吉は、足元にあったバケツに入った壁土を、刺客たちの顔めがけて投げつけた。ドサリ、という音と共に、土埃が舞い上がり、刺客たちの視界を遮る。
「ぐっ!」
「何だ!」
刺客たちは戸惑い、動きが鈍る。その隙に、龍吉は壁の隅に隠しておいた、先端の尖った鏝を手に取る。そして、暗闇の中、壁の感触を頼りに、刺客の一人に素早く接近した。
鏝の先を、刺客の腕に突き立てる。
「がっ!」
微かな悲鳴が上がる。刺客は腕を押さえ、うめき声をあげる。龍吉は追い打ちをかけず、再び壁の陰に身を隠す。
刺客たちは、龍吉の予期せぬ反撃と、左官道具という奇妙な武器に戸惑っている。彼らは、武士や他の忍びとの戦いには慣れているだろうが、土や漆喰、そして鏝や鑿(のみ)を武器に戦う左官との戦いは初めてだろう。しかも、龍吉は蔵の構造を熟知しており、壁や障害物を利用して巧妙に立ち回る。
龍吉は、槌(つち)を手に取り、屋根裏から降りてきたもう一人の刺客に向かって投げつけた。槌(つち)は刺客の肩に当たり、バランスを崩させる。
「ちっ!」
刺客は舌打ちをする。龍吉は、彼らが体術に長けていることは分かっている。正面から斬り合えば勝ち目はない。しかし、この狭い空間、暗闇、そして左官道具という予期せぬ武器が、彼らを混乱させている。
甚右衛門は、蔵の奥で、龍吉と刺客たちの激しい物音を聞き、恐怖に震えている。何が起こっているのか分からないが、命をかけた戦いが繰り広げられていることを悟っている。
彼の唯一の希望は、龍吉が作った「壁」と、今、壁の向こうで戦っている龍吉自身だ。
戦いは続く。龍吉は壁を利用して身を隠し、刺客の動きを予測する。彼らが壁に触れる音、呼吸の音。そして、左官道具で応戦する。壁土を投げつけ、鏝や鑿(のみ)で牽制する。龍吉の顔には、泥と汗が滲んでいるが、その眼差しには、職人の意地が宿っている。
刺客たちは、龍吉の意外な粘りと、左官道具の意外な脅威に苦戦していた。彼らは、単なる左官がここまで手強い相手だとは思っていなかった。目的を達成するどころか、手傷を負わされそうになっている。
戦いは膠着状態に陥る。刺客たちは、このままでは目的を達成できないと判断したのだろう。一人が仲間に合図を送る。
やがて、刺客たちは壁や抜け道を利用して、再び闇の中へと姿を消していく。完全に退却したのか、それとも体勢を立て直すのか。龍吉には分からない。
しかし、龍吉は知っていた。彼らは、甚右衛門の拉致や蔵の秘密の奪取という目的を、今回は果たせなかった。龍吉が、左官道具と「人を守る壁」で、彼らを阻んだのだ。
龍吉は息を切らしながら、手に持った叩き鏝を見つめた。それは、泥と血(自身のか、刺客のか)が付着している。壁を作る道具が、今、命を守るための武器となった。
静寂が戻る。龍吉は甚右衛門の元へ戻り、彼の無事を確認する。そして、改めて、自身が作った「壁」を見上げた。それは、単なる土と漆喰の塊ではない。職人の意地と、守り抜くという決意が塗り込められた、生きた壁だ。
今回の襲撃は退けた。だが、「影法師」は必ずまた来るだろう。龍吉は、次に備えなければならないことを悟る。
一人が荒れ寺の地下水路から蔵へと続く抜け道を発見し、音もなく蔵の地下へと足を踏み入れた。別の二人が、屋根裏から蔵の内部への侵入を試みる。
龍吉は、壁の微かな音や空気の振動から、彼らが新たな経路で侵入していることを察知していた。地下の隠し空間、あるいは蔵の内部の物陰で、龍吉は息を殺してその時を待つ。懐には金属片と血染めの図面。そして、すぐそばには、恐怖に震える甚右衛門がいる。
地下から侵入した刺客が、龍吉が隠れている場所の近くまで来た。暗闇の中、刺客の鋭い感覚が、龍吉の僅かな気配を捉えたのだろう。
「…そこにいるな」
低い声が響く。緊迫感が一気に高まる。複数の気配。地下には一人だが、屋根裏からも刺客が降りてくる気配がする。
龍吉は、迷わず手に持った左官道具を構えた。壁を塗るための道具。しかし、今は、命を守るための武器となる。右手には叩き鏝。左手には小さな鑿(のみ)。足元には、土や漆喰の入ったバケツ。
地下の刺客が、龍吉に襲いかかる。闇の中でも素早い動き。龍吉は戦闘のプロではない。だが、この蔵の構造、地下の狭さ、そして自身の作った「壁」のすべてを知り尽くしている。地の利は龍吉にある。
刺客が刀を振るう。キン、と叩き鏝が刀を受け止める。叩き鏝は厚く頑丈だ。完全に受け流すことはできないが、刀の軌道を逸らすことはできる。龍吉は身を翻し、狭い通路の壁の凹凸を利用して身を隠す。
別の刺客が屋根裏から降りてきた。二人になった。龍吉は一瞬ひるむが、職人の意地が彼を突き動かす。
「お前たちの好きにはさせん!」
龍吉は、足元にあったバケツに入った壁土を、刺客たちの顔めがけて投げつけた。ドサリ、という音と共に、土埃が舞い上がり、刺客たちの視界を遮る。
「ぐっ!」
「何だ!」
刺客たちは戸惑い、動きが鈍る。その隙に、龍吉は壁の隅に隠しておいた、先端の尖った鏝を手に取る。そして、暗闇の中、壁の感触を頼りに、刺客の一人に素早く接近した。
鏝の先を、刺客の腕に突き立てる。
「がっ!」
微かな悲鳴が上がる。刺客は腕を押さえ、うめき声をあげる。龍吉は追い打ちをかけず、再び壁の陰に身を隠す。
刺客たちは、龍吉の予期せぬ反撃と、左官道具という奇妙な武器に戸惑っている。彼らは、武士や他の忍びとの戦いには慣れているだろうが、土や漆喰、そして鏝や鑿(のみ)を武器に戦う左官との戦いは初めてだろう。しかも、龍吉は蔵の構造を熟知しており、壁や障害物を利用して巧妙に立ち回る。
龍吉は、槌(つち)を手に取り、屋根裏から降りてきたもう一人の刺客に向かって投げつけた。槌(つち)は刺客の肩に当たり、バランスを崩させる。
「ちっ!」
刺客は舌打ちをする。龍吉は、彼らが体術に長けていることは分かっている。正面から斬り合えば勝ち目はない。しかし、この狭い空間、暗闇、そして左官道具という予期せぬ武器が、彼らを混乱させている。
甚右衛門は、蔵の奥で、龍吉と刺客たちの激しい物音を聞き、恐怖に震えている。何が起こっているのか分からないが、命をかけた戦いが繰り広げられていることを悟っている。
彼の唯一の希望は、龍吉が作った「壁」と、今、壁の向こうで戦っている龍吉自身だ。
戦いは続く。龍吉は壁を利用して身を隠し、刺客の動きを予測する。彼らが壁に触れる音、呼吸の音。そして、左官道具で応戦する。壁土を投げつけ、鏝や鑿(のみ)で牽制する。龍吉の顔には、泥と汗が滲んでいるが、その眼差しには、職人の意地が宿っている。
刺客たちは、龍吉の意外な粘りと、左官道具の意外な脅威に苦戦していた。彼らは、単なる左官がここまで手強い相手だとは思っていなかった。目的を達成するどころか、手傷を負わされそうになっている。
戦いは膠着状態に陥る。刺客たちは、このままでは目的を達成できないと判断したのだろう。一人が仲間に合図を送る。
やがて、刺客たちは壁や抜け道を利用して、再び闇の中へと姿を消していく。完全に退却したのか、それとも体勢を立て直すのか。龍吉には分からない。
しかし、龍吉は知っていた。彼らは、甚右衛門の拉致や蔵の秘密の奪取という目的を、今回は果たせなかった。龍吉が、左官道具と「人を守る壁」で、彼らを阻んだのだ。
龍吉は息を切らしながら、手に持った叩き鏝を見つめた。それは、泥と血(自身のか、刺客のか)が付着している。壁を作る道具が、今、命を守るための武器となった。
静寂が戻る。龍吉は甚右衛門の元へ戻り、彼の無事を確認する。そして、改めて、自身が作った「壁」を見上げた。それは、単なる土と漆喰の塊ではない。職人の意地と、守り抜くという決意が塗り込められた、生きた壁だ。
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