『土の記憶〜左官 龍吉捕物控〜』

月影 朔

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第七章:壁の向こう側

第二十八話:職人の道

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 駿河屋の蔵の改修作業はすべて完了し、平穏な日常が戻ってきた。

 しかし、龍吉にとって、もはや以前と同じ日常ではなかった。彼の心には、「影法師」との激しい攻防、そして「壁の重み」が深く刻み込まれている。

 蔵の壁の裏側の隠し空間には、捕らえた「影法師」の刺客が閉じ込められている。龍吉は定期的に刺客の様子を見に行くが、彼は依然として口を割らない。まるで石仏のように、頑なに沈黙を守っている。龍吉は彼から情報を引き出す方法を模索し続けるが、プロの忍びは容易には落ちない。刺客は、「影法師」について知る唯一の手がかりであり、同時に、いつ牙を剥くか分からない危険な存在でもあった。

「影法師」という組織は健在だ。今回の襲撃は退けたが、彼らは目的を諦めていないだろう。いつ再び、どこを狙ってくるか分からない。龍吉は常に警戒を怠らなかった。仕事中も、街を歩く時も、研ぎ澄まされた五感で周囲の気配を探る。

 今回の事件を通して、龍吉は「人を守る壁」とは何か、その答えをさらに深く求めるようになった。それは単なる物理的な堅牢さではない。知恵、工夫、そして作り手の魂が込められた壁。壁は、人々の暮らしを守るだけでなく、そこに隠された秘密、そして人々の心までも守ることができるのだ。

 職人としての技術をさらに磨くための努力は、欠かせないものとなった。時間を見つけては、様々な地域の土を調べ、その特性を研究する。古い建築書を読み解き、過去の左官たちがどのような技術で壁を築いてきたかを学ぶ。

 それは、より堅牢で、より巧妙な「壁」を作るためであり、「影法師」の壁を破る技術に対抗し、凌駕するためでもある。

 今後も、人々の暮らしを守る壁、秘密を守る壁を作り続けていく。それは、龍吉にとって、単なる生計を立てるための仕事ではない。それは、江戸の闇に潜む「影」から、人々の安全と秘密を守るための、自身に課せられた使命となった。壁は、彼の武器であり、彼の生きる道そのものだ。

 龍吉は、捕らえた刺客以外にも、「影法師」に関する情報源を探る。以前出会った按摩師の市。彼の並外れた感覚は、人々の心身の秘密だけでなく、「影」の痕跡をも読み解くかもしれない。大工の普助棟梁。彼は江戸の建物の構造に詳しく、裏社会の情報にも通じている可能性がある。彼らが、今後の「影」との戦いで、龍吉の力となるかもしれない。

 龍吉は、彼らとの繋がりが、今後の物語で重要になることを予感していた。

 街には、まだ「影」の不穏な噂が微かに流れている。別の場所で不審な事件が起きている、奇妙な印が目撃されたなど。それは、おそらく他の場所で「影法師」が活動している証拠だろう。そして、それらの事件は、もしかするとあの按摩師や、別の場所で闇を追っている者(例えば、あの荒れ寺で出会った坊主、玄信)が関わっているのかもしれない。

 龍吉は、これらの噂に耳を澄ませる。彼の「影」との戦いは、自分が関わった事件だけでなく、江戸全体に広がっている「影」の活動を追うことへと繋がっていく。

「土の記憶」は、壁が持つ歴史、人々の思い、そして隠された真実を語る。龍吉は、これからも職人として壁を作り続け、壁を通してそれらを読み解いていく。それは、彼の職人の道であり、そして「影」との戦いの道だ。

 龍吉は、新たな壁の依頼を受ける。あるいは、「影」に関わる新たな不穏な情報に再び触れるかもしれない。それは、彼の物語の第一部完結であり、同時に、より大きな闇に立ち向かうための、次なる始まりを告げる。

 龍吉は、職人としての覚悟を胸に、壁の向こう側に広がる闇を見据える。
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