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【第二章:天災と人災(2028年)】
第32話:資料No.031(鈴木二曹の最後の音声記録)2028年
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【資料No.031】
資料種別:デジタルボイスレコーダーの音声ファイルからの書き起こし
記録年:2028年
(以下は、元陸上自衛官・鈴木誠二曹(仮名)が残した、最後の音声記録である。
ファイル名は「280902_last_words.mp3」。前回の問診記録(資料No.027)から二日後、彼が後方の駐屯地病院へ移送される直前に、官給品の携帯端末を使い、隠れるようにして録音したものと思われる。その声は、もはや何の感情も含まない、完全に諦念に支配された、虚ろな独白となっている。この記録を残した数週間後、彼は自ら命を絶った)
録音開始:2028年9月2日 07:15
(録音開始。背景には、ガヤガヤとした、複数の人間の話し声や、車両のエンジン音が遠くに聞こえる。駐屯地の朝の喧騒と思われる。鈴木二曹の声は、マイクに口を近づけているのか、非常に近く、そして息遣いまでが生々しく記録されている)
鈴木二曹: ……これから、移送される。……精神科の病棟へ。……俺は、病気らしい。……急性ストレス障害。重度の、解離症状。妄想性障害。……昨日、心理幹部の先生が、ご丁寧に、診断書を読み上げてくれた。
(乾いた、短い笑い声。だが、そこに笑いの感情はない)
鈴木二曹: …笑わせる。……俺が、狂っているのか。……そうかもしれないな。……ここにいる、誰もが、俺が狂っていると言う。小隊長も、仲間たちも、そして、医者も。……みんながそう言うのなら、きっと、そうなのだろう。……俺一人が、正気でいられるはずがない。……あの地獄の中で。
(数秒の沈黙。遠くで、出発を促すような、誰かの号令が聞こえる)
鈴木二曹: …でもな。……たとえ、俺が狂っているのだとしても。……俺が見たもの、聞いたもの、そして、この手に感じた、あの感触。……あれだけは、嘘じゃない。……いや、嘘であって、たまるか。
鈴木二曹: (声を潜め、必死に訴えかけるように)…誰も信じてくれない。だから、ここに残す。……俺は、狂ってない。
鈴木二曹: あれは、生きていた。
鈴木二曹: 土の中で、生きているんだ。
(彼の呼吸が、荒くなる。恐怖を思い出したかのように)
鈴木二曹: …俺たちが埋めた、あの、数えきれないほどの亡骸。……あれは、死んでなんかいなかった。……土の中で、何か別のものに、作り替えられていたんだ。……俺が触った、あの遺体袋の中身。……あれは、もう、人間の亡骸じゃなかった。……もっと、こう…単純で、原始的で、ただ、蠢くだけの、「肉」の塊だった。……そうだ。あの啜り泣きは、悲しみの声なんかじゃない。……あれは、産声だ。……土の中で、何かが、生まれようとしている、その声なんだ。
(彼の声は、確信に満ちている。もはや、そこに迷いはない)
鈴木二曹: そして、腹を空かせている。
鈴木二曹: 俺たちが毎日、律儀に、新鮮な「餌」を、あの場所に運び続けているからな。……公衆衛生のため。二次災害を防ぐため。……ああ、そうだ。俺たちがやっていたことは、「善いこと」だった。……みんな、善いことだと思ってた。……俺も、そう信じようとした。
(遠くで、彼の名前を呼ぶ声がする。「鈴木二曹! そろそろ時間だ!」)
鈴木二曹: (焦るように、早口になる)…もう、行かなければ。……だが、これだけは。……これだけは、言わせてくれ。
鈴木二曹: (はっきりとした、しかし絶望的な声で)…あいつらは、町へ向かうぞ。
鈴木二曹: …いつになるかは、分からない。だが、必ず、地上に出てくる。……あの土の中で、十分に数を増やして、十分に腹を空かせたら、必ず、俺たちが住む、町へ向かう。……餌を、求めて。……俺たち、まだ「踊って」いない、生きている人間を、喰らうために。
鈴木二曹: …もう、手遅れかもしれん。……誰も、俺の言うことなんか、信じないんだからな。
(ブツッ、という音と共に、録音は唐突に終了する)
(編纂者による注記:これが、鈴木誠二曹が、この世に残した、最後の言葉である。 彼の警告は、一個人の「妄想」として、組織の分厚い壁の中に封印された。 彼が自ら命を絶ったのは、真実を誰にも信じてもらえないという絶望からか、あるいは、彼が予言した「何か」が、病棟の壁を越えて、彼を迎えに来たからなのか。 その真相を知る者は、もういない。 ただ、彼の最後の言葉だけが、まるで呪いの予言のように、この記録の上に、重く、そして冷たく、響き続けている)
資料種別:デジタルボイスレコーダーの音声ファイルからの書き起こし
記録年:2028年
(以下は、元陸上自衛官・鈴木誠二曹(仮名)が残した、最後の音声記録である。
ファイル名は「280902_last_words.mp3」。前回の問診記録(資料No.027)から二日後、彼が後方の駐屯地病院へ移送される直前に、官給品の携帯端末を使い、隠れるようにして録音したものと思われる。その声は、もはや何の感情も含まない、完全に諦念に支配された、虚ろな独白となっている。この記録を残した数週間後、彼は自ら命を絶った)
録音開始:2028年9月2日 07:15
(録音開始。背景には、ガヤガヤとした、複数の人間の話し声や、車両のエンジン音が遠くに聞こえる。駐屯地の朝の喧騒と思われる。鈴木二曹の声は、マイクに口を近づけているのか、非常に近く、そして息遣いまでが生々しく記録されている)
鈴木二曹: ……これから、移送される。……精神科の病棟へ。……俺は、病気らしい。……急性ストレス障害。重度の、解離症状。妄想性障害。……昨日、心理幹部の先生が、ご丁寧に、診断書を読み上げてくれた。
(乾いた、短い笑い声。だが、そこに笑いの感情はない)
鈴木二曹: …笑わせる。……俺が、狂っているのか。……そうかもしれないな。……ここにいる、誰もが、俺が狂っていると言う。小隊長も、仲間たちも、そして、医者も。……みんながそう言うのなら、きっと、そうなのだろう。……俺一人が、正気でいられるはずがない。……あの地獄の中で。
(数秒の沈黙。遠くで、出発を促すような、誰かの号令が聞こえる)
鈴木二曹: …でもな。……たとえ、俺が狂っているのだとしても。……俺が見たもの、聞いたもの、そして、この手に感じた、あの感触。……あれだけは、嘘じゃない。……いや、嘘であって、たまるか。
鈴木二曹: (声を潜め、必死に訴えかけるように)…誰も信じてくれない。だから、ここに残す。……俺は、狂ってない。
鈴木二曹: あれは、生きていた。
鈴木二曹: 土の中で、生きているんだ。
(彼の呼吸が、荒くなる。恐怖を思い出したかのように)
鈴木二曹: …俺たちが埋めた、あの、数えきれないほどの亡骸。……あれは、死んでなんかいなかった。……土の中で、何か別のものに、作り替えられていたんだ。……俺が触った、あの遺体袋の中身。……あれは、もう、人間の亡骸じゃなかった。……もっと、こう…単純で、原始的で、ただ、蠢くだけの、「肉」の塊だった。……そうだ。あの啜り泣きは、悲しみの声なんかじゃない。……あれは、産声だ。……土の中で、何かが、生まれようとしている、その声なんだ。
(彼の声は、確信に満ちている。もはや、そこに迷いはない)
鈴木二曹: そして、腹を空かせている。
鈴木二曹: 俺たちが毎日、律儀に、新鮮な「餌」を、あの場所に運び続けているからな。……公衆衛生のため。二次災害を防ぐため。……ああ、そうだ。俺たちがやっていたことは、「善いこと」だった。……みんな、善いことだと思ってた。……俺も、そう信じようとした。
(遠くで、彼の名前を呼ぶ声がする。「鈴木二曹! そろそろ時間だ!」)
鈴木二曹: (焦るように、早口になる)…もう、行かなければ。……だが、これだけは。……これだけは、言わせてくれ。
鈴木二曹: (はっきりとした、しかし絶望的な声で)…あいつらは、町へ向かうぞ。
鈴木二曹: …いつになるかは、分からない。だが、必ず、地上に出てくる。……あの土の中で、十分に数を増やして、十分に腹を空かせたら、必ず、俺たちが住む、町へ向かう。……餌を、求めて。……俺たち、まだ「踊って」いない、生きている人間を、喰らうために。
鈴木二曹: …もう、手遅れかもしれん。……誰も、俺の言うことなんか、信じないんだからな。
(ブツッ、という音と共に、録音は唐突に終了する)
(編纂者による注記:これが、鈴木誠二曹が、この世に残した、最後の言葉である。 彼の警告は、一個人の「妄想」として、組織の分厚い壁の中に封印された。 彼が自ら命を絶ったのは、真実を誰にも信じてもらえないという絶望からか、あるいは、彼が予言した「何か」が、病棟の壁を越えて、彼を迎えに来たからなのか。 その真相を知る者は、もういない。 ただ、彼の最後の言葉だけが、まるで呪いの予言のように、この記録の上に、重く、そして冷たく、響き続けている)
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