『最終列車の、その先に』

月影 朔

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『最終列車の、その先に』

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 ガタン、ゴトン。

 錆びた鉄の車輪が軋む音を最後に響かせ、谷あいの小さな駅に、本当の静寂が訪れた。

 今日、この海風駅(うみかぜえき)を去る最終列車が、丘の向こうへと姿を消したのだ。

 ホームに一人取り残された僕の耳に届くのは、季節外れの蝉の声と、遠くで寄せては返す波の音だけ。

 明日になれば、この駅舎にも、僕が長年守ってきたこの改札にも、固い封鎖の札がかけられる。

 僕の駅員としての役目も、この駅の歴史と共に、今日、静かに幕を下ろす。

 西日に染まるホームのベンチに腰を下ろし、僕はぼんやりと向かいの線路を眺めた。

 何十年という歳月、僕はこの場所から、数えきれないほどの旅立ちと再会を見送ってきた。

 セーラー服の裾を風になびかせ、友達とはしゃぎながら列車に飛び乗っていった少女たち。

 彼女たちは今頃、どこかの街で優しいお母さんになっているだろうか。

 些細なことで喧嘩したまま、そっぽを向いて別々の車両に乗り込んだ若い恋人たち。

 二人はあの後、ちゃんと仲直りできただろうか。

 大きな夢と少しの不安を鞄に詰め込み、「父さん、母さん、行ってきます」と、涙をこらえて故郷を後にした若者。

 君が追いかけた夢は、その手の中に輝いているだろうか。

 彼らの顔を一人一人思い浮かべる。彼らの人生という旅は、今も続いている。

 その旅の途中で、ふと、この海風駅のことを思い出す瞬間は、あるのだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。

 改札の隅で、埃をかぶった黒い伝言板が、夕陽を受けてひっそりと光っているのが目に入った。

 携帯電話が普及してからというもの、この伝言板が使われることは、もう十年以上もなかった。

 黒板消しで最後に文字が消されてから、どれくらいの時が経っただろう。

 でも、もし。

 もし、これから何年、何十年か経った未来で、誰かがこの駅のことを思い出して、ふらりと訪れることがあったなら。

 すっかり寂れた無人駅で、がっかりして帰っていくのだろうか。

 そう思った瞬間、僕は立ち上がっていた。

 制服のポケットを探ると、指先にチョークの短い欠片が触れた。

 子供たちがホームで落書きをしていたのを、拾っておいたものだ。

 僕は伝言板の前に立ち、その乾いた表面を手のひらでそっと撫でた。
そして、白いチョークを握りしめ、未来の誰かに向けて、言葉を綴り始めた。

 僕から未来への、ささやかで、誰にも知られることのない種蒔きだ。

『おかえりなさい。』

 一言書くと、僕はふっと微笑んだ。

 そうだ、ここはずっと、誰かにとっての「ただいま」と「おかえり」が交差する場所だった。

『君の旅路が、素晴らしいものであったことを信じています。』

『道に迷ったら、出発したこの場所を思い出して。』

『大丈夫。
君は一人じゃない。』

 これがただの自己満足であることは、わかっている。

 このメッセージが、誰の目にも触れることなく、雨風に打たれて消えてしまうかもしれない。

 それでも、よかった。

 僕がこの駅で過ごした時間が、僕が見送った人々の幸せを願うこの気持ちが、ほんの少しでも未来と繋がることができるのなら。

 もし君が、人生という長い旅の途中で道に迷い、冷たい雨に打たれて立ち尽くすことがあったなら。

 思い出してほしい。
君にはいつでも帰ってこられる場所があったことを。

 君が「さよなら」を告げたあの場所に、君の幸せを願い続けた誰かがいたことを、どうか忘れないでいてほしい。

 さあ、顔を上げて。

 君の列車は、まだ終着駅に着いたわけじゃない。

 最終列車の、その先にこそ、君だけを待っている素晴らしい明日が、朝の光の中で輝いているのだから。
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