【完結】『迷子札の子守唄 ~見届けられた命たち~』

月影 朔

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第2章:託されし願い

第17話:廃墟の残響

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 「あの人」の家を出た宗次は、夜が明けるのを待って、新たな目的地へと足を向けた。

 越後屋の周りを直接探ることは危険になった今、次に糸口となり得るのは、お梅の夫が勤め、そして悲劇の舞台ともなったあの問屋の跡地だった。

 問屋があった場所は、かつてお梅と共に一度訪れたことがある。活気があったはずの場所が、お梅から聞いた話では、今はもう廃墟になっているという。街の地図を頭に入れ、宗次は記憶を辿りながら歩みを進めた。

 問屋があった界隈は、以前宗次がお梅の足取りを追って訪れた下町の、さらに奥まった場所にあった。人通りも少なくなり、寂れた雰囲気が漂っている。建物も古びたものが多く、活気のあった頃の面影は薄れていた。

 やがて、目的地らしき一角に宗次はたどり着いた。そこにあったのは、お梅が語った通り、建物の跡地らしき更地と、崩れかけた塀、そして瓦礫の山だった。かつてここで多くの反物が扱われ、人々が働いていたとは信じられないほど、荒れ果てている。まるで、問屋に関わった全てが、土に還ろうとしているかのようだ。

 宗次は周囲に目を配りながら、慎重にその敷地へと足を踏み入れた。瓦礫が散乱し、足元がおぼつかない。埃っぽい空気が鼻をつく。かつての建物の基礎らしき石や、焦げ付いた木材の破片が、無残な姿を晒している。

 宗次は、お梅がここで働き、どれほどの苦しみを味わったのかを思った。夫を失い、この場所で必死に生計を立てようとしていた彼女の姿が、瓦礫の中に重なるようだった。

 何か手掛かりになるものはないか。宗次は目を凝らして瓦礫の隙間や地面を調べ始めた。問屋の帳簿や書類は、越後屋が持ち去ったか、あるいは火事か何かで焼けてしまっただろう。だが、何か見落とされたもの、あるいは意外なものが残されている可能性もゼロではない。

 瓦礫を避けながら奥へと進むと、比較的崩れを免れたと思しき井戸の跡があった。その傍らに、何か硬いものが埋まっているのが宗次の目に留まった。瓦礫の一部かと思ったが、よく見ると、それは金属らしきものだった。

 宗次は傍にあった木の破片で、その周囲の土を掻き分けてみた。現れたのは、錆び付いた小さな金属製の箱だった。片手に乗るほどの大きさで、かつては頑丈だったのだろうが、長い年月の間に錆びて歪んでいる。蓋は辛うじて閉まっているようだったが、簡単に開けられそうにはない。

 これは、問屋に関係するものだろうか。あるいは、お梅の夫が何かを隠した箱だろうか。胸の高鳴りを感じながら、宗次はその箱を拾い上げた。意外な重さがある。中には何か入っているのかもしれない。

 箱を懐にしまい、宗次はさらに周囲を探った。他にめぼしいものは見つからない。近隣の家屋は、この廃墟を避けるようにひっそりと建っている。かつて問屋と親しくしていた者もいるだろうが、越後屋の手前、おいそれと話を聞ける相手ではないだろう。

 宗次は廃墟を出て、問屋があった場所から少し離れた場所で、辺りの様子を観察した。近くで小さな荒物屋を営む老人が、店の前で煙管を吹かしていた。宗次はさりげなくその老人に近づき、世間話をするように語りかけた。

「いや、この辺りも寂れましたな。かつては、この奥に大きな問屋があったと聞きましたが」

 老人は煙を吐き出しながら、遠い目をした。

「ああ、あったよ。立派な問屋だったんだがねぇ……五年ほど前かね、急に潰れちまってね。火事でもねぇのに、あっという間だったよ」

 やはり、越後屋の手によって潰されたのだろう。

「何か、急なことだったのですか?」

 宗次が問うと、老人は顔を曇らせた。

「急だったねぇ。夜中に、荒っぽい連中が何人も入っていくのを見たって話だ。越後屋さんの息がかかった者たちらしいが……あれから、この辺りも嫌な噂が立つようになってねぇ」

 荒っぽい連中──越後屋の手先だろう。夜中に踏み込み、問屋を乗っ取ったか。

「そこに勤めていた方々は、どうなされたのですか?」

「さあねぇ。散り散りになったって聞くが。番頭さんが一人、しばらく街に残ってたが、それもいつの間にか見なくなったね。旦那さんは……」

 老人は言葉を濁し、煙管の灰を叩いた。

「気の毒になぁ。真面目な良い旦那さんだったんだが」

 お梅の夫について、悪い印象は持たれていないようだ。それが宗次にとっては、せめてもの救いだった。しかし、老人の話からは、夫の死の真相や、「何か」については何も得られなかった。

 宗次は老人に礼を言い、その場を離れた。手に入れたのは、錆び付いた金属の箱一つと、越後屋が強硬な手段で問屋を潰したという確認だけだ。小さな箱が「何か」の手がかりとなる可能性はあるが、中身を確認しなければ意味がない。

 宗次は人目のない路地に入り、懐の箱を取り出した。蓋は固く閉まっている。無理にこじ開けようとすれば、箱自体が壊れてしまうだろう。慎重に開ける方法を探る必要がある。

 この箱の中に、お梅の夫が命懸けで隠そうとした「何か」の手がかりが詰まっているかもしれない。越後屋が血眼になって探しているものかもしれない。

 宗次は箱を握りしめた。瓦礫の山から見つけ出した、錆び付いた希望。それは、お梅の願いへと繋がる、次なる一歩となるのだろうか。

 夜の帳が降り始め、街に灯りが灯り始める。宗次は、手の中の箱を見つめながら、再び歩き出した。向かう先は、「あの人」の家だ。この箱について相談し、中身を確認する方法を考えなければならない。探求は、まだ始まったばかりだ。
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