【完結】『迷子札の子守唄 ~見届けられた命たち~』

月影 朔

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第3章:見届けられる未来

第27話:地下への道

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 越後屋本店の奥、地下へと続く階段の前に立つ用心棒は、まるで石像のように微動だにせず立っていた。

 闇に溶け込むような黒い着物に身を包み、手に持つ短い槍の穂先だけが、微かに光を反射している。息遣いも聞こえない。手練れ──宗次は直感した。下手な動きは命取りになる。

 宗次は物陰に身を潜めたまま、用心棒の様子を観察し続けた。彼の警戒は途切れない。この男を無力化しなければ、地下への道は開かれない。そして、それは音もなく、確実に行わなければならない。一瞬の物音でも、建物中に響き渡り、宗次の潜入は露見するだろう。

 宗次は刀を鞘に収めたまま、接近する方法を考えた。迂回する道はない。正面から音もなく近づくしかない。風向き、微かな物音、用心棒の体の向き。あらゆる要素を計算に入れる。

(…左か)

 用心棒の視線が、ごく僅かに正面の一点に固定されていることに気づいた。彼の左側、宗次から見て右側が、一瞬の死角になる。そこへ、一気に踏み込む。

 宗次は呼吸を整え、体の全ての筋肉を研ぎ澄ませた。そして、闇と同化するように、音もなく地面を蹴った。低い姿勢で、用心棒の左側へと、瞬速で接近する。

 用心棒は宗次の接近に、寸前で気づいたようだ。しかし、既に遅い。宗次は刀を抜かず、鞘に収めたままの刀を両手で握り、用心棒の腹部に目掛けて全力で突き込んだ。

「ぐっ…!!」

 短い呻き声が、闇に吸い込まれる。用心棒は鳩尾を抉られたかのように、息を詰まらせ、その場にうずくまった。宗次は追撃を忘れず、素早く用心棒の首筋に手刀を打ち込んだ。完璧な一撃。用心棒は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。物音は最小限に抑えられている。

 宗次は用心棒の体を支え、物陰へと引きずり込んだ。息があることを確認し、意識を失っているだけだと判断した。縛り上げる必要はないだろう。用心棒が意識を取り戻す頃には、宗次の仕事は終わっているはずだ。

 地下への道が開かれた。宗次は改めて周囲に目を配り、用心棒が立てたであろう物音で誰かが起きていないか確認した。静寂は保たれている。

 宗次は地下への階段へと向かった。階段は石造りで、湿った空気が漂っている。一段一段、音を立てないように慎重に降りていく。地上階とは明らかに雰囲気が違う。闇が濃く、冷たい。

 地下室に降り立つと、そこは広間になっていた。土壁に石が剥き出しになっている箇所もある。油皿の灯りがいくつか置かれているが、薄暗い。ここは、越後屋の正規の商いには使われていない場所だろう。密やかな作業や、保管に使われているのかもしれない。

 広間の先には、いくつかの通路が伸びている。記録の符丁と照らし合わせながら、宗次は進むべき通路を選んだ。通路は狭く、天井も低い。埃っぽく、カビのような匂いがする。時折、天井から水滴が落ちる音が響く。

 地下にも警備がいる可能性が高い。宗次は一層警戒を強め、壁に背をつけながら進んだ。通路の角を曲がるたびに、息を殺して中の様子を窺う。

 しばらく進むと、通路の先に明かりが見えてきた。人の気配もする。二人の用心棒が、通路の番をしているようだ。彼らは眠っているわけではない。武器を傍らに置き、通路を挟んで向き合うように座っている。

 宗次は再び物陰に身を潜めた。今度の相手は二人だ。しかも、通路は狭く、迂回は難しい。ここを突破するには、別の方法が必要になる。

(…どうする)

 宗次が潜入しているのは、越後屋の最も重要な秘密が眠る場所だ。ここにいる用心棒たちは、皆、口が堅く、腕も立つ者ばかりだろう。

 宗次は手にした刀を握り直した。静かな解決が難しいのであれば、速やかに力を用いるしかない。しかし、音は最小限に抑えなければならない。

 宗次の目は、通路の構造と、用心棒たちの配置、そして彼らの得物に注がれていた。二人の用心棒を同時に、そして音もなく制圧する策を練る。失敗すれば、即座に警告の鐘が鳴らされ、越後屋本店の全ての人間が宗次の存在に気づくだろう。

 地下の冷たい空気の中、宗次の思考は熱を帯びていた。お梅の願い、赤子の未来、そして自分が果たさなければならない使命。全てが、この先にある。

 薄暗い地下通路で、宗次と二人の用心棒が、無言の対峙を続けていた。闇に潜む刃が、再び血路を開こうとしていた。
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