27 / 37
第3章:見届けられる未来
第27話:地下への道
しおりを挟む
越後屋本店の奥、地下へと続く階段の前に立つ用心棒は、まるで石像のように微動だにせず立っていた。
闇に溶け込むような黒い着物に身を包み、手に持つ短い槍の穂先だけが、微かに光を反射している。息遣いも聞こえない。手練れ──宗次は直感した。下手な動きは命取りになる。
宗次は物陰に身を潜めたまま、用心棒の様子を観察し続けた。彼の警戒は途切れない。この男を無力化しなければ、地下への道は開かれない。そして、それは音もなく、確実に行わなければならない。一瞬の物音でも、建物中に響き渡り、宗次の潜入は露見するだろう。
宗次は刀を鞘に収めたまま、接近する方法を考えた。迂回する道はない。正面から音もなく近づくしかない。風向き、微かな物音、用心棒の体の向き。あらゆる要素を計算に入れる。
(…左か)
用心棒の視線が、ごく僅かに正面の一点に固定されていることに気づいた。彼の左側、宗次から見て右側が、一瞬の死角になる。そこへ、一気に踏み込む。
宗次は呼吸を整え、体の全ての筋肉を研ぎ澄ませた。そして、闇と同化するように、音もなく地面を蹴った。低い姿勢で、用心棒の左側へと、瞬速で接近する。
用心棒は宗次の接近に、寸前で気づいたようだ。しかし、既に遅い。宗次は刀を抜かず、鞘に収めたままの刀を両手で握り、用心棒の腹部に目掛けて全力で突き込んだ。
「ぐっ…!!」
短い呻き声が、闇に吸い込まれる。用心棒は鳩尾を抉られたかのように、息を詰まらせ、その場にうずくまった。宗次は追撃を忘れず、素早く用心棒の首筋に手刀を打ち込んだ。完璧な一撃。用心棒は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。物音は最小限に抑えられている。
宗次は用心棒の体を支え、物陰へと引きずり込んだ。息があることを確認し、意識を失っているだけだと判断した。縛り上げる必要はないだろう。用心棒が意識を取り戻す頃には、宗次の仕事は終わっているはずだ。
地下への道が開かれた。宗次は改めて周囲に目を配り、用心棒が立てたであろう物音で誰かが起きていないか確認した。静寂は保たれている。
宗次は地下への階段へと向かった。階段は石造りで、湿った空気が漂っている。一段一段、音を立てないように慎重に降りていく。地上階とは明らかに雰囲気が違う。闇が濃く、冷たい。
地下室に降り立つと、そこは広間になっていた。土壁に石が剥き出しになっている箇所もある。油皿の灯りがいくつか置かれているが、薄暗い。ここは、越後屋の正規の商いには使われていない場所だろう。密やかな作業や、保管に使われているのかもしれない。
広間の先には、いくつかの通路が伸びている。記録の符丁と照らし合わせながら、宗次は進むべき通路を選んだ。通路は狭く、天井も低い。埃っぽく、カビのような匂いがする。時折、天井から水滴が落ちる音が響く。
地下にも警備がいる可能性が高い。宗次は一層警戒を強め、壁に背をつけながら進んだ。通路の角を曲がるたびに、息を殺して中の様子を窺う。
しばらく進むと、通路の先に明かりが見えてきた。人の気配もする。二人の用心棒が、通路の番をしているようだ。彼らは眠っているわけではない。武器を傍らに置き、通路を挟んで向き合うように座っている。
宗次は再び物陰に身を潜めた。今度の相手は二人だ。しかも、通路は狭く、迂回は難しい。ここを突破するには、別の方法が必要になる。
(…どうする)
宗次が潜入しているのは、越後屋の最も重要な秘密が眠る場所だ。ここにいる用心棒たちは、皆、口が堅く、腕も立つ者ばかりだろう。
宗次は手にした刀を握り直した。静かな解決が難しいのであれば、速やかに力を用いるしかない。しかし、音は最小限に抑えなければならない。
宗次の目は、通路の構造と、用心棒たちの配置、そして彼らの得物に注がれていた。二人の用心棒を同時に、そして音もなく制圧する策を練る。失敗すれば、即座に警告の鐘が鳴らされ、越後屋本店の全ての人間が宗次の存在に気づくだろう。
地下の冷たい空気の中、宗次の思考は熱を帯びていた。お梅の願い、赤子の未来、そして自分が果たさなければならない使命。全てが、この先にある。
薄暗い地下通路で、宗次と二人の用心棒が、無言の対峙を続けていた。闇に潜む刃が、再び血路を開こうとしていた。
闇に溶け込むような黒い着物に身を包み、手に持つ短い槍の穂先だけが、微かに光を反射している。息遣いも聞こえない。手練れ──宗次は直感した。下手な動きは命取りになる。
宗次は物陰に身を潜めたまま、用心棒の様子を観察し続けた。彼の警戒は途切れない。この男を無力化しなければ、地下への道は開かれない。そして、それは音もなく、確実に行わなければならない。一瞬の物音でも、建物中に響き渡り、宗次の潜入は露見するだろう。
宗次は刀を鞘に収めたまま、接近する方法を考えた。迂回する道はない。正面から音もなく近づくしかない。風向き、微かな物音、用心棒の体の向き。あらゆる要素を計算に入れる。
(…左か)
用心棒の視線が、ごく僅かに正面の一点に固定されていることに気づいた。彼の左側、宗次から見て右側が、一瞬の死角になる。そこへ、一気に踏み込む。
宗次は呼吸を整え、体の全ての筋肉を研ぎ澄ませた。そして、闇と同化するように、音もなく地面を蹴った。低い姿勢で、用心棒の左側へと、瞬速で接近する。
用心棒は宗次の接近に、寸前で気づいたようだ。しかし、既に遅い。宗次は刀を抜かず、鞘に収めたままの刀を両手で握り、用心棒の腹部に目掛けて全力で突き込んだ。
「ぐっ…!!」
短い呻き声が、闇に吸い込まれる。用心棒は鳩尾を抉られたかのように、息を詰まらせ、その場にうずくまった。宗次は追撃を忘れず、素早く用心棒の首筋に手刀を打ち込んだ。完璧な一撃。用心棒は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。物音は最小限に抑えられている。
宗次は用心棒の体を支え、物陰へと引きずり込んだ。息があることを確認し、意識を失っているだけだと判断した。縛り上げる必要はないだろう。用心棒が意識を取り戻す頃には、宗次の仕事は終わっているはずだ。
地下への道が開かれた。宗次は改めて周囲に目を配り、用心棒が立てたであろう物音で誰かが起きていないか確認した。静寂は保たれている。
宗次は地下への階段へと向かった。階段は石造りで、湿った空気が漂っている。一段一段、音を立てないように慎重に降りていく。地上階とは明らかに雰囲気が違う。闇が濃く、冷たい。
地下室に降り立つと、そこは広間になっていた。土壁に石が剥き出しになっている箇所もある。油皿の灯りがいくつか置かれているが、薄暗い。ここは、越後屋の正規の商いには使われていない場所だろう。密やかな作業や、保管に使われているのかもしれない。
広間の先には、いくつかの通路が伸びている。記録の符丁と照らし合わせながら、宗次は進むべき通路を選んだ。通路は狭く、天井も低い。埃っぽく、カビのような匂いがする。時折、天井から水滴が落ちる音が響く。
地下にも警備がいる可能性が高い。宗次は一層警戒を強め、壁に背をつけながら進んだ。通路の角を曲がるたびに、息を殺して中の様子を窺う。
しばらく進むと、通路の先に明かりが見えてきた。人の気配もする。二人の用心棒が、通路の番をしているようだ。彼らは眠っているわけではない。武器を傍らに置き、通路を挟んで向き合うように座っている。
宗次は再び物陰に身を潜めた。今度の相手は二人だ。しかも、通路は狭く、迂回は難しい。ここを突破するには、別の方法が必要になる。
(…どうする)
宗次が潜入しているのは、越後屋の最も重要な秘密が眠る場所だ。ここにいる用心棒たちは、皆、口が堅く、腕も立つ者ばかりだろう。
宗次は手にした刀を握り直した。静かな解決が難しいのであれば、速やかに力を用いるしかない。しかし、音は最小限に抑えなければならない。
宗次の目は、通路の構造と、用心棒たちの配置、そして彼らの得物に注がれていた。二人の用心棒を同時に、そして音もなく制圧する策を練る。失敗すれば、即座に警告の鐘が鳴らされ、越後屋本店の全ての人間が宗次の存在に気づくだろう。
地下の冷たい空気の中、宗次の思考は熱を帯びていた。お梅の願い、赤子の未来、そして自分が果たさなければならない使命。全てが、この先にある。
薄暗い地下通路で、宗次と二人の用心棒が、無言の対峙を続けていた。闇に潜む刃が、再び血路を開こうとしていた。
10
あなたにおすすめの小説
『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。
失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。
その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。
裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。
市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。
癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』
――新感覚時代ミステリー開幕!
【完結】『冥府の渡し守〜地獄絵師と黄泉返りの秘密〜』
月影 朔
歴史・時代
もし、あなたの描いた絵が、死者の魂を導く扉になるとしたら?
筆一本で地獄を描き続けた孤独な絵師、幻斎。
彼の鬱屈した日常は、現世と冥府を繋ぐ『渡し守』としての運命によって一変する。
謎の童子に導かれ、死者の魂を導く幻斎。
笑い、泣き、そして後悔を抱えた魂たちとの出会いは、冷え切った彼の心に人間味を取り戻していく。
罪と贖罪、そして魂の救済を描く、壮大な和風ファンタジー。
あなたの心を揺さぶる物語が、今、幕を開ける。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』
月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕!
自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。
料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。
正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道!
行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。
料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで――
お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!?
読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう!
香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない!
旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること?
二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。
笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕!
さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
田楽屋のぶの店先日記~深川人情事件帖~
皐月なおみ
歴史・時代
旧題:田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!?
冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。
あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。
でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変!
『これおかみ、わしに気安くさわるでない』
なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者?
もしかして、晃之進の…?
心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。
『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』
そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…?
近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。
亭主との関係
子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り
友人への複雑な思い
たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…?
※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です!
アルファポリス文庫より発売中です!
よろしくお願いします〜
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
2025.9〜
第二幕
『殿ちびちゃん寺子屋へ行く!の巻』の連載をスタートします〜!
七つになった朔太郎と、やんちゃな彼に振り回されながら母として成長するのぶの店先日記をよろしくお願いします!
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる