【完結】『迷子札の子守唄 ~見届けられた命たち~』

月影 朔

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第3章:見届けられる未来

【最終話】:希望の灯火

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 宗次の命を賭した戦いの数日後、江戸の街はざわめきの中にあった。

 越後屋の若旦那が謎の死を遂げ、同時に、その裏帳簿が忽然と消え失せたという噂が、水面下で静かに、しかし確実に広まり始めていたのだ。

 越後屋は情報の封鎖に躍起になっていたが、一度漏れ出した火種は、もはや消し止めることはできなかった。

「あの人」は、宗次が命を懸けて持ち帰った帳簿を、最も信頼できる筋へと届けた。

 それは、越後屋と敵対する、しかし清廉な志を持つ、とある大名家の隠居と、その裏で幕府の腐敗を憂う監察の目を持つ御家人だった。
彼らは「あの人」の素性とその情報網の確かさを知っており、越後屋の不正には以前から目を光らせていたが、決定的な証拠を得られずにいたのだ。

 帳簿がもたらした衝撃は大きかった。
そこには、越後屋が長年にわたり行ってきた密貿易、賄賂、そして悪質な高利貸しによって、どれほど多くの大名や旗本、さらには幕府の重鎮までもが越後屋の闇に深く繋がっているかが、詳細に記されていた。

 若旦那の死と帳簿の紛失は、越後屋の悪事が、もはや内部だけでは隠しきれない破綻を意味していた。

 越後屋は必死で隠蔽を図ろうとした。
宗次の人相書きを江戸中に貼り出し、彼を「盗賊」として徹底的に追及する姿勢を見せた。

 しかし、帳簿を手にした者たちは、既に動き始めていた。

 数週間後。

 江戸の奉行所が、突如として越後屋本店への家宅捜索に乗り出した。

 それは、単なる帳簿調査ではない。役人たちは越後屋の隠し倉庫から禁制品を押収し、不正な取引の裏付けとなる物的証拠を次々と発見していった。
越後屋は反論の余地もなく、その巨悪が白日の下に晒され始めた。

 事件はあっという間に市中に広まった。
越後屋の悪徳商法に苦しんでいた庶民たちは、秘かに溜め込んでいた鬱憤を爆発させた。

 越後屋本店や関連店には、連日、怒り狂った人々が押しかけ、店を破壊し、商品が略奪される騒ぎに発展した。

 越後屋という、かつて江戸の経済を牛耳っていた巨大な存在は、まるで砂上の楼閣のように、瞬く間に崩れ落ちていった。
不正に築かれた富は没収され、若旦那以外の越後屋の主要な関係者も次々と捕らえられ、厳しく裁かれた。

 そして、越後屋の悪事の露見と共に、お梅の夫が無実の罪を着せられ、死に至った経緯も、世間に知られることとなった。

 彼が越後屋の不正を告発しようとしたために、口封じのために命を奪われたこと、そしてその妻がお尋ね者となり、絶望の中で命を落としたこと。
市中の人々は、越後屋の残酷さに憤り、お梅とその夫の無念に涙した。

 一方、宗次の行方は、杳として知れなかった。越後屋の捜索網は、彼の死体を見つけることはできなかった。
彼を「盗賊」として追う御触れは依然として掲げられていたが、越後屋の壊滅と共に、その勢いは急速に衰えていった。

 彼の消息を知る者は、「あの人」以外に誰もいなかった。
宗次は、その姿を歴史の闇へと消し去り、市中の噂話の中に、伝説の浪人として語り継がれる存在となった。

 越後屋の壊滅から数ヶ月後。

「あの人」は、赤子が預けられた山奥の村を訪れた。
清らかな水が流れ、豊かな自然に囲まれたその村で、赤子はすくすくと成長していた。村人たちは、見知らぬ赤子を、まるで自分たちの子のように慈しんで育ててくれていた。

「あの人」は、赤子を抱き上げた。
その小さな手のひらが、「あの人」の指をしっかりと握る。
赤子の目には、不安や悲しみはなかった。あるのは、希望に満ちた、まっすぐな輝きだけだった。

「あの人」は、静かに赤子に語りかけた。

「あなたは、多くの方々の命と願いが紡いだ光によって、ここにいるのです。そして、見届け人は…あなたの未来を見届けるために、戦い抜いた」

 宗次が命を懸けて護り、お梅が命を賭して託した願い。

 それは確かに、この小さな命の中で、そして、彼が変えた江戸の闇の中で、希望の灯火として受け継がれていた。

 迷子札の子守唄は、静かに、しかし力強く、新たな未来へと響き続けていた。
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