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喧嘩

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 「お前さ、なんか嬉しそうじゃない?」
家で、兄貴にいきなりそう言われた。
「な、なんだよ。べつに何も嬉しくなんかないよ。」
と言いつつ、自分でも少し自覚している。恋をしてしまったから、世の中がバラ色なのだ。明日は部活があるから、萌ちゃんに会える♪と思うと、自然と顔がにやけてしまう。はっとして兄貴を見る。兄貴は俺のそんなにやけ顔をじとーっとした目で見ていた。取り繕うべく、何か言おうとして、やっぱりこういう時は恋の話が出てしまうもので。
「海斗はさ、彼女とかいないの?」
すると、間髪入れずに返された。
「そんな暇あると思うか?」
と。そうだよね。電話とかメッセージのやり取りさえもしている余裕なさそうだよね。ましてやデートなんて、出来そうもないね。サッカー部には女子いないし。マネージャーは、希望者が殺到しすぎるから募集していないそうだ。
「お前は・・・出来たのかよ?」
遠慮がちに兄貴が尋ねる。
「え?い、いや、まだだよ。」
いない、ではなく、まだ、と言ってしまったのが失敗だったと思う。これから出来そうだと言っているような感じになってしまった。萌ちゃんとはいい感じだけど、まだ付き合えるかどうかは分からない。夏休みまでにはそうなってるといいなあ、くらいに思っている。
「ふうん。」
兄貴はそう言って、まだ俺をジロジロみていた。俺は気恥ずかしくなって逃げた。

 翌日、部活でまたトレーニングをしていると、一階の渡り廊下の所に、兄貴がいた。待ち伏せしていたようだった。そして、俺にではなく、一緒に歩いていた萌ちゃんの方に、話しかけたのだ。
「君、萌ちゃんだっけ。岳斗が仲良くしてもらってるそうだね。よろしくね。」
あ、兄貴が女の子に話しかけるとこ、初めて見た。そんな事したら、見ている女子が悲鳴を上げるよ。でも、幸いここには誰もいなくて、悲鳴は上がらなかった。だが、兄貴にあんな笑顔で話しかけられたら、萌ちゃんは・・・。いや、萌ちゃんは大丈夫だ、きっと大丈夫だよね?
「萌ちゃん?大丈夫?」
兄貴がじゃあね、と手を振って去り、背中を見送った所で、俺は萌ちゃんの方を恐る恐る振り返った。すると、
「キャー、私、どうしよう!」
って、顔が真っ赤だよ。両手を頬に当て、顔をフリフリさせている。はあ、やっぱりね。そうなるよね。それにしても、なぜ兄貴は萌ちゃんにあんな事を言ったのだ?しかもわざわざ待ち伏せしてまで。まさか・・・まさか、俺の恋路の邪魔をするために?いや、そうとしか考えられない。自分に彼女がいないのに、俺に彼女ができる事が許せなかったのだ。そして、そうだ、かつて俺に彼女が出来たときにも、あれはバッタリ会ったのではなく、兄貴は待ち伏せしていたのかもしれない。きっとそうだ。ああ、なんてひどいんだ。ただでさえ兄貴のせいで散々な目に遭っているっていうのに、この仕打ちは許せない!
 萌ちゃんは、すっかり兄貴のファンになった。この日の帰り道、萌ちゃんから兄貴の事をあれこれ聞かれた。もう、兄貴の話題しか上らない。俺はすっかり興ざめだった。いいよ、俺には当分恋愛なんか・・・。だが、それでも兄貴の事は許せない。
 家に帰って、兄貴が帰ってくるまで、ずっとイライラしていた。兄貴が帰って来て、自分で二階まで上がってきた時、俺は自分の部屋を飛び出していって兄貴にかみついた。
「海斗、今日のあれはなんだよ!お前、わざと俺の邪魔したんだろ!」
兄貴は立ち止まったが、何も言い返さなかった。
「今までもそうなんだろ?俺の恋愛がうまく行かないように、邪魔してたんだろ。お前、自分に彼女がいないからって、いい加減にしろよ!モテるからって調子に乗るなよな!」
俺は、我慢できなくなって、日ごろの鬱憤も一気に吐き出すかのように、怒鳴って、そして兄貴の体をドンとどついた。兄貴はよろけて自分の部屋の中に入り、そのままベッドに倒れた。
「もう、お前とは口も利きたくない!顔も見たくない!」
俺はそう言い放ち、自分の部屋へ入ってバタンと勢いよくドアを閉めた。こんなに兄貴に怒鳴ったの、いつ以来だろう。俺と兄貴はほとんど喧嘩したことがない。何でも兄貴が許してくれるし、俺もあまりわがままを言った事がないから。だが、今回は許さない、許さないぞ、と何度も自分に言い聞かせた。
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