モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央

文字の大きさ
39 / 53

限界

しおりを挟む
 海斗はまたギターの練習に忙しくなり、部活の引退試合も近づいて来て、体力的にきつい毎日が始まった。学校からの帰りと、弁当の時間以外は、ほとんど岳斗と一緒に過ごす時間がなくなった。日曜日に邪魔をしない事と、部活の試合の後も時間を取らせない事。岳斗は寂しさを我慢して、海斗の体力温存に努めた。

 一方、坂上の家の方でも変化があった。坂上が家にいる時間が減ってきた。それは岳斗にとって良い事なのだが、酔っぱらって夜遅くに帰って来る事が多くなった。ほぼ毎日になったと言ってもよい。ちゃんと働いているのかさえ疑わしい。そして、岳斗は食費を下ろそうと銀行へ行き、愕然とした。かなり残高が減っていたのだ。
「な、なんだこれ。」
坂上の預金口座である。岳斗は月に一度食費を下しに行くだけだ。坂上の給料もそこに振り込まれているわけで、坂上が金を下ろして使うのは当然だ。だが、城崎の両親が振り込んでくれる分まで使われては、光熱費も払えなくなる。
「食費を下ろしたら、もう残高ほぼゼロじゃん。電気とか止まるのか?どうしよう。」
岳斗は怖くなった。だが、城崎の両親に相談したら、もっと金をくれるだろう。そんなのは申し訳ないと思った。それでは、岳斗の為にではなく坂上の為に金を出してもらうようなものだ。
 岳斗は意を決して、意見する事にした。
「坂上さん、今日銀行に行ったら、お金がほとんどなかったんですけど。」
岳斗が坂上に話しかけると、多少酔っている風でゴロンと横になっていた坂上は、岳斗を見上げた。
「あん?なかった?なかったら城崎さんの所でもらえばいいだろう。」
岳斗はカッとなった。だが、カッとなって何かしでかしたらこの人と同じだと思った。だから、黙った。
「俺だって働いてんだよ。」
坂上が捨て台詞のように言って、そっぽを向いた。

 次に城崎の両親から金が振り込まれた時に、無事に光熱費が支払えたが、食費が足りなくなった。岳斗は仕方なく、かなり切り詰めた。昼に洋子の弁当があるからと、他は野菜をかじるだけとか、飲み物だけで済ませる時もあった。時々我慢しかねて、城崎家にご飯を食べに行こうかとも考えたが、変な行動をすると心配をかけると思い、やめた。正月にもらったお年玉も、とうに使い果たした。
 やっと金が振り込まれる日が来て、岳斗が学校から帰ってすぐに銀行に行ったら、なんと既にほとんど引き出されていた。岳斗は目の前が真っ暗になった。食費がない。もう、耐えられない。
 坂上が帰って来たので、岳斗はとうとう怒りを抑え切れず、
「お金、返してください。」
といきなり言った。
「何の事だ?」
坂上はとぼける。
「今日、下ろしたでしょ。今月分の食費ですから。」
岳斗が言うと、坂上はカッと目を見開いた。
「なんだ、その態度は!お前、自分が働いたわけでもねえのに、偉そうに返せだ?働いてから言ってみろ!」
坂上はそう言って、ぷいっとまた出て行こうとした。
「ちょっと、金、返して!」
生死がかかっているように思えて、岳斗は坂上の腕を両手でつかんだ。あの金を使われてしまったら、自分は餓死すると思った。
「放せ、こら!」
坂上はそう言うと、岳斗の腕を振り払い、体を押した。岳斗は床に倒された。すると、坂上は足で岳斗の腹を蹴った。何度も、何度も。

 岳斗がしばらく体を丸めて我慢していると、坂上は出て行った。岳斗はどうしようもなく絶望した。思考回路が正常に働かない。だから、いつもは気を使って我慢しているのに、今日はためらいもなく海斗に電話をかけた。床に転がったまま。
「もしもし?どうした、珍しいじゃん、電話くれるなんて。」
海斗の嬉しそうな声が聞こえた。
「海斗、俺、腹減った。」
「岳斗?どうした?飯食ってないのか?」
のん気な海斗の声に、涙が溢れた。
「飯、買えないんだ。金がもうない。」
岳斗が涙声で言うと、海斗は一瞬黙った。
「岳斗?どうしたんだ?何があったんだよ!」
海斗が言ったが、岳斗は何を言えばいいのか分からず、ただ電話を握り締めていた。
「今行く!」
電話が切れた。そして、驚くほど早く、海斗が来た。玄関のカギは閉めていなかったので、海斗はいきなりドアを開けた。
「岳斗?お前、どうしたんだよ?どこか痛いのか?とにかく、うちに来い。今父さんに車で連れてきてもらったから、車に乗れよ。」
岳斗は海斗に抱き起こされ、車に乗せられ、城崎家へ連れていかれた。家に入ると洋子が飛び出して来た。
「岳斗!あら、こんなに痩せて……。海斗、どうして気づかないのよ!」
洋子も無茶を言う。毎日見ていたら気づかないものだ。
 岳斗は、これまでの事情を話した。話さざるを得なくなった。この一、二カ月の間ほとんど食事をしていない事、坂上が金を使い込んでいる事、坂上に乱暴された事。
「どうしてもっと早く言わないの。」
洋子は涙を流しながら、岳斗の事を抱きしめて、背中を何度も撫でた。
「ああ、そうだ。今何か作るわね。ラーメンでいい?」
洋子がそう言って台所へ立って行った。岳斗はまた涙を流した。この家に住んでいた時なら、インスタントラーメンなんて、粗末な食事くらいに思っていたのが、今では何と豪華な御馳走に思える事か。すぐにできるインスタントラーメンには、卵やほうれん草が入っていて、湯気がもうもうと立ち込めていた。
「いただきます。」
岳斗は深々とお辞儀をしてそう言った。美味しいなんてものではない。弁当もいつも美味しいが、出来立ての温かい料理はまた格別だった。

 「もう、あのアパートへ返すわけには行かないな。」
隆二が言った。
「そうね。私、とにかくあの人に電話しておくわ。」
洋子も言った。
「でも、ここに住むわけには……。」
岳斗が言うと、
「とにかく、今日はここで寝なさい。明日は土曜日だし、明日話しましょう。」
洋子がそう言ってくれたので、岳斗は体の力がどっと抜けた。気を失うようにして、かつての自分のベッドで眠ったのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。 自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい! そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。 瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。 圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって…… ̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶ 【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ 番外編、牛歩更新です🙇‍♀️ ※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。 少しですが百合要素があります。 ☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...