偽りの恋人

夏目碧央

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好きな人

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 大学生になっても、社会人になっても、ヒロとナナは恋人同士のフリをし続けた。一緒にいると楽しいし、二人はとても気が合った。だが、そのうちに周りから、そろそろ結婚を、と言われ始めた。
「ねえヒロ、私達、結婚しない?」
ショッピングの帰りに寄った喫茶店で、ストローをくわえたまま、ナナが突然そう言った。
「え?結婚?だってナナ、僕たちは親友でしょ?それなのに結婚するの?」
ヒロは驚きでアタフタしている。紅茶のカップを急いで置いたので、カタンと少し大きな音が出た。
「そうよ。だってさ、そろそろ結婚しろとか周りがうるさいんだもん。」
ナナが面倒臭そうに言った。
「まあ確かに、もうそろそろ適齢期だしね。僕も言われるんだろうね。」
男子の方が少々遅れるが、20代が終わりに近づいてくると、親戚やら上司やらがこの手の話題で突いてくるのだ。
「僕はそれでも構わないけど・・・子供が出来なかったら、変に思われないかな。」
ヒロが声を落してそう言った。
「大丈夫よ。不妊治療してるんですけどねえって言っておけばいいのよ。」
ナナが事も無げに言う。
「ちょ、ちょっと待って。ねえ、ナナ。」
ヒロは急に背筋を伸ばした。
「ナナはこの先、恋をしないつもりなの?本当に好きな人が出来るかもしれないじゃない?」
相変わらず綺麗な髪を、今では腰まで伸ばしているヒロは、そう言って髪をいじった。それがヒロの癖なのだ。ナナはそのヒロの手と髪の動きをじっと見ていた。
「私はいいの。本当は結婚もしないつもりだったけど、ヒロと結婚して周りを安心させれば、色々好都合かなーと思ってさ。」
そう言って、ナナはストローでまたズズっと甘いカフェラテをすすった。

 ヒロとナナは結婚した。二人の関係が恋愛関係ではない事は、当の本人達以外は誰も知らない事だった。ささやかな結婚式を挙げ、親戚も友人も、皆祝福してくれた。新居を構え、二人は一緒に住んだ。部屋は別々。共用部分の掃除や洗濯は、二人でワイワイ言いながら一緒にこなした。食事は今まで通り各自で。たまに一緒に作ったり、一緒に外食したりした。
 二人はそれぞれ自分の洗濯物を干しながら、色んな話をした。その日にあった嫌なこと、面白かったこと、同僚や上司の悪口、欲しい物、食べたい物。いわゆる女子トークだ。だが、あまり恋愛の話はしなかった。たまに、
「職場にいい人いないの?」
などという会話もあるが、いない、で話は終わっていた。だが、ある日ヒロがこんな事を言った。
「僕ね、好きな人ができたんだ。」
そう言って、チラリとナナを見る。
「え、うそ、どこの人?」
ナナが食いつくと、ヒロは持っていたタオルで顔を隠した。
「こら、言いなさいよ。」
笑ってナナが言うと、ヒロはタオルをパンパンと振って角ハンガーの洗濯バサミに挟みながら、
「飲みに行った時に、知り合った人。」
と言った。ナナは表情を曇らせた。多分歌舞伎町のあの辺だ、と察しが付いたのだ。
「危なくない?ちゃんとした人?」
ナナがそう言うと、
「やっぱり心配したー。だと思った。だから、素性がちゃんと分かるまで言わなかったんだ。」
と、ヒロは言った。
 ヒロはゲイの集まる店で、品川という男と出会った。ヒロがナンパされる事は日常茶飯事だが、それはセックス目的で近づいてくる相手ばかりだった。だから、ヒロはほとんど相手にしなかった。けれども、品川という男はそうではなかった。知り合って、何度か一緒に飲みに行って、一度デートをした。
「つき合ってるの?」
ナナが聞いた。ヒロはうん、と言って嬉しそうに頷いた。
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