ちょっと事故った人魚姫

ラズ

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第1章 虚像の輝きと冷たい光

人魚らしくない人魚 2(side・魔女)

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傷が治っても人魚らしくない人魚は、たびたびここに訪れた。
そして、訪れるたび怪我していたり、
腹を空かせていたり、
ひどく顔色が悪かったり…
健康体で返すのに2週間もすればボロボロになってくる人魚は常連になっていた。

(しかし、おかしいね。仲間の人魚がこんなところでほっつき歩いてて誰も探しに来ない…)

今日も傷を作ってきた人魚はベッドでぐったりとしている。
右腕になかなか深い切り傷…どう見ても自分で傷つけたわけじゃなさそうだ。
薬を塗って包帯を巻きながら身体中にある傷跡を眺めた。
若い人魚がこんなに傷を負うことじたい珍しいことだ。
どんな環境にいればそんなことになるのか…皆目見当もつかない。
その日、人魚を泊まらせることにした。

そして夜…呻くような声で目が覚めた。
それは例の人魚の部屋から聞こえてくる。

「た…すけて…。だ…れ……か。うぅ…ぐぅぅ…こ…ろ…さな……い………で」

人魚の部屋に入ると汗をびっしょりとかいた人魚が呻きながら泣いていた。
しかし、瞳はしっかりと閉じられており、寝ているようだ。
何かをつかまえようと宙をかく手。
おもわず、その手を掴んでいた。
力一杯握られるが、そんな痛みより目の前の人魚のほうが痛がっている。
顔をぐしゃぐしゃにして呻きながら泣いている。
こんなに苦しんでいる子を放っておくほど、あの国は腐っていたようだ。

その日は一晩中彼女に付いて世話をしていた。
明日、必ず何があったのか聞こうと決めて…

次の日…

「お前さん…あの国でなにがあったんだい?」

「えっ?」

遠回しに聞くのには、なれていない。
単刀直入に尋ねると、目をまんまるにして固まってしまった。
それでも、ここで追及の手を止めるわけにはいかなかった。

「お前さんはここに来るたびに体の変調がある。しかも、そう間をおかずして…だ。何かあると考えるのが普通だろう」

「…普通…ですか?」

「家族は何も言わないのかい?」

そういうと、ぐしゃりと顔を歪めて泣き始めてしまった。
事情を聞きたくはあるが、泣かせたいわけじゃない。
慌てて近寄ると涙ながらに話してくれた。

「この…っ……傷…はっ……ひっく……母に……っ……えっく」

泣いているから聞き取りづらいが総合すると…
姉たちと母がいじめてくる。今回の傷も母につけられたものらしい。
父や兄は見て見ぬ振りをして助けてくれない。
長い間姿を現さなくても心配されたことなんてない。
ということだった。

(実の娘になんてことしてるんだい!今回の傷だって、下手したら死んでたよ!)

身体中にある傷跡…それは母や姉たちにつけられものだろう。
それが嘘だというのは簡単だが、それはありえなかった。
なぜなら、傷跡は本物で、体調が悪いのも偽りではないとわかるからだ。そもそも、こんな婆一人騙したところで、得なんかありはしない。

人魚だからと、深く関わらないように名前も聞かなかったが、不憫な人魚を見て覚悟が決まった。

「あたしはハルムだよ。名前を聞いていいかい?人魚のお嬢ちゃん」

「えっ?名前…えっと…リシアです。あの、第5王女です」

「リシア…いい名前だね。王女ということは王族か…それなら姫と呼ぼう」

きっと、家族からの扱いから見て姫と認められていないのだろう。なら、この婆一人でも認めよう。たとえ、言葉だけだとしても。

「姫。今から何もなくても、ここに来ていいよ。いつでも、このあたしが必ず迎え入れよう」

そう告げられた時のリシアの顔はひどく印象に残っている。

目が飛び出るのではないか、と思うほど驚いた顔をして、それから今まで見たこともない輝くような笑顔を見せてくれたのだ。



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