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第1話「終ワル夢ノ始マリ」
1.目覚め
しおりを挟む……夢を見る。
どこか懐かしいようで、そうでない夢。
いつから見始めたのかも記憶にないほど、昔から見ている。とても平凡で穏やかな夢であり、残酷な夢。
永遠に続くと思えても、いつか壊れてしまう。酷い夢……
ピリリリ、ピリリリ
そんな音で朝を知らせる目覚まし時計。毎日正確に鳴るそれを乱雑に掴み取り、針を確認する。時刻はいつも7時5分前。
可能な限り毎日天日干しされ、最高の状態を保っている布団から腕を伸ばし、長く鬱陶しい黒髪を流しながら起き上がった。
「……はぁ」
我ながら爽やかな朝に似つかわしくないため息を漏らした。
目覚めたばかりの体を動かす。ひたひたとフローリングを踏みしめ、ドアノブの冷えた感触を噛み締めながら、扉を開ける。
おぼつかない足元に注意しながら洗面所の鏡の前へ向かう。まだ整えていない髪、瞼に圧迫されている瞳。いつもと変わらない光景だ、と一安心した。
冷たい水で顔を洗い、長く滑らかな髪をとかした。毎日行われる狂いのない工程。それは最後に整った自分の顔を確認し、今日も私が、和泉悠という自分自身が存在することを確かめることでやっと終わる。
目覚ましが朝を知らせる前に起き、ため息をつき、全身の感覚をひとつひとつ意識しながら洗面所に向かい、自身の姿を鏡で確認することでやっと朝を迎えられたと実感する。
「ふぅ」
鏡を見て安心する。そんな事を毎日同世代の人間がするとは思っていない。ただ私には、それをする必要があった。
「今日も大丈夫」
鏡を見るまで不安な要素。それがあった。
いつも同じ夢を見ている。ベッドで寝る度にもだが、寝るという行為をすればいつでもどこでも無条件ではないかと錯覚するほどしつこく同じ人物の夢を見る。
それは私と変わらない年頃の少年の夢。彼の記憶でも覗き込んでいるような、はっきりとした夢。
城に仕えているのか、頻繁に石造りの建物の中を移動しては掃除や備品の整備をする。内容的には当たり障りのないものだが、夢を毎日見るとなると眠りが浅い、立派な睡眠障害だ。
加えて私は夢の中の少年。自分と同じ名前のユウという彼にあまりいい感情を抱いてはいない。安眠を妨害されているのもあるが、彼の性格が一番の要因だ。
ユウは城に仕えているのかを疑うほど気の弱い少年だった。訓練であれ人を傷つけることをためらい、虫を殺すこともできない。人と争うことを恐れ下手な意見や行動ができず、恐れからか親切心からか頼み事が断れないような性格。
そんな彼の人生を夢で垣間見て、心底彼の生き方を嫌っていた。人に使われるだけの、弱いだけの人間。
幼い頃から夢を見る度に心がざわつき、いつしかいらつくようになった。それからか、ユウのようにはならない、ユウのような奴にだけはなりたくない。そんな単純な思考が生まれた。
外見が似ることはないとしても、内面が寄ってしまっては恐ろしい。そんな思いが毎日の不安を生んでいた。
鏡はスイッチだった。夢から解放され、和泉悠として一日を迎えるための。ユウに影響されず、自身を保つための通過儀礼のようなもの。
それが終われば完全に一日が始まる。赤を基調とした制服に着替え、自分より後に起きてくる両親と自分の昼食を弁当箱に拵える。そして誰もいないとわかっていても、静かな玄関で「行ってきます」と学校に向かう。
外は部屋から見るのと変わらない青空だった。夢の中とも変わらない景色に、また機嫌を悪くする。気にしても仕方がないとわかってはいるが、それがどうもできない。
私はこれまたいつもと同じく、大きなため息をついて学校へと向かった。
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