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事件のはじまり
9.
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「ふ、双子?」
突然の言葉に、孝之と香菜は顔を見合わせた。まったく想定していなかった言葉に、目をパチクリさせている。
おもむろに孝之が首を振って答えた。
「いや、いないはずだ。伊藤一正はこの村の小学校、中学校に通っていたが、ずっと一人だったよ。一応警察に聞いてはみるがね」
「お願いします」
幸子は頭を下げた。
話はそこでお開きになった。
孝之たちは和人たちのために、泊まる部屋を用意しようとしていたが、幸子が丁重にそれを断った。
幸子は孝之たちと連絡先を交換すると、家を出て、村の中にある旅館に行くことにした。
「犯人の侵入経路はこのドアですか?」
帰り際に幸子が玄関を指して聞いた。玄関は比較的最近改装されたと思われる、洋式のドアタイプで、つけられている鍵も新しいタイプのものだった。
「ええ。何でも警察の話じゃ、今は3Dプリンターにセンサーを使って読み込んだデータを取り込ませれば、数分で合鍵が作れるらしくて、それを利用したんだろうって。鍵穴に、3Dプリンターに使われる特殊な樹脂の欠片が少しだけ残っていたそうなんです。せっかくピッキング対策に鍵を変えたのに、役に立たなくて……」
香菜は鍵代を返してほしいと言わんばかりの口調だった。
良子が旅館まで案内してくれるというので、三人はそろって車に乗った。
車に乗るとすぐに、和人は幸子に気になっていたことを聞いた。
「幸子さん、さっきの双子説は本気で聞いてたの?」
「可能性としてはあるだろ。幼い頃に生き別れになったのかもしれない。伊藤一正の家は貧かったそうだから、どこかに養子に出された可能性もある」
幸子の口調が変わったからか、良子は後ろの席から興味深そうに幸子のほうを見ている。
「だが私が一番気になっているのは、この犯行の動機だ。いったいなぜ彼は孝之さんを傷つけなかったのか?」
「そういえば…… 確かに……」
夜中に勝手に人の家に入るのも、その人の頭の横にナイフを突き立てるのも間違いなく犯罪だ。だがもし本当に殺す気なら、頭の横ではなく頭にナイフを刺せばいいし、そもそも家に忍び込むなんて真似をせずに、道端で襲ってもいい。
「わざわざ忍び込んでまでしておきながら、殺しもしない、傷つけもしないって、確かにおかしいですよね?」
「ちょっと和人くん? うちのおじいちゃんもおばあちゃんも、十分に怖い目にあったのよ。そんな言い方ないでしょ!?」
バックミラー越しに良子に睨まれ、和人は素直に「ごめん」と謝った。良子が目で笑い返してくれたので、和人はほっとした。
「ところで、良子さん」
「は、はい」
突然、幸子に呼びかけられ、良子の背筋が伸びたのが分かった。
女性の中には、幸子の美しさを目の前にして、見なかったことにするタイプもいる。なまじおしゃれやメイク、あるいは整形手術にお金をかけている女性ほど、幸子の美しさに自尊心を打ちのめされてしまうのだと、和人は最近気づいていた。
だが良子は、幸子の美しさや佇まいにむしろ敬意を払っているふしがある。もちろん幸子の年齢のことは知らない。
それは良子自身の素直で、真っ直ぐな人間性の表れだと和人は思っていた。
「あなた、今回の事件に関して、もしかして、別の考えがあるんじゃないかしら?」
一瞬、良子の顔がこわばった。血色の戻りつつあった顔が、スッと青ざめるのが和人の目にも分かった。
「ええ。実は…… ただこれは、その、あまりにも突拍子もない話なので……」
「大丈夫。僕たち、突拍子もない話には、十分すぎるほど慣れてるから」
何せ、今運転席にいるのは、百歳の老婆なんだから。とまでは、さすがに言わなかったが。
「おじいちゃんの見た、伊藤一正は、いわゆるドッペルゲンガーだったんじゃないでしょうか?」
突然の言葉に、孝之と香菜は顔を見合わせた。まったく想定していなかった言葉に、目をパチクリさせている。
おもむろに孝之が首を振って答えた。
「いや、いないはずだ。伊藤一正はこの村の小学校、中学校に通っていたが、ずっと一人だったよ。一応警察に聞いてはみるがね」
「お願いします」
幸子は頭を下げた。
話はそこでお開きになった。
孝之たちは和人たちのために、泊まる部屋を用意しようとしていたが、幸子が丁重にそれを断った。
幸子は孝之たちと連絡先を交換すると、家を出て、村の中にある旅館に行くことにした。
「犯人の侵入経路はこのドアですか?」
帰り際に幸子が玄関を指して聞いた。玄関は比較的最近改装されたと思われる、洋式のドアタイプで、つけられている鍵も新しいタイプのものだった。
「ええ。何でも警察の話じゃ、今は3Dプリンターにセンサーを使って読み込んだデータを取り込ませれば、数分で合鍵が作れるらしくて、それを利用したんだろうって。鍵穴に、3Dプリンターに使われる特殊な樹脂の欠片が少しだけ残っていたそうなんです。せっかくピッキング対策に鍵を変えたのに、役に立たなくて……」
香菜は鍵代を返してほしいと言わんばかりの口調だった。
良子が旅館まで案内してくれるというので、三人はそろって車に乗った。
車に乗るとすぐに、和人は幸子に気になっていたことを聞いた。
「幸子さん、さっきの双子説は本気で聞いてたの?」
「可能性としてはあるだろ。幼い頃に生き別れになったのかもしれない。伊藤一正の家は貧かったそうだから、どこかに養子に出された可能性もある」
幸子の口調が変わったからか、良子は後ろの席から興味深そうに幸子のほうを見ている。
「だが私が一番気になっているのは、この犯行の動機だ。いったいなぜ彼は孝之さんを傷つけなかったのか?」
「そういえば…… 確かに……」
夜中に勝手に人の家に入るのも、その人の頭の横にナイフを突き立てるのも間違いなく犯罪だ。だがもし本当に殺す気なら、頭の横ではなく頭にナイフを刺せばいいし、そもそも家に忍び込むなんて真似をせずに、道端で襲ってもいい。
「わざわざ忍び込んでまでしておきながら、殺しもしない、傷つけもしないって、確かにおかしいですよね?」
「ちょっと和人くん? うちのおじいちゃんもおばあちゃんも、十分に怖い目にあったのよ。そんな言い方ないでしょ!?」
バックミラー越しに良子に睨まれ、和人は素直に「ごめん」と謝った。良子が目で笑い返してくれたので、和人はほっとした。
「ところで、良子さん」
「は、はい」
突然、幸子に呼びかけられ、良子の背筋が伸びたのが分かった。
女性の中には、幸子の美しさを目の前にして、見なかったことにするタイプもいる。なまじおしゃれやメイク、あるいは整形手術にお金をかけている女性ほど、幸子の美しさに自尊心を打ちのめされてしまうのだと、和人は最近気づいていた。
だが良子は、幸子の美しさや佇まいにむしろ敬意を払っているふしがある。もちろん幸子の年齢のことは知らない。
それは良子自身の素直で、真っ直ぐな人間性の表れだと和人は思っていた。
「あなた、今回の事件に関して、もしかして、別の考えがあるんじゃないかしら?」
一瞬、良子の顔がこわばった。血色の戻りつつあった顔が、スッと青ざめるのが和人の目にも分かった。
「ええ。実は…… ただこれは、その、あまりにも突拍子もない話なので……」
「大丈夫。僕たち、突拍子もない話には、十分すぎるほど慣れてるから」
何せ、今運転席にいるのは、百歳の老婆なんだから。とまでは、さすがに言わなかったが。
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