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山の城
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山の中は雑木林からなっていた。車が走る山道も舗装されたものではなかった。ただ石が転がっているとか、不必要に曲がりくねっているわけではないので、走るのが難しいというわけではなかった。
「定期的な枝打ちはされているようね」
幸子が横目で木々を見ながら言った。
「ただ一般的な枝打ちに比べると、少し不自然な手の入れ方だが」
枝打ちという言葉は和人も知っていた。あえて木の枝を切ることで、日光を通しやすくしたりする目的がある。
ただ何が不自然かは分からなかった。
「どういう風にですか?」
「枝打ちをしているところとしていないところとで、かなりむらがある。枝打ちには単純に木に栄養をいきわたらせるだけでなく山火事防止の目的もあるのだが、ああいう風に中途半端に木々を残していては、どこかで火が起きたら山中に広がってしまう」
和人はあらためて周りの木々を見たが、よく分からなかった。
「あの辺りなんて、残された木々と、刈られて木々とで風の通り道を作ってしまっているわ」
良子が後ろの席から答えた。
「経費節約のためか、人を雇わずに伊藤本人がやっているみたいなんです」
「なるほど。経費節約か」
答えながら幸子は、バックミラー越しに良子に目をやった。
良子の実家があまり手入れされていなかったのを思い出したのかもしれないと、和人は思った。
「まあ、日本のように多湿な場所では滅多に山火事など起こらないしね」
そう言って幸子は、また前方に目をやった。
車は滑らかに山道を駆け上っていく。
伊藤一正の住む家が、もともとはどこかの宗教団体の施設だという話は聞いていた。和人としては、何となく無機質な、殺風景な建物をを予想していた。
良子の自転車は置いていき、幸子の運転で山道を登っていくと、その建物が見えてきた。
確かに白一色で、潰れた円柱形のシンプルな構造だったが、決して無機質な感じは受けなかった。
「よく手入れされているわね」
幸子が車を器用に建物の横のわずかなスペースに横づけしながら言った。建物は、
舗装されていない道路のすぐわきに建てられており、門や塀の類は一切ない。ただ伊藤本人の物と思われる白のワゴン車とマウンテンバイクが、建物前の車庫スペースに停められていた。
ワゴン車は、和人が町中で見るものよりタイヤが大きく、何らかの改造がされていることは明白だった。
「山の中って聞いたし、もっと雑草とか生えてるかと思ったけど、そんなこともないですね」
「それにこの地面だ。とても滑らかで、平面になでられている。絶えず気を配っていないと、歩行の動線や雨水の流れですぐにへこみや盛り上がりができてしまう。君のお父さんと一緒で、細かなところまで気がつく人のようだね」
車から降りるとすぐに、伊藤本人が迎えに来た。
身長は180cmほど、筋肉質の逆三角形の上体をしており、和人の眼にはIT関係者というより、鍛え抜かれたバレエダンサーかスポーツ選手のように映った。撫でつけられて黒髪や彫りの深い顔立ちも、ギリシャ彫刻を連想させ、その身体つきに似合っていた。
「やあ、来たね。お昼過ぎになるかと思ってたけど」
「すいません」
良子が硬い表情で頭を下げる。
「いや、構わないよ。お昼前後としか決めてなかったんだからね」
良子が紹介してくれたので、和人と続いて幸子が頭を下げる。
伊藤は幸子の顔を目にしたが、和人の挨拶の時と同じように普通に会釈しただけだった。
幸子の美しさに少しも動揺していない。
そのことが、和人には少なからず衝撃だった。
「俺は伊藤一正っていいます。普段はフリーのプログラマー兼エンジニアをやっています。今は家宅侵入の疑いを掛けられています」
誰も笑わなかった。
和人としてはプログラマーとエンジニアの違いが気になったが、そもそも聞ける空気ではないような気がしてきた。
疑問を抱えたまま、和人は、伊藤に招かれて幸子や良子とともに建物内に入っていった。
「定期的な枝打ちはされているようね」
幸子が横目で木々を見ながら言った。
「ただ一般的な枝打ちに比べると、少し不自然な手の入れ方だが」
枝打ちという言葉は和人も知っていた。あえて木の枝を切ることで、日光を通しやすくしたりする目的がある。
ただ何が不自然かは分からなかった。
「どういう風にですか?」
「枝打ちをしているところとしていないところとで、かなりむらがある。枝打ちには単純に木に栄養をいきわたらせるだけでなく山火事防止の目的もあるのだが、ああいう風に中途半端に木々を残していては、どこかで火が起きたら山中に広がってしまう」
和人はあらためて周りの木々を見たが、よく分からなかった。
「あの辺りなんて、残された木々と、刈られて木々とで風の通り道を作ってしまっているわ」
良子が後ろの席から答えた。
「経費節約のためか、人を雇わずに伊藤本人がやっているみたいなんです」
「なるほど。経費節約か」
答えながら幸子は、バックミラー越しに良子に目をやった。
良子の実家があまり手入れされていなかったのを思い出したのかもしれないと、和人は思った。
「まあ、日本のように多湿な場所では滅多に山火事など起こらないしね」
そう言って幸子は、また前方に目をやった。
車は滑らかに山道を駆け上っていく。
伊藤一正の住む家が、もともとはどこかの宗教団体の施設だという話は聞いていた。和人としては、何となく無機質な、殺風景な建物をを予想していた。
良子の自転車は置いていき、幸子の運転で山道を登っていくと、その建物が見えてきた。
確かに白一色で、潰れた円柱形のシンプルな構造だったが、決して無機質な感じは受けなかった。
「よく手入れされているわね」
幸子が車を器用に建物の横のわずかなスペースに横づけしながら言った。建物は、
舗装されていない道路のすぐわきに建てられており、門や塀の類は一切ない。ただ伊藤本人の物と思われる白のワゴン車とマウンテンバイクが、建物前の車庫スペースに停められていた。
ワゴン車は、和人が町中で見るものよりタイヤが大きく、何らかの改造がされていることは明白だった。
「山の中って聞いたし、もっと雑草とか生えてるかと思ったけど、そんなこともないですね」
「それにこの地面だ。とても滑らかで、平面になでられている。絶えず気を配っていないと、歩行の動線や雨水の流れですぐにへこみや盛り上がりができてしまう。君のお父さんと一緒で、細かなところまで気がつく人のようだね」
車から降りるとすぐに、伊藤本人が迎えに来た。
身長は180cmほど、筋肉質の逆三角形の上体をしており、和人の眼にはIT関係者というより、鍛え抜かれたバレエダンサーかスポーツ選手のように映った。撫でつけられて黒髪や彫りの深い顔立ちも、ギリシャ彫刻を連想させ、その身体つきに似合っていた。
「やあ、来たね。お昼過ぎになるかと思ってたけど」
「すいません」
良子が硬い表情で頭を下げる。
「いや、構わないよ。お昼前後としか決めてなかったんだからね」
良子が紹介してくれたので、和人と続いて幸子が頭を下げる。
伊藤は幸子の顔を目にしたが、和人の挨拶の時と同じように普通に会釈しただけだった。
幸子の美しさに少しも動揺していない。
そのことが、和人には少なからず衝撃だった。
「俺は伊藤一正っていいます。普段はフリーのプログラマー兼エンジニアをやっています。今は家宅侵入の疑いを掛けられています」
誰も笑わなかった。
和人としてはプログラマーとエンジニアの違いが気になったが、そもそも聞ける空気ではないような気がしてきた。
疑問を抱えたまま、和人は、伊藤に招かれて幸子や良子とともに建物内に入っていった。
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