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お八重
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次の日、丸戸屋に一人の武士がやってきた。
松山新之丞という家老の使いだと、やけに身なりのいいその男は名乗った。
「この手紙を江戸詰めの家老まで届けてほしいのだ」
慇懃な挨拶だったが、まさは怯まずに聞き返した。
「丸戸屋は一介の町飛脚にございます。そのようなお役目は大名飛脚のお取り扱いかと存じますが……」
大名飛脚とは、その名の通り、大名直々の飛脚である。
主に藩と江戸に赴いてる大名、あるいは家老や藩士たちの間で書簡を交わすための飛脚である。
そもそも一家老が、町飛脚に手紙を頼むなど普通は考えられない。
八重は、二人の様子を後ろからじっと見ていたが、使いを名乗る男が一向に動かないのを見て、しずしずと二人のそばに歩み寄った。
「一言よろしいでしょうか?」
八重は、居住まいを正しながら、頭を下げた。
武士は突然の呼びかけにも動じずに、答えた。
「何だ? お主は?」
「当丸戸屋にて、女だてらに飛脚を務めさせていただいております八重と申します」
「ほう?」
武士は片頬をあげた。
馬鹿にしたような、感心したような、どちらともつかない表情だった。
「いくらなんでもお使いの者では、細かい諸事情まではご説明できかねるでしょう。それでは、私共も納得できかねます。ですが、もし松山新之丞様直々のお言葉でありましたら、私共といたしましたも、お受けできぬわけではございません」
八重はそう言うと、射抜くように、まっすぐ武士を見つめた。
武士はしばらく、八重を見下ろしていたが、やがて口を開いた。
「ほう。わしが松山新之丞本人と見抜いたか?」
隣で、まさがハッとした顔になったが、八重は気にせずに続けた。
「腰のものが大層ご立派でしたこと、このような特別な依頼の場合、ご家老様ご本人の目で、飛脚を信頼できるか見届けたいのではないかと思いましたゆえ」
「なるほど。千里小町は足だけでなく、頭の回転も速いようだな」
新之丞は腰に差していた大小を抜くと、まさに手渡した。
「であれば、もう少し詳しく説明してもいいだろう」
松山新之丞という家老の使いだと、やけに身なりのいいその男は名乗った。
「この手紙を江戸詰めの家老まで届けてほしいのだ」
慇懃な挨拶だったが、まさは怯まずに聞き返した。
「丸戸屋は一介の町飛脚にございます。そのようなお役目は大名飛脚のお取り扱いかと存じますが……」
大名飛脚とは、その名の通り、大名直々の飛脚である。
主に藩と江戸に赴いてる大名、あるいは家老や藩士たちの間で書簡を交わすための飛脚である。
そもそも一家老が、町飛脚に手紙を頼むなど普通は考えられない。
八重は、二人の様子を後ろからじっと見ていたが、使いを名乗る男が一向に動かないのを見て、しずしずと二人のそばに歩み寄った。
「一言よろしいでしょうか?」
八重は、居住まいを正しながら、頭を下げた。
武士は突然の呼びかけにも動じずに、答えた。
「何だ? お主は?」
「当丸戸屋にて、女だてらに飛脚を務めさせていただいております八重と申します」
「ほう?」
武士は片頬をあげた。
馬鹿にしたような、感心したような、どちらともつかない表情だった。
「いくらなんでもお使いの者では、細かい諸事情まではご説明できかねるでしょう。それでは、私共も納得できかねます。ですが、もし松山新之丞様直々のお言葉でありましたら、私共といたしましたも、お受けできぬわけではございません」
八重はそう言うと、射抜くように、まっすぐ武士を見つめた。
武士はしばらく、八重を見下ろしていたが、やがて口を開いた。
「ほう。わしが松山新之丞本人と見抜いたか?」
隣で、まさがハッとした顔になったが、八重は気にせずに続けた。
「腰のものが大層ご立派でしたこと、このような特別な依頼の場合、ご家老様ご本人の目で、飛脚を信頼できるか見届けたいのではないかと思いましたゆえ」
「なるほど。千里小町は足だけでなく、頭の回転も速いようだな」
新之丞は腰に差していた大小を抜くと、まさに手渡した。
「であれば、もう少し詳しく説明してもいいだろう」
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