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お八重
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「すると、つまりこういうことですか? 今、藩内では二つの勢力がある。お殿様側と、ご家老様側。で、どちらも相手を信用していないので、迂闊に藩お抱えの大名飛脚を使うわけにもいかないと」
勝吉が言うと、まさは大きくため息をついた。
「そうなのよ。それだから、断ろうと思ったのよ、そんな危ない話聞いたらね。なのにお八重が、その場で請け負っちゃうもんだから」
「払いはよかったけどな」
「手間賃の問題じゃないわ」
まさはもう一度大きくため息をついた。
「困ったねえ、面倒なことに巻き込まれちまったよ」
「姉様、本当に行く気なのですか?」
なぎが困り顔をお八重に向ける。
だが八重は気にするそぶりもみせない。
だらしなく片膝を立てたまま、寿司を頬張っている。
いわゆる握り寿司で、卵焼きがのったものだった。勝吉が屋台から買ったものを、持って帰ってきたのだ。
「仕方ねえだろ。直々のご指名なんだから」
大きく口を開け、最後の卵焼きのひとかけと酢飯を口に入れた。
どう見ても品があるとは言えなかったが、決して見苦しくないのは、八重の美しさのなせるところだった。
「そもそも、危い使いなら今までだってしてるだろう? 勝吉だって、前にどこかのやくざ者に頼まれて二十両もの金を両替屋に運んだことがあったな。あれだって、本来なら表に出せないような金だったはずだ」
「それとは意味が違うでしょう。今回は藩のお家騒動に巻き込まれるかもしれないんですよ」
「そいつはちがうな」
八重は指先をぺろりと舐めた。
赤い舌が生き物のように艶めかしく動いたので、勝吉はもちろん、まさも息を呑んだが、八重は少しも気にすることなく続けた。
「もうとっくに巻き込まれているんだよ」
「どういうことですか? 姉様」
「いくらここが京都からも江戸からも離れてるっていってもな、ここ最近の世間の慌ただしさにはこの藩の連中だって気づいてるはずだ。異人が海を渡ってきたり、京都で人斬りがあったり、どう考えても只事じゃあない。それをどいつもこいつも、見て見ぬふりをしてるだけなんだよ。そんな臆病な生き方はごめんだね。もしこの先大きな嵐がやってくるなら、むしろこっちから飛び込んでやる」
八重はさらにもう一つ寿司に手をのばした。
「とにかくこの仕事は引き受ける。江戸にも一度行ってみたいしな」
まさたち三人は顔を見合わせた。
八重の気が変わらないことには、気づいていた。
「でもなぜうちなんでしょう?」
なぎが首を傾げる。
「たとえば大月屋でもよかったのでは?」
「もしかしたら大月屋のことも信用していないのかもな」
「でも丸戸屋は信用してると?」
そこでまさが少し考え込む様子を見せた。
「もしかしたら、昨日の手紙、私たちの仕事ぶりを試したのかもしれませんね」
まさの言葉に、勝吉がポンと手をたたいた。
「そうか。道理で。いや、お武家さんがうちに頼みに来るなんて妙だなと思ったんだ」
「ご苦労なことだ」
そう言って八重は鼻を鳴らした。
「どうでもいいが、さっきから私しか寿司を食べてないぞ」
八重の言葉に、三人はあわてて寿司に手をのばした。
勝吉が言うと、まさは大きくため息をついた。
「そうなのよ。それだから、断ろうと思ったのよ、そんな危ない話聞いたらね。なのにお八重が、その場で請け負っちゃうもんだから」
「払いはよかったけどな」
「手間賃の問題じゃないわ」
まさはもう一度大きくため息をついた。
「困ったねえ、面倒なことに巻き込まれちまったよ」
「姉様、本当に行く気なのですか?」
なぎが困り顔をお八重に向ける。
だが八重は気にするそぶりもみせない。
だらしなく片膝を立てたまま、寿司を頬張っている。
いわゆる握り寿司で、卵焼きがのったものだった。勝吉が屋台から買ったものを、持って帰ってきたのだ。
「仕方ねえだろ。直々のご指名なんだから」
大きく口を開け、最後の卵焼きのひとかけと酢飯を口に入れた。
どう見ても品があるとは言えなかったが、決して見苦しくないのは、八重の美しさのなせるところだった。
「そもそも、危い使いなら今までだってしてるだろう? 勝吉だって、前にどこかのやくざ者に頼まれて二十両もの金を両替屋に運んだことがあったな。あれだって、本来なら表に出せないような金だったはずだ」
「それとは意味が違うでしょう。今回は藩のお家騒動に巻き込まれるかもしれないんですよ」
「そいつはちがうな」
八重は指先をぺろりと舐めた。
赤い舌が生き物のように艶めかしく動いたので、勝吉はもちろん、まさも息を呑んだが、八重は少しも気にすることなく続けた。
「もうとっくに巻き込まれているんだよ」
「どういうことですか? 姉様」
「いくらここが京都からも江戸からも離れてるっていってもな、ここ最近の世間の慌ただしさにはこの藩の連中だって気づいてるはずだ。異人が海を渡ってきたり、京都で人斬りがあったり、どう考えても只事じゃあない。それをどいつもこいつも、見て見ぬふりをしてるだけなんだよ。そんな臆病な生き方はごめんだね。もしこの先大きな嵐がやってくるなら、むしろこっちから飛び込んでやる」
八重はさらにもう一つ寿司に手をのばした。
「とにかくこの仕事は引き受ける。江戸にも一度行ってみたいしな」
まさたち三人は顔を見合わせた。
八重の気が変わらないことには、気づいていた。
「でもなぜうちなんでしょう?」
なぎが首を傾げる。
「たとえば大月屋でもよかったのでは?」
「もしかしたら大月屋のことも信用していないのかもな」
「でも丸戸屋は信用してると?」
そこでまさが少し考え込む様子を見せた。
「もしかしたら、昨日の手紙、私たちの仕事ぶりを試したのかもしれませんね」
まさの言葉に、勝吉がポンと手をたたいた。
「そうか。道理で。いや、お武家さんがうちに頼みに来るなんて妙だなと思ったんだ」
「ご苦労なことだ」
そう言って八重は鼻を鳴らした。
「どうでもいいが、さっきから私しか寿司を食べてないぞ」
八重の言葉に、三人はあわてて寿司に手をのばした。
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