完璧な薬

秋川真了

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酔っ払い

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「やってられるかよー」
男は叫ぶ。ここは町外れにある小さな居酒屋。嫌なことがあるとここのカウンター席に座り思い切り酒を飲み、酔いつぶれるのが男の習慣だった。はじめの頃こそ邪険に扱われていた男だったが、彼の成り行きを知った店のものたちは次第に男のことを黙認するようになった。そもそも過疎が進んでいるこの社会。客もかなり少ないため、いつ潰れるかも分からないこの店にとっては男でも一種の常連客であった。


その日もやはり男は酔いつぶれていた。
「どうしたんです旦那」
暇を持て余している店主がいつものように話しかける。
「どうしたもこうしたもねえよ。上司が今日もうるさくてさぁ。やってられねえたらありぁしねえ。俺はあいつより歳上なんだぜ。それなのによお」
「ええ。分かりますよ。最近の若い人たちはいけませんねえ」
「やっぱあんたもそう思うかい。最近の若い奴は根性がなってねえ」
「ええ。分かります。最近の奴はすぐ何かあるたびに、やれセクハラだ。やれパワハラだ。やれ◯◯だ。とすぐに相手に危険者のレッテルを貼りますからねえ」
「ああ。そうだ。やっぱあんたはわかってくれるかい」
「ええもちろん」
そのようなやり取りを幾分かした後、男はやはり酔いつぶれててしまった。
ウニャウニャと何か寝言を呟きながらヨダレを垂らして寝ている。こうなれば男はしばらく目覚めない。皆、既に閉店の準備をしている。そして朝日が窓に差し込むようになった頃。
「旦那。起きてください。朝です」
しかし未だ男は寝ぼけているようだった。
「うるさい。俺は地球を救った英雄だぞ」
「はいはい。もうじき出勤の準備をしないとまずいですよ」


男はおぼつかない足取りで会計を済まし、店を出る。そしてしばらく道を歩いているときだった。
「おい。そこのお前」
突然男が話かけられる。振り向くとそこには、大きな黒い目、カゲのような皮膚、宇宙人がそこに立っていた。何やら後ろには乗ってきたであろう円盤のようなものがある。
「なんだ、俺はこんな幻覚見えるくらい飲みすぎたのか」
「何わけのわからないことを言っている。私は二クル星人。この星を侵略しにきた」
「なにー侵略だと」
「抵抗しても無駄だ。俺にはお前らでは作ることのできない最新鋭の銃がある。お前をさらい人間の生態系を調べ尽くすのだ」
「俺はあまり時間がないんだー」
未だ酔いが回っていることもあり、状況判断もできない男が宇宙人に飛びかかる。
「無駄だ。死ねー」
しかし宇宙人の銃は一向に当たらない。
「なんだこの変則的な歩き方。我々が調べた人間の歩き方とはるかに違う」
「どりゃー」
動揺している宇宙人に素早くありったけの恨みを込めて殴りかかる。そしてしばらくした後…宇宙人は生き絶えたように動かなくなり体が蒸発して跡形もなくなる。
「はあ。こんな感じの幻覚を見るのもう何度目だろう。しばらく酒はやめよう」
男は悲しそうに立ち去っていった。 
自分が地球を救った英雄とは気づかずに…



「えーと。やっぱりあった」
しばらくした後居酒屋の店主が男の歩いてきた道にやってくる。
「どういうわけか、あの人が来るときに決まってこんな凄い物が捨てられてんだよなあ。まあこれ分解して売れば高くつくからありがたいけど。不思議だなー」
店主は円盤を見ながら呟く。
過疎が進んでいるこの社会。しかしほとんど客が来ないのにこの店が潰れないのはこういう理由だったりする…
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