1 / 1
あまくてやわらかくてすぐにさよなら
しおりを挟むわたしはねこで、なまえはまだない。
どこで生まれたのかはわからない。
うすぐらいじめじめしたところで、にゃあにゃあ泣いていたことだけはおぼえている。
わたしはここではじめてにんげんというものを見た。
そのおおきいのは、わたしをいじめるからすみたいな色のかみの毛をしていたので、さいしょ、おおきいからすだ!とおもったわたしは、おびえてもっと泣いたけど、そのおおきいのはわたしをやさしくだきあげて、そのふわふわのけがわのなかにわたしをいれた。
それはやさしかったので、もしかしてこれはからすじゃなくって、ほかのねこがはなしていたにんげんっていうやつなのかなとおもった。
にんげんのけがわってなんだかふしぎね。
そのひとのけがわは少しいいにおいがして、わたしはうとうととしてしまった。
きゅうにめのまえがあかるくなって、わたしはけがわから出されたことを知った。
ここがどこかわからなくて、わたしはまたにゃあにゃあ泣いてしまったけど、そのひとはやさしくわたしのあごの下をなでで、ぬるいミルクをくれた。
おなかがいっぱいになって、またあくびがでてしまう。
そんなわたしをみて、そのひとはクスクスわらって、「おやすみ」といってふかふかのけがわのうえにわたしをのせてくれたので、わたしはそのけがわにくるまって、ぐっすりねむった。
「おはよう、アン」
朝になって、そのひとはわたしをだきあげてそういった。
さいしょ、なんのことだかわからなかったけど、“アン”というのがわたしのなまえになったことがわかって、わたしはちいさく鳴いた。
そのひとは、わたしのはなさきをくすぐって、カリカリをくれた。
それからというもの、わたしはいっぱいのことをしった。
その人は、トルファトーレということ。
ほかの人に“せんせい”とよばれているということ。
人げんは、毛がわをもっていないから、毛がわがわりに、おようふくを着ること。
わたしはねこで、せんせいは人げんだってこと。
せんせいはとってもねこがすきっていうこと。
わたしがせんせいのおふとんにもぐりこんだら、せんせいはいやがらないで、うれしそうにしてくれること。
せんせいはとってもあたたかかった。毛がわはないけど。
せんせいがお外からかえってきてすぐ、アンただいま、といって、わたしをだきあげて、わたしをなでてくれることがなによりすきだった。
せんせい、だいすき。
でも、わたしはねこだから、せんせいとずうっといっしょにいられないことは知ってる。
先生に拾われたばかりのときのちっぽけだったわたしは、すぐに大きくなった。
わたしと先生は同じ時間を歩んでない。
きっとわたしは先生よりも早く、先生とさよならしないといけない。
こんなに先生がすきなのに、こんなに先生と一緒にいたいのに、どうしてなんだろう。
どうして一緒にいられないんだろう。
わたしはかなしくて、でもどうしてこんなに悲しいのかわからなくて、人間がとってもうらやましくなってしまった。
人間は賢いから、きっとこんなとき、じぶんのきもちをきちんと理解して、きちんと処理できるんだとおもう。
わたしはねこだから、それができない。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってしまって、なにも考えられなくなってしまうのだ。
人間になれたらな。
人間になれたらきっと、先生と同じ時間をすごすことができる。
人間になれたらきっと、スカートが履ける。
人間になれたらきっと、すきって伝えることができる。
いまの私は、すきっていっても、にゃあとしか言えなくって、先生には伝わらない。
人間になれたら、きっと言える。
せんせい、だいすきって。
私は先生の頬にそっと口づけて、とびっきりの親愛のしるしにぺろりと舐めて、にゃあと鳴いたけれど、先生は「くすぐったいよ、アン」と笑っただけだった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
白椿の咲く日~遠い日の約束
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに姉の稚子(わかこ)と会う。真由子の母、雪江は妻を亡くした水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。当時、実之には俊之、稚子、靖之の三人の子がいた。
稚子と話をしているうちに真由子は、庭の白椿の木は子どもの頃なついていた兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる