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第1章 死の予言
3話
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校長室のドアには不死鳥の彫刻が施されている。
普段は灰一色のこの彫刻は、朱雀が近寄ると燃える石炭のように赤く光った。
ドアベルもノッカーもないこの扉は真鍮製で、押しても引いてもビクともしない。
「門を叩く者は、名乗れ」
扉の上のスピーカーからしわがれた老人の声が聞こえて来た。猿飛 業(さるとび ゴウ)校長だ。
電力のないダイナモン魔法学校には不釣り合いな、このスピーカーは、昭和初期の古びた日本製で、取ってつけたように扉の上から吊り下げられている。
校長が電化製品をコレクトしては、それを魔法で動かして喜んでいるらしいことを、朱雀たちは知っていた。
文明機器を魔法界に持ち込むことは、魔法界への冒涜とみなされ、暗黙の禁忌となりつつある。だが、猿飛校長があまりに偉大な魔法使いなので、校長の趣味には、誰もが見て見ぬ振りで通している。
朱雀、吏紀、空の3人が苦笑いした。
吏紀がスピーカーに向かって応える。
「九門 吏紀です。朱雀と空も一緒です」
「うむ。入るが良い」
スピーカーから聞こえた校長の声と同時に、真鍮製の重たい両扉が音をたてて開いた。
おそらくダイナモン魔法学校には、校長室の扉を自力で開けられる者はいないだろう。
不死鳥が守護する魔法の扉の秘密を知っているのは、ダイナモン魔法学校の歴代の校長だけだ。
吏紀、朱雀、空の3人はゆっくりと校長室に足を踏み入れた。
背後で扉が閉ざされると、3人は胸に手をあてて、うやうやしく頭を下げた。ダイナモン魔法学校の校長は、魔法界で最も敬意を払われるべき偉大な光の魔法使いだ。
「面(おもて)をあげて良いぞよ」
校長の言葉に、朱雀、吏紀、空の3人は顔を上げた。
薄暗い校長室にジャコウの香りがたちこめていた。360度にぐるりと窓がはめられている部屋には分厚い星柄のカーテンが引かれ、外からの光が完全にシャットアウトされている。
部屋の真ん中に会議用の円卓があって、その上にある燭台だけが、わずかな明かりとなっていた。
円卓の向こう側に、ブルーの山高帽をかぶった猿飛校長が立っていた。
驚いたことに、その両脇には、ローブをまとった魔法界の重役たちが並んでいる。
時の賢者ゲイル、魔法界モアブ地区の大臣、ダイナモン魔法学校の教頭、学年主任、闇の魔術取り締まり委員会理事長と、その幹部たち、魔法防衛省長官と、魔法公安部、魔法警察の上役。
これだけの重要魔法使いが一堂に会している場面は、朱雀たちにとっても初めての経験だった。
円卓のこちら側には、ダイナモン魔法学校の制服を着た女子生徒が2人立っている。
月影聖羅(つきかげ セイラ)と、暁 美空(あかつき ミソラ)だ。
彼女たちは光の魔法使いで、朱雀、吏紀、空とならんで、ダイナモン魔法学校でトップクラスの実力を持つ。
「遅かったな。皆、円卓の周りに集まるのじゃ。大事な話がある」
校長に促されて、朱雀たち5人は、並んで円卓の周りに立った。
円卓の中央に、驚くほど古いハープが置かれていた。そのハープを一目見て、吏紀だけがすぐに何かを悟ったように、校長の隣に立っている小柄な老婆、賢者ゲイルをちらりと見た。
時の賢者ゲイルとは、その時代の魔法界の予言を取り扱う、選ばれたアメジストを持つ知恵の魔法使いのことだ。
第794代目ゲイルは、吏紀の曽祖母なのである。
代々、その名が受け継がれるゲイルには、同時に魔法のハープが継承される。
このハープこそが、予言を示す歌を歌うのだということを、吏紀は知っていた。
「昨晩遅くに、時の賢者ゲイルに魔法界をゆるがす重大な予言が示されたのじゃ。魔法界緊急連絡網で、すでに各方面へ予言の内容は通達されているが、その内容があまりに深刻なので、このように緊急会議を招集したというわけじゃ」
「その予言には、何が示されているのでしょうか。なぜ、僕たちがこの場に呼ばれたのですか」
吏紀が問うと、薄紫色のローブをまとった小柄な賢者ゲイルが、前に進み出た。
「このハープの歌声が、お前たちにも聞こえるかい?」
「歌声……?」
ゲイルの言葉に、朱雀、吏紀、空、そして美空と聖羅の5人は耳をすまして円卓の上のハープを見つめた。
ハープからは何も聞こえてこない。
「何も聞こえません。」
と、朱雀が答えた。
「おや、まあ」
ゲイルは驚き、その皺の深い手でなだめるようにハープを撫でた。
だが、それでも、魔法のハープは微動だにしなかった。
一見して、何の変哲もない、ただの古くて壊れかかったハープだ。
どんなになだめてやってもハープが歌わないので、賢者ゲイルが悲しそうに笑った。
「どうやらヘソを曲げてしまったようだね。さっきまで、あんなに歌っていたのに」
「でも、私たち、何もしてないわ」
聖羅が、不満を露わにして言った。
「わかっておる。だが、ハープはとても気難しくてね。誰にでも秘密を、解き明かしてくれるわけじゃないんだよ。何か話したくない理由があるんだろう……」
ゲイルが、円卓の前に並ぶ5人の生徒を優しく見つめた。
生徒の誰もが、不愉快な顔になった。
「燃やしましょうか」
そう言った朱雀の漆黒の目が、赤い輝きに変わった。
するとハープは、猫が敵を威嚇するときのように、フーフーと唸って震え出した。
円卓の周りで朱雀の赤い目を見た重役たちが、一同に息を呑む。
朱雀のように強い魔力が瞳の色に現れるのは、火の魔法使いの中でも突出した潜在能力を備えたシュコロボヴィッツの特徴と言われ、魔法界でも例外的に恐れられている。紅色の瞳を持つ魔法使いを、火の魔法使いの別称として炎の魔法使い、とか、シュコロボヴィッツと呼び分けたりするほど、その存在は希少で、他の追随を許さない圧倒的な魔力を有するからだ。
だが、問題なのは力そのものではなく、火の魔法使いがとても危うい存在だということだ。
本来、火の力は闇に対抗する強力な力となるはずだが、突出しているが故に孤独で、寒さに弱い彼らは、反転して闇に落ちやすい。
加えて、悪意のある者たちが、朱雀の気質を取り上げて闇の魔法使いの特徴に似ていると言ったりするから、たちが悪い。
重役たちは朱雀を警戒していた。
――この子も、闇に陥る可能性を秘めている。
そんなことになれば、魔法界にとっては大きな脅威だ。
だから大人たちは朱雀への監視の目を怠らない。
朱雀はいつも、そんな大人たちから注がれる、『値踏みするような眼差し』に、居ずらさを感じていた。
朱雀には、無条件で受け入れられるという安心感や愛情が、絶対的に不足している。
だが、どうすることもできない。
朱雀自身でさえ、――両親と同じように……、自分も闇の魔法使いの道に堕ちるのではないかという不安を拭いきれないのだ。
「シュコロボヴィッツの瞳は健在なようじゃな。その力、お前は何に使う?」
気まずい沈黙を破って、ゲイルが円卓の上からハープを取り上げた。
ゲイルはいつも厳しい態度で人に接するが、その目からはどんな者にも等しく愛情が注がれているのもまた事実。
賢者ゲイルだけは、朱雀を特別な目で見ることをしなかった。それだからこそ、吏紀の曽祖母である第794代目ゲイルは、「おっかない婆ちゃん」と恐れられながらも、誰からも慕われている。
ゲイルが重たいハープを抱え上げると、突然、グキッ、という鈍い音が静かな校長室に低く響いた。
「あぁ!!、ッつー……イたたた」
それまでの威厳はどこへやら、ゲイルが腰に手をあてて急に屈みこんだ。
「おい、バーちゃん、大丈夫かよ」
とっさに空がゲイルに手を差しのべた。だが、ゲイルはその手をピシャリと叩いて討ち落とし、かすれた声を吐き出した。
「歳よりを舐めるでなぃ!……、ひよっ子がッ」
強がってはいても、腰の痛みが相当こたえているようで、ゲイルの声には力がなかった。
そんなゲイルをいたわりながら、猿飛校長が話を続けた。
「闇の魔法使いたちが、近頃不穏な動きをしておるようじゃ。魔法界では行方不明者が続出しており、その消息は未だにつかめていない。失踪したのは皆、お前たちと同じ年の頃の者たちじゃ」
校長に続いて、魔法公安部大臣も言った。
「我々も、魔法警察や魔法防衛省と協力して事態の解明にあたっているところだが、昨晩ついに、犠牲者が出た。秘密裏に闇の魔法使いたちの動きを探っていた、魔法公安部のエージェント3人が死体となって、沈黙の山で発見されたのだ」
「そして時を同じくして昨晩、ついにゲイル婆さんに予言が示されたわけだが……、お婆ば、始めてくれるか」
「よいじゃろう」
校長に言われ、賢者ゲイルが杖を取り出した。
老婆が杖に寄りかかって立っているように見えるが、ただの杖ではない。その先にはアメジストの石が輝いている。
「かいつまんで、重要な所だけを手短に話す。お前たちには早急に遂行しなければならない任務があるからじゃ。だが今はまだすべては話すまい。ハープが語らなかったのだから」
ゲイルがアメジストの杖で床を一突きすると、紫色の光が校長室に満ち、朱雀たち5人の目をくらませた。
光が霞となって宙に絵を描くと、ゲイルが歌いだした。
『門を開け。門を開け。魔女の息吹が邪悪な心に誘いかけている。
沈黙の山に赤き月が昇る時、古の魔女は墓より目覚め、地獄の門を開かんとせん』
光の中に、真っ暗な沈黙の山と、その中腹に封印されている魔女の石の墓が浮かび上がった。
その光はすぐに消えた。
「予言の言葉はこの後にもこの前にも長く続いておるが、お前たちに今話せるのは、この部分だけじゃ。ハープが歌わなかったので」
ゲイルはハープを優しく撫でると、不満そうな5人の生徒を見つめた。校長が後を引き継いだ。
「魔女アストラの話は知っておるじゃろう。かつて、聖アトス族とモアブの魔法使いが力を合わせて封印した、邪悪な魔女じゃ。アストラは今も、沈黙の山にある墓に封印されておる」
「封印を解き、魔女を目覚めさせようとしている者がいるのですか」
朱雀が問うと、校長は答えた。
「間違いないじゃろう。すでに魔法大臣が魔法警察と公安部隊を沈黙の山に派遣し、特別警戒をしいて魔女の墓を見張らせておる。だが、しかし……」
業校長が一瞬間をおいてから、険しい顔で朱雀たち5人を見つめた。
「だがしかし、魔女の復活は食い止めることができないと、予言に現れた。魔女の復活には、多くの生贄の血が必要のはずじゃが、近年、善良な魔法使いたちが突然行方不明となり、消息を絶っているのはおそらく、そのせいだとワシらは考えておる。闇の魔法使いたちの間ですでに動きが起こっていることは間違いないじゃろう」
「魔女を復活させるために闇の魔法使いたちが生贄の血を集めていると? 魔女の復活は阻止することができないって、それは本当ですか?」
吏紀が問うと、ゲイルが答えた。
「現段階で予言に示されているのは、そういうことなのじゃ」
「……」
校長室に重たい沈黙が流れた。
「だが、予言は書き換えるためにある」
沈黙に光を灯すように、偉大な光の魔法使い、猿飛業校長が口を開いた。
「魔女の復活を阻止するため我々が最善を尽くすのはもちろんじゃが、仮に魔女が復活したとしても、打つ手はまだ残されている。予言の続きには、魔女と戦うことのできる魔法使いについての言葉がある。その魔法使いならば、魔女を打ち倒すことができるのじゃ。予言では、それはまだ若く不完全な魔法使いだということが語られた。それは2つのルビー、風のエメラルド、水のサファイヤ、光のダイヤモンド、大地のアメジスト」
―― 火、風、水、光、大地。校長が語ったのは、五大属性最上位の石ばかりだ。
「我々は、一刻も早く、その予言の魔法使いたちを見つけなければならない」
「ちょ、ちょっと待ってください! エメラルドやアメジストなら空や吏紀など、予言に当てはまりそうな魔法使いがいます。ですが、2つのルビーってどういうことですか? 火の魔法使いが2人なんて……。朱雀の御父上が闇の魔法使いになってからは、魔法界に存在する火の魔法使いは朱雀一人だと聞いていますが」
美空が取り乱していた。
その横で、朱雀がズボンのポケットに両手を入れて、溜め息をついた。
「それで、任務って何ですか」
朱雀は感情を表さない無愛想な声で言った。
どんなに厳しい任務のときも、恐れたり、悲しんだり、極度に怒ったりしたことがない朱雀は、冷酷ともいえる冷静さで任務を遂行するだけだ。
これは本来、火の魔法使いに見られる『情熱的な性格』とは正反対の特徴で、みな不思議に思っていた。
この子は本当に火の魔法使いなのだろうか、という疑問を大人たちに抱かせるのだ
普段は灰一色のこの彫刻は、朱雀が近寄ると燃える石炭のように赤く光った。
ドアベルもノッカーもないこの扉は真鍮製で、押しても引いてもビクともしない。
「門を叩く者は、名乗れ」
扉の上のスピーカーからしわがれた老人の声が聞こえて来た。猿飛 業(さるとび ゴウ)校長だ。
電力のないダイナモン魔法学校には不釣り合いな、このスピーカーは、昭和初期の古びた日本製で、取ってつけたように扉の上から吊り下げられている。
校長が電化製品をコレクトしては、それを魔法で動かして喜んでいるらしいことを、朱雀たちは知っていた。
文明機器を魔法界に持ち込むことは、魔法界への冒涜とみなされ、暗黙の禁忌となりつつある。だが、猿飛校長があまりに偉大な魔法使いなので、校長の趣味には、誰もが見て見ぬ振りで通している。
朱雀、吏紀、空の3人が苦笑いした。
吏紀がスピーカーに向かって応える。
「九門 吏紀です。朱雀と空も一緒です」
「うむ。入るが良い」
スピーカーから聞こえた校長の声と同時に、真鍮製の重たい両扉が音をたてて開いた。
おそらくダイナモン魔法学校には、校長室の扉を自力で開けられる者はいないだろう。
不死鳥が守護する魔法の扉の秘密を知っているのは、ダイナモン魔法学校の歴代の校長だけだ。
吏紀、朱雀、空の3人はゆっくりと校長室に足を踏み入れた。
背後で扉が閉ざされると、3人は胸に手をあてて、うやうやしく頭を下げた。ダイナモン魔法学校の校長は、魔法界で最も敬意を払われるべき偉大な光の魔法使いだ。
「面(おもて)をあげて良いぞよ」
校長の言葉に、朱雀、吏紀、空の3人は顔を上げた。
薄暗い校長室にジャコウの香りがたちこめていた。360度にぐるりと窓がはめられている部屋には分厚い星柄のカーテンが引かれ、外からの光が完全にシャットアウトされている。
部屋の真ん中に会議用の円卓があって、その上にある燭台だけが、わずかな明かりとなっていた。
円卓の向こう側に、ブルーの山高帽をかぶった猿飛校長が立っていた。
驚いたことに、その両脇には、ローブをまとった魔法界の重役たちが並んでいる。
時の賢者ゲイル、魔法界モアブ地区の大臣、ダイナモン魔法学校の教頭、学年主任、闇の魔術取り締まり委員会理事長と、その幹部たち、魔法防衛省長官と、魔法公安部、魔法警察の上役。
これだけの重要魔法使いが一堂に会している場面は、朱雀たちにとっても初めての経験だった。
円卓のこちら側には、ダイナモン魔法学校の制服を着た女子生徒が2人立っている。
月影聖羅(つきかげ セイラ)と、暁 美空(あかつき ミソラ)だ。
彼女たちは光の魔法使いで、朱雀、吏紀、空とならんで、ダイナモン魔法学校でトップクラスの実力を持つ。
「遅かったな。皆、円卓の周りに集まるのじゃ。大事な話がある」
校長に促されて、朱雀たち5人は、並んで円卓の周りに立った。
円卓の中央に、驚くほど古いハープが置かれていた。そのハープを一目見て、吏紀だけがすぐに何かを悟ったように、校長の隣に立っている小柄な老婆、賢者ゲイルをちらりと見た。
時の賢者ゲイルとは、その時代の魔法界の予言を取り扱う、選ばれたアメジストを持つ知恵の魔法使いのことだ。
第794代目ゲイルは、吏紀の曽祖母なのである。
代々、その名が受け継がれるゲイルには、同時に魔法のハープが継承される。
このハープこそが、予言を示す歌を歌うのだということを、吏紀は知っていた。
「昨晩遅くに、時の賢者ゲイルに魔法界をゆるがす重大な予言が示されたのじゃ。魔法界緊急連絡網で、すでに各方面へ予言の内容は通達されているが、その内容があまりに深刻なので、このように緊急会議を招集したというわけじゃ」
「その予言には、何が示されているのでしょうか。なぜ、僕たちがこの場に呼ばれたのですか」
吏紀が問うと、薄紫色のローブをまとった小柄な賢者ゲイルが、前に進み出た。
「このハープの歌声が、お前たちにも聞こえるかい?」
「歌声……?」
ゲイルの言葉に、朱雀、吏紀、空、そして美空と聖羅の5人は耳をすまして円卓の上のハープを見つめた。
ハープからは何も聞こえてこない。
「何も聞こえません。」
と、朱雀が答えた。
「おや、まあ」
ゲイルは驚き、その皺の深い手でなだめるようにハープを撫でた。
だが、それでも、魔法のハープは微動だにしなかった。
一見して、何の変哲もない、ただの古くて壊れかかったハープだ。
どんなになだめてやってもハープが歌わないので、賢者ゲイルが悲しそうに笑った。
「どうやらヘソを曲げてしまったようだね。さっきまで、あんなに歌っていたのに」
「でも、私たち、何もしてないわ」
聖羅が、不満を露わにして言った。
「わかっておる。だが、ハープはとても気難しくてね。誰にでも秘密を、解き明かしてくれるわけじゃないんだよ。何か話したくない理由があるんだろう……」
ゲイルが、円卓の前に並ぶ5人の生徒を優しく見つめた。
生徒の誰もが、不愉快な顔になった。
「燃やしましょうか」
そう言った朱雀の漆黒の目が、赤い輝きに変わった。
するとハープは、猫が敵を威嚇するときのように、フーフーと唸って震え出した。
円卓の周りで朱雀の赤い目を見た重役たちが、一同に息を呑む。
朱雀のように強い魔力が瞳の色に現れるのは、火の魔法使いの中でも突出した潜在能力を備えたシュコロボヴィッツの特徴と言われ、魔法界でも例外的に恐れられている。紅色の瞳を持つ魔法使いを、火の魔法使いの別称として炎の魔法使い、とか、シュコロボヴィッツと呼び分けたりするほど、その存在は希少で、他の追随を許さない圧倒的な魔力を有するからだ。
だが、問題なのは力そのものではなく、火の魔法使いがとても危うい存在だということだ。
本来、火の力は闇に対抗する強力な力となるはずだが、突出しているが故に孤独で、寒さに弱い彼らは、反転して闇に落ちやすい。
加えて、悪意のある者たちが、朱雀の気質を取り上げて闇の魔法使いの特徴に似ていると言ったりするから、たちが悪い。
重役たちは朱雀を警戒していた。
――この子も、闇に陥る可能性を秘めている。
そんなことになれば、魔法界にとっては大きな脅威だ。
だから大人たちは朱雀への監視の目を怠らない。
朱雀はいつも、そんな大人たちから注がれる、『値踏みするような眼差し』に、居ずらさを感じていた。
朱雀には、無条件で受け入れられるという安心感や愛情が、絶対的に不足している。
だが、どうすることもできない。
朱雀自身でさえ、――両親と同じように……、自分も闇の魔法使いの道に堕ちるのではないかという不安を拭いきれないのだ。
「シュコロボヴィッツの瞳は健在なようじゃな。その力、お前は何に使う?」
気まずい沈黙を破って、ゲイルが円卓の上からハープを取り上げた。
ゲイルはいつも厳しい態度で人に接するが、その目からはどんな者にも等しく愛情が注がれているのもまた事実。
賢者ゲイルだけは、朱雀を特別な目で見ることをしなかった。それだからこそ、吏紀の曽祖母である第794代目ゲイルは、「おっかない婆ちゃん」と恐れられながらも、誰からも慕われている。
ゲイルが重たいハープを抱え上げると、突然、グキッ、という鈍い音が静かな校長室に低く響いた。
「あぁ!!、ッつー……イたたた」
それまでの威厳はどこへやら、ゲイルが腰に手をあてて急に屈みこんだ。
「おい、バーちゃん、大丈夫かよ」
とっさに空がゲイルに手を差しのべた。だが、ゲイルはその手をピシャリと叩いて討ち落とし、かすれた声を吐き出した。
「歳よりを舐めるでなぃ!……、ひよっ子がッ」
強がってはいても、腰の痛みが相当こたえているようで、ゲイルの声には力がなかった。
そんなゲイルをいたわりながら、猿飛校長が話を続けた。
「闇の魔法使いたちが、近頃不穏な動きをしておるようじゃ。魔法界では行方不明者が続出しており、その消息は未だにつかめていない。失踪したのは皆、お前たちと同じ年の頃の者たちじゃ」
校長に続いて、魔法公安部大臣も言った。
「我々も、魔法警察や魔法防衛省と協力して事態の解明にあたっているところだが、昨晩ついに、犠牲者が出た。秘密裏に闇の魔法使いたちの動きを探っていた、魔法公安部のエージェント3人が死体となって、沈黙の山で発見されたのだ」
「そして時を同じくして昨晩、ついにゲイル婆さんに予言が示されたわけだが……、お婆ば、始めてくれるか」
「よいじゃろう」
校長に言われ、賢者ゲイルが杖を取り出した。
老婆が杖に寄りかかって立っているように見えるが、ただの杖ではない。その先にはアメジストの石が輝いている。
「かいつまんで、重要な所だけを手短に話す。お前たちには早急に遂行しなければならない任務があるからじゃ。だが今はまだすべては話すまい。ハープが語らなかったのだから」
ゲイルがアメジストの杖で床を一突きすると、紫色の光が校長室に満ち、朱雀たち5人の目をくらませた。
光が霞となって宙に絵を描くと、ゲイルが歌いだした。
『門を開け。門を開け。魔女の息吹が邪悪な心に誘いかけている。
沈黙の山に赤き月が昇る時、古の魔女は墓より目覚め、地獄の門を開かんとせん』
光の中に、真っ暗な沈黙の山と、その中腹に封印されている魔女の石の墓が浮かび上がった。
その光はすぐに消えた。
「予言の言葉はこの後にもこの前にも長く続いておるが、お前たちに今話せるのは、この部分だけじゃ。ハープが歌わなかったので」
ゲイルはハープを優しく撫でると、不満そうな5人の生徒を見つめた。校長が後を引き継いだ。
「魔女アストラの話は知っておるじゃろう。かつて、聖アトス族とモアブの魔法使いが力を合わせて封印した、邪悪な魔女じゃ。アストラは今も、沈黙の山にある墓に封印されておる」
「封印を解き、魔女を目覚めさせようとしている者がいるのですか」
朱雀が問うと、校長は答えた。
「間違いないじゃろう。すでに魔法大臣が魔法警察と公安部隊を沈黙の山に派遣し、特別警戒をしいて魔女の墓を見張らせておる。だが、しかし……」
業校長が一瞬間をおいてから、険しい顔で朱雀たち5人を見つめた。
「だがしかし、魔女の復活は食い止めることができないと、予言に現れた。魔女の復活には、多くの生贄の血が必要のはずじゃが、近年、善良な魔法使いたちが突然行方不明となり、消息を絶っているのはおそらく、そのせいだとワシらは考えておる。闇の魔法使いたちの間ですでに動きが起こっていることは間違いないじゃろう」
「魔女を復活させるために闇の魔法使いたちが生贄の血を集めていると? 魔女の復活は阻止することができないって、それは本当ですか?」
吏紀が問うと、ゲイルが答えた。
「現段階で予言に示されているのは、そういうことなのじゃ」
「……」
校長室に重たい沈黙が流れた。
「だが、予言は書き換えるためにある」
沈黙に光を灯すように、偉大な光の魔法使い、猿飛業校長が口を開いた。
「魔女の復活を阻止するため我々が最善を尽くすのはもちろんじゃが、仮に魔女が復活したとしても、打つ手はまだ残されている。予言の続きには、魔女と戦うことのできる魔法使いについての言葉がある。その魔法使いならば、魔女を打ち倒すことができるのじゃ。予言では、それはまだ若く不完全な魔法使いだということが語られた。それは2つのルビー、風のエメラルド、水のサファイヤ、光のダイヤモンド、大地のアメジスト」
―― 火、風、水、光、大地。校長が語ったのは、五大属性最上位の石ばかりだ。
「我々は、一刻も早く、その予言の魔法使いたちを見つけなければならない」
「ちょ、ちょっと待ってください! エメラルドやアメジストなら空や吏紀など、予言に当てはまりそうな魔法使いがいます。ですが、2つのルビーってどういうことですか? 火の魔法使いが2人なんて……。朱雀の御父上が闇の魔法使いになってからは、魔法界に存在する火の魔法使いは朱雀一人だと聞いていますが」
美空が取り乱していた。
その横で、朱雀がズボンのポケットに両手を入れて、溜め息をついた。
「それで、任務って何ですか」
朱雀は感情を表さない無愛想な声で言った。
どんなに厳しい任務のときも、恐れたり、悲しんだり、極度に怒ったりしたことがない朱雀は、冷酷ともいえる冷静さで任務を遂行するだけだ。
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それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
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