月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

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第2章 聖ベラドンナ女学園

2話

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 聖ベラドンナ女学園の図書室には、2つの魔法の鏡がある。
 1つは、西側にある賢者の鏡。
 もう1つは、東側にある真実の鏡だ。

 互いに向き合って置かれたこの2つの鏡は、その間にある予言の書を守っている。


 東側にある真実の鏡は文字通り、真実を映し出す鏡だ。
 たとえば流和が猫に変身した姿でこの鏡の前に立つと、鏡には流和自身の姿が映し出される。
 もし心の中で悲しんでいて、顔では笑っている人がこの鏡の前に立つと、きっと鏡には泣いている人の姿が映し出されるだろう。


 真夜中。
 真実の鏡と向き合う賢者の鏡が、また、キラリと光った。
 青白い光は序所に強まり、やがて揺れる水面のように波打つと、鏡の中に人影が浮かび上がった。

 次の瞬間、賢者の鏡の中から九門吏紀が姿を現した。その手には、アメジストの輝く長い杖が握られている。吏紀はその杖の光を頼りに暗い図書室の中を見回すと、鏡の中に合図した。

 すると、東雲空、暁美空、月影聖羅が順々に鏡の中から姿を現し、最後に高円寺朱雀が鏡から出て来た。


「鏡抜け魔法、成功だな。初めてにしては上出来だ」
 吏紀が満足そうに振り返る。

「たった3歩でダイナモンからベラドンナに来られるなら、今までもっと活用すべきだったな」
 と、空。

「今回は特別よ。この魔法って、実はとっても危険だから禁止されてるんだからね」
「そうよ。もし迷ったら、永遠に外に出られなくなることだってあるんだから、リスクが高すぎたわ」
「何を言う、聖羅。たったの3歩で迷いを抱く者は、魔法使い失格だ。俺たちには無縁の話しさ」
「朱雀ったら、本当に高慢なんだから。私、あなたのそういうところ嫌いよ」

「やめろお前たち。仕方ないだろ聖羅、ダイナモンから歩きでここまで来るには遠すぎたんだ。まさか東京上空まで空を飛んで来るわけにいかないじゃないか。かといって文明の乗り物は遅すぎるうえ、俺たちにはよく分からない仕組みになってるんだ」

 吏紀が、朱雀と聖羅をなだめて言った。


「さて、と。何から始める? 俺は流和を探す」
 空が当たり前のように言い切った。他のみんなは、空が流和にしか興味がないのを知っていたので、誰も反対しなかった。
 今回に限っては空に集団行動を強要できそうにない。

「久しぶりの再会で、喧嘩するなよ。」
 吏紀が控えめに言った。すると、空は深刻な顔で首を振る。

「それはどうかな。アイツ、最近俺に手紙をよこさなくなったんだ。きっと、何かあったんだと思う。だから、まずはアイツをとっ捕まえて、俺に手紙をよこさなくなった理由を問い詰め、その回答いかんによっては杖を抜くことも辞さない覚悟だ。見てろよ」

「妬きもちやき」
「強がり」
 と、聖羅と美空が同時に呟いた。

 魔法使いにとって「杖を抜く」、とは、本気で魔法を使う、あるいは、武力行為に出ることを意味する。

「別に強がってねーよ。けど、妬いてるってのは、少し当たってるかも」
 空はそう言いながら、月明かりを頼りに暗い図書室を手探りで進んで行った。

「考えたくもないけど、俺さ、流和がもしもデキソコナイとか、最悪、人間の男を好きになったりしてたら……、多分そいつを殺すと思う」
 抑揚のない空の声だった。

「最初に言っとくけど、もし本当にそうなったら、俺にはお前を止める自信はないよ」
 と、吏紀が言った。

「そんなことして、退学処分になっても知らないわよ。ねぇ朱雀、何とか言ってよ、空ったらどうかしてる」
 美空が朱雀をつついた。
 だが、朱雀は興味がないのか、賢者の鏡に刻まれたアルテミスの紋様をしばらく見つめてから、やがて静かに言った。

「俺はむしろ止めない。遠慮しないで盛大にヤれ」

 親友が恋人のために殺人を犯すかもしれないというときに、朱雀は鏡から目をはなそうともしなかった。
 一体、その鏡の何がそんなに気になるというのか。
 その無関心ぶりにはさすがの美空や聖羅も呆れるばかりだが、朱雀たちダイナモン魔法学校の生徒にとって、魔法使いのデキソコナイや人間は、それだけ忌み嫌うべき存在だった。
 人間は弱いが、群れをなして少数派の魔法使いを迫害し、時にえげつなく利用しようとする。そのくせ、とても高慢だ。そんな人間と手を組むデキソコナイ魔法使いたちは、本物の魔法使いたちにとって恥さらしの異端者以外の何者でもない。


「まあ何にしろ、殺るなら穏便にな」
 吏紀はそう言いながら手にしていたアメジストの杖を回転させた。すると、杖は宙に消えてなくなった。

「流和のことは空にまかせるとして、あとは、最上位の石を持つ予言の魔法使いの探索だな。これは、俺と、美空と聖羅でいいな。
 朱雀は予言の書を探してくれ」

「何で俺だけ予言の書なんだ、面倒くさいからイヤだ」
 このときはじめて、朱雀が鏡から向きなおった。不満そうな朱雀に、吏紀が譲らずに応じる。

「よく考えてみろ朱雀、ここは女子高なんだ。お前みたいに誰かれかまわず手を出す奴が学内を歩きまわったら、それこそ面倒なことになりかねない」

「失礼なこと言うな。いくら俺でも、デキソコないには手を出さない。願い下げだね」

「どうかな」
 吏紀があやしむようにニヤリとする。

「吏紀、お前本当ムカつくな」

「二人ともやめなさいよ」

 言い合いがエスカレートする前に、美空が二人の間に入った。

「いいじゃないの朱雀、私もあなたが予言の書を担当するのが一番いいと思う。この学園で最上位の石を持つ魔法使いを探したって、どうせ大した収穫は得られそうにない。それよりも、初代ゲイルの魔法で守られている予言の書を探す仕事のほうが、ずっとアナタ向きよ」

 美空がそう言って、朱雀の腕に優しく触れた。
 美空が朱雀に思いを寄せていることは、すでに周知の事実だった。


「わかった、予言の書は俺でいい」

 美空になだめられて、朱雀が少し考えてから頷く。


 ガシャーン!!

「イッて!!」


 役割分担が丸く収まった直後、暗闇の中で空が何かにぶつかって、静けさに包まれていた図書室に派手な金属音が響き渡った。
 空のイラついた声が聞こえて来る。

「誰だよ、こんな所にハシゴを置きっぱなしにしたのは……。あっぶねーな、畜生ッ」

「気をつけろ……」
 と、吏紀が、空を心配するよりもむしろ、誰かに見つかることの方を心配して言った。

 天窓から月明かりが差しているのだが、空がハシゴにぶつかった所はちょうど本棚と本棚の影になっていて真っ暗だったのだ。
 だから5人はそのとき、そのハシゴが架けられている場所がまさしく、予言書の棚だということに気付かなかった。

 森林のようにそびえ立つ本棚の列をやっと抜けて図書室の中央広間に出ると、そこにはさんさんと月明かりが差し込み、白い大理石の床が、暗闇に慣れた5人の目に眩しく輝く。

 朱雀がテーブルの上に並べられたままになっているムーンカードを見つけて立ち止った。

「どうしたの、朱雀?」
「ムーンカードだ。これは珍しいな」

 美空と吏紀も、朱雀と並んで興味深そうにテーブルの上を覗きこんだ。


「ムーンカードって、月夜にだけ真実を解き明かすっていう古代のカードだよな。そんな物が何でここにあるんだ? だいいち、こんな古い魔法、最近じゃダイナモンでさえ見かけないよな」
「聖ベラドンナ女学園にそんな魔法を使える生徒がいるなんて、意外だわ。ムーンカードは気まぐれだから、使いこなすのがとっても難しいのに」
 と、光の魔法使いの聖羅が言った。

「もしかしたら、トランプでもしてたんじゃないかね。 それか、カルタ遊びとか」

 空が面白そうに鼻で笑っている。
 その横で、朱雀は自分の手をムーンカードの上にかざしてみた。
 刹那、朱雀の人差し指にはめられているルビーの指輪が鋭く光り、手がカードの上から退けられた。

「何か分かったか、朱雀」

「いや……」
 朱雀は退けられた左手を軽く振った。カードが朱雀を拒んだのだ。痺れるような軽い痛みだ。
「どうやらこのカードは俺たちに秘密を教える気はないらしい」

 ムーンカードは、忠実だ。術者が何を占おうとし、それに対してどんな結果が出たのかを、決して他人に漏らさない。
 それに比べると、巷に出回っているタロットカードやトランプカードはとっても口が軽いので、その秘密を簡単に部外者に漏らしてしまう。

「このカードを使用したのは、強力な光の魔法使いだ。まだ、魔力が残ってる……。ついさっきまで、ここにいたんだな」
「ベラドンナにそんな優秀な生徒がいるってわけ?」
「分からない」
「信じられないな……」
「もしかしたら生徒じゃなく、誰か他の、たとえば教師とかなんじゃないか」
「あり得ることだが、ここに強力な光の魔法使いがいたのは確かだ。朱雀の目に狂いはない」


 強い、光の魔法。
 そうだ、この図書室には至る所に光の魔法の仕掛けがある。月明かりが差し込む天窓にも、図書室中央の広間で白く光る床の大理石にも。そして、朱雀たちが出て来た賢者の鏡に刻まれていたアルテミスの模様も、純潔の月の女神を現す光の魔法の一種だ。
 それと今、目の前でテーブルの上に並べられているムーンカードは何か関係があるのだろうか。だとすれば、この図書室は光の魔法づくしだ。

 だが、さっきから朱雀が気になっているのは、もっと別のことだった。

 これだけ光の魔法が溢れている図書室に何故か、ほんのわずかに漂う、炎の香り。
 朱雀が注意深く辺りを見回してみても、炎の魔法の痕跡は一つも見当たらないのに、香りだけがそこにある。
 間違いなく、この場所に炎の魔法使いがいたことを暗示するが……。
 しかし、もし実際にここに炎の魔法使いがいたとすれば、その魔力はもっと明確に感じられなければならないはずだった。特に、同じ炎の魔法使いである朱雀には。
 ――何かが変だ。
 この炎の香りは一体、どこから漂って来ているのだろう。


 もしかすると、魔法使いの墓場と言われる聖ベラドンナ女学園にも少しはまともな魔法使いがいるのかもしれない。
 そんなことはあり得ないはずだったが……。
 退屈なベラドンナへのお使いが楽しくなる何かが起こる、そんなおぼろな期待に、朱雀の口元が上がる。

 ルビーのピアスが笑うようにキラリと光った。
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