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第3章 図書室への侵入者
4話
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8時45分。
「優、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ、死ぬところだったんだから」
今朝がた朱雀の呪縛魔法にさらされた優は、かなり大きな精神的ダメージを受けた。しかし、火傷一つ負っていない優は、医務室に行っても、ちょっと熱っぽいだけだから、と、すぐに追い出されてしまったのだ。
その後、優、流和、永久の3人は、慌ただしく朝食をすませて、今、用具置き場から持ち出した大きな脚立を、力を合わせ運んでいるところだ。
もう少しで一時限目の授業が始まる。
他の生徒たちはすでに教室に入っているので、廊下を出歩いているのは優たち3人だけだ。
音楽室と美術室のある芸術棟の廊下を進み、優たちは大空の広間に向かって行った。
一時限目は飛行術だ。追試験があるので、優も流和も今日は休むわけにはいかない。
そういうわけで、つい先ほどまで冷えピタでおでこを冷やしていた優も、今日は久しぶりに授業に参加する。
結局、優の正体はダイナモンの生徒に知られてしまったから、今さら隠れる必要はなくなってしまった。
今朝の朝食の席で、ダイナモンの生徒がベラドンナにやって来た事情を、流和が永久に説明した。
永久はまだ、ダイナモン魔術魔法学校に連れて行かれることに、実感が湧かないという感じだ。
「重たいわね、まったく。ところで永久、昨日の練習で飛べるようになった?」
大空の広間に続く扉の前まで来て、流和が脚立を持ちかえて一息ついた。
「飛べるようになったよね、永久」
優が意味ありげに、永久に向かってウィンクした。
「うん。あれから夜遅くまでかかっちゃったけど、吏紀くんに手伝ってもらってなんとか……」
「え、吏紀!? 永久、吏紀に手伝ってもらったの?」
「うん。 優ったらひどいのよ。途中で突然いなくなっちゃうんだもん」
「へえー、あの吏紀がね」
吏紀が人間の女の子の飛ぶ練習に付き合った、という話に、流和が意外そうに含み笑いした。
「何にしても、飛べるようになって良かったよ」
優がそう言って、大空の広間の扉を蹴り開けた。脚立を持っているので、両手がふさがっていたのだ。
広間にはすでに多くの生徒が集まっていたが、飛行術を教える羽村先生はまだ来ていなかった。
優、流和、永久の3人は、およそ5メートルはあるかと思われる脚立を、広間の隅に立てかけた。
「よし、これで準備はできた。永久、流和、手伝ってくれてありがとう」
「手に豆ができちゃったわよ」
流和が神経質に両手を叩いた。
「これで、羽村先生が許してくれるといいけどね」
と、永久が脚立を横目で見て言った。
優たち3人は、他の生徒たちがしているように、広間の壁際に並んだ。
飛行術の授業では、先生に名前を呼ばれた生徒だけが広間の中央に出て飛ぶことになっている。初心者が多いので、みんなで同時に飛ぶと危ないからだ。
他の女子生徒たちがジロジロと優を見てきた。
みんな、黄色いスキーゴーグルをかけていない優を見るのが初めてなので、物珍しいのだ。優は居心地の悪さを感じた。
「あの子は誰?」と言って優を指差した子に、別の子が「あのクルクル頭は明王児優だよ」と答えていた。
もじもじして俯いた優を、流和が肘で突いた。
「堂々としてなさいよ、みんな、見慣れない可愛い子が入ってきたからビックリしてるだけよ」
「嘘だね。きっと、ボサボサ頭の変な子って思ってるんだよ」
「それは髪をちゃんと梳かしてないからでしょう」
「あら、私は優の髪、羊さんみたいで可愛いと思うけどな」
と、永久が言った。
永久は優と違って綺麗な直毛だ。だからそんなことが言えるのではないか、と、優は思った。
ベラドンナの女子生徒の列からは離れた所で、ダイナモンの5人の生徒がかたまって立っている。
5人とも、自分たちには「近づくな」、というオーラを全身から発している。
空だけが、流和に軽く手を上げて微笑んだ。流和もそれに応えて微笑み返すのを、優は横目で見ていた。
優は壁に寄りかかって、腕組した。今朝の一件があって以来、ダイナモンの生徒は優に危害を加える危険な存在だということが、よく分かった。
だから流和が空と付き合っているというのは、優にとっては複雑な気持ちだ。
ダイナモンの生徒たちは、無愛想な態度で優たちの向かい側の壁に立っている。
魔力封じのゴーグルをはずしたことで、優には彼らの強い魔力が、何もしなくても敏感に感じられて煩いくらいだ。
優は注意深く、ダイナモンの生徒たちを観察した。
すると、セミロングの髪を上品に撒きあげた美人な女の子と目が合った。何故か、恐い目で優のことを見ている。
――タイガーアイ。光属性の中で、特に攻撃力に優れた光の魔法使いだ。
「あの子、何ていうの?」
「暁 美空よ」
優が訊くと、流和がすぐに教えてくれた。
「恐いよ、こっちを睨んでるよ」
「誰に対してもあんな感じなのよ。朱雀のことが好きで、いつもあいつの隣にいるの」
「へー、趣味悪いね」
優が笑いをこらえて、ケッケッケと息を漏らした。
美空という美女の隣にいる女の子は、色白で、妙に顔色が悪い。怪我をしているみたいで、右手に包帯を巻いていた。
――水晶。予知を得意とする光の魔法使いだ。戦闘には不向きだけど、仲間をバックアップする能力に長けている。
「あの子は、具合が悪そうだね」
優が言うと、流和が優に耳打ちした。ちょうどその時、羽村先生が大空の広間に入って来たのだ。
「彼女は月影聖羅。おとなしそうに見えるけど、差別意識の強い子だから気をつけて」
ダイナモン魔術魔法学校から来てる女の子は2人だ。
灰色のブレザーに、黒いベストと、揃いの黒いスカート。女子なのに、リボンじゃなくてネクタイだ。制服はベラドンナ女学園の方が可愛いな、と優は思った。
羽村先生が手を打ち鳴らして広間の中央に立ったので、生徒たちは私語をやめて先生に注目した。
羽村先生は、長い灰色の髪を頭の上で夜会巻きにしている、かなり高齢のお婆さんだ。その頭の形から、「玉ねぎおばさん」の愛称で慕われている羽村先生は、レディーのたしなみと私語に関してはとても厳しい。
出欠確認を開始してまもなく、流和と優が出席していることに気づいた羽村先生は、いささか大袈裟すぎるくらい驚いた顔をした。
「あら龍崎さん、お久しぶりね」
「はい、先生」
「明王児さん、あなたに関しては私、お顔も忘れてしまったくらいよ……図書委員の仕事もいいけれど、ちゃんと授業に出なさい」
「はい、先生」
「眼鏡はどうしたの? あなた確か、色盲症だったわよね」
羽村先生が優のゴーグルがないのに気付いたので、優が向かいの壁の朱雀を指差した。
「壊されたんです、あの人に」
チクるのはズルイが、公の場所で暴露するのは正義だ。
優の言葉に、女子生徒たちがざわめいた。
それまで退屈そうに壁にもたれかかっていた朱雀が顔を上げ、優を見た。
動揺してどんな言い訳をするか、と優は心の中でほくそ笑んだ。だが、朱雀はニコリと羽村先生に微笑んだ。
「男女間のもつれです、先生」
それから朱雀は馴れ馴れしく優に言った。
「そう怒るなよ、ハニー。あんな眼鏡なんかしてない方が、ずっと可愛いぜ」
朱雀の言葉に、周りの女子生徒たちがさらにざわめき立った。
「あったまきた……」
優が拳を握りしめた。殴ってやる。
「優、今ここで挑発にのったらアイツの思う壺よ。それこそ、後で何をされるか分からないわ」
流和が冷静に優を引きとめた。
「喧嘩はいけませんよ、みんな静かに!」
玉ねぎおばさんが一喝すると、騒いでいた生徒たちがその迫力にすぐに静かになった。
「喧嘩はいけませんよ、いいですね。眼鏡を壊すという破壊行為もいけません。もう大人なんですから、個人のプライバシーに私は口を挟みませんが、二人とも、後でちゃんと仲直りするようにね」
「はい、先生」
朱雀が天使のような笑みを羽村先生に向けたので、先生は満足そうに頷いた。
あんなのは嘘つきだ。先生は騙されている、と優は思った。優は口をへの字に曲げて朱雀を睨んだ。
すると、朱雀がニヤリと笑って、優にウィンクした。
周囲の女の子たちは何故か、朱雀の仕草一つ一つに感じ入ってウットリしているみたいだ。
優はうんざりして舌うちした。
「では今日は、昨日のテストに不合格だった者の追試験から行います。他の者は、見守っていてください。でも、お喋りをしたりしないように。なぜなら、他人の魔法を見ることも立派なお勉強だからです。浮力の使い方も人それぞれですから、みんな、よく見ていなさい」
いよいよ、飛行術の追試験が始まった。
「では、山口永久、前に出なさい」
「はい」
最初に呼ばれたのは永久だ。
「優、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ、死ぬところだったんだから」
今朝がた朱雀の呪縛魔法にさらされた優は、かなり大きな精神的ダメージを受けた。しかし、火傷一つ負っていない優は、医務室に行っても、ちょっと熱っぽいだけだから、と、すぐに追い出されてしまったのだ。
その後、優、流和、永久の3人は、慌ただしく朝食をすませて、今、用具置き場から持ち出した大きな脚立を、力を合わせ運んでいるところだ。
もう少しで一時限目の授業が始まる。
他の生徒たちはすでに教室に入っているので、廊下を出歩いているのは優たち3人だけだ。
音楽室と美術室のある芸術棟の廊下を進み、優たちは大空の広間に向かって行った。
一時限目は飛行術だ。追試験があるので、優も流和も今日は休むわけにはいかない。
そういうわけで、つい先ほどまで冷えピタでおでこを冷やしていた優も、今日は久しぶりに授業に参加する。
結局、優の正体はダイナモンの生徒に知られてしまったから、今さら隠れる必要はなくなってしまった。
今朝の朝食の席で、ダイナモンの生徒がベラドンナにやって来た事情を、流和が永久に説明した。
永久はまだ、ダイナモン魔術魔法学校に連れて行かれることに、実感が湧かないという感じだ。
「重たいわね、まったく。ところで永久、昨日の練習で飛べるようになった?」
大空の広間に続く扉の前まで来て、流和が脚立を持ちかえて一息ついた。
「飛べるようになったよね、永久」
優が意味ありげに、永久に向かってウィンクした。
「うん。あれから夜遅くまでかかっちゃったけど、吏紀くんに手伝ってもらってなんとか……」
「え、吏紀!? 永久、吏紀に手伝ってもらったの?」
「うん。 優ったらひどいのよ。途中で突然いなくなっちゃうんだもん」
「へえー、あの吏紀がね」
吏紀が人間の女の子の飛ぶ練習に付き合った、という話に、流和が意外そうに含み笑いした。
「何にしても、飛べるようになって良かったよ」
優がそう言って、大空の広間の扉を蹴り開けた。脚立を持っているので、両手がふさがっていたのだ。
広間にはすでに多くの生徒が集まっていたが、飛行術を教える羽村先生はまだ来ていなかった。
優、流和、永久の3人は、およそ5メートルはあるかと思われる脚立を、広間の隅に立てかけた。
「よし、これで準備はできた。永久、流和、手伝ってくれてありがとう」
「手に豆ができちゃったわよ」
流和が神経質に両手を叩いた。
「これで、羽村先生が許してくれるといいけどね」
と、永久が脚立を横目で見て言った。
優たち3人は、他の生徒たちがしているように、広間の壁際に並んだ。
飛行術の授業では、先生に名前を呼ばれた生徒だけが広間の中央に出て飛ぶことになっている。初心者が多いので、みんなで同時に飛ぶと危ないからだ。
他の女子生徒たちがジロジロと優を見てきた。
みんな、黄色いスキーゴーグルをかけていない優を見るのが初めてなので、物珍しいのだ。優は居心地の悪さを感じた。
「あの子は誰?」と言って優を指差した子に、別の子が「あのクルクル頭は明王児優だよ」と答えていた。
もじもじして俯いた優を、流和が肘で突いた。
「堂々としてなさいよ、みんな、見慣れない可愛い子が入ってきたからビックリしてるだけよ」
「嘘だね。きっと、ボサボサ頭の変な子って思ってるんだよ」
「それは髪をちゃんと梳かしてないからでしょう」
「あら、私は優の髪、羊さんみたいで可愛いと思うけどな」
と、永久が言った。
永久は優と違って綺麗な直毛だ。だからそんなことが言えるのではないか、と、優は思った。
ベラドンナの女子生徒の列からは離れた所で、ダイナモンの5人の生徒がかたまって立っている。
5人とも、自分たちには「近づくな」、というオーラを全身から発している。
空だけが、流和に軽く手を上げて微笑んだ。流和もそれに応えて微笑み返すのを、優は横目で見ていた。
優は壁に寄りかかって、腕組した。今朝の一件があって以来、ダイナモンの生徒は優に危害を加える危険な存在だということが、よく分かった。
だから流和が空と付き合っているというのは、優にとっては複雑な気持ちだ。
ダイナモンの生徒たちは、無愛想な態度で優たちの向かい側の壁に立っている。
魔力封じのゴーグルをはずしたことで、優には彼らの強い魔力が、何もしなくても敏感に感じられて煩いくらいだ。
優は注意深く、ダイナモンの生徒たちを観察した。
すると、セミロングの髪を上品に撒きあげた美人な女の子と目が合った。何故か、恐い目で優のことを見ている。
――タイガーアイ。光属性の中で、特に攻撃力に優れた光の魔法使いだ。
「あの子、何ていうの?」
「暁 美空よ」
優が訊くと、流和がすぐに教えてくれた。
「恐いよ、こっちを睨んでるよ」
「誰に対してもあんな感じなのよ。朱雀のことが好きで、いつもあいつの隣にいるの」
「へー、趣味悪いね」
優が笑いをこらえて、ケッケッケと息を漏らした。
美空という美女の隣にいる女の子は、色白で、妙に顔色が悪い。怪我をしているみたいで、右手に包帯を巻いていた。
――水晶。予知を得意とする光の魔法使いだ。戦闘には不向きだけど、仲間をバックアップする能力に長けている。
「あの子は、具合が悪そうだね」
優が言うと、流和が優に耳打ちした。ちょうどその時、羽村先生が大空の広間に入って来たのだ。
「彼女は月影聖羅。おとなしそうに見えるけど、差別意識の強い子だから気をつけて」
ダイナモン魔術魔法学校から来てる女の子は2人だ。
灰色のブレザーに、黒いベストと、揃いの黒いスカート。女子なのに、リボンじゃなくてネクタイだ。制服はベラドンナ女学園の方が可愛いな、と優は思った。
羽村先生が手を打ち鳴らして広間の中央に立ったので、生徒たちは私語をやめて先生に注目した。
羽村先生は、長い灰色の髪を頭の上で夜会巻きにしている、かなり高齢のお婆さんだ。その頭の形から、「玉ねぎおばさん」の愛称で慕われている羽村先生は、レディーのたしなみと私語に関してはとても厳しい。
出欠確認を開始してまもなく、流和と優が出席していることに気づいた羽村先生は、いささか大袈裟すぎるくらい驚いた顔をした。
「あら龍崎さん、お久しぶりね」
「はい、先生」
「明王児さん、あなたに関しては私、お顔も忘れてしまったくらいよ……図書委員の仕事もいいけれど、ちゃんと授業に出なさい」
「はい、先生」
「眼鏡はどうしたの? あなた確か、色盲症だったわよね」
羽村先生が優のゴーグルがないのに気付いたので、優が向かいの壁の朱雀を指差した。
「壊されたんです、あの人に」
チクるのはズルイが、公の場所で暴露するのは正義だ。
優の言葉に、女子生徒たちがざわめいた。
それまで退屈そうに壁にもたれかかっていた朱雀が顔を上げ、優を見た。
動揺してどんな言い訳をするか、と優は心の中でほくそ笑んだ。だが、朱雀はニコリと羽村先生に微笑んだ。
「男女間のもつれです、先生」
それから朱雀は馴れ馴れしく優に言った。
「そう怒るなよ、ハニー。あんな眼鏡なんかしてない方が、ずっと可愛いぜ」
朱雀の言葉に、周りの女子生徒たちがさらにざわめき立った。
「あったまきた……」
優が拳を握りしめた。殴ってやる。
「優、今ここで挑発にのったらアイツの思う壺よ。それこそ、後で何をされるか分からないわ」
流和が冷静に優を引きとめた。
「喧嘩はいけませんよ、みんな静かに!」
玉ねぎおばさんが一喝すると、騒いでいた生徒たちがその迫力にすぐに静かになった。
「喧嘩はいけませんよ、いいですね。眼鏡を壊すという破壊行為もいけません。もう大人なんですから、個人のプライバシーに私は口を挟みませんが、二人とも、後でちゃんと仲直りするようにね」
「はい、先生」
朱雀が天使のような笑みを羽村先生に向けたので、先生は満足そうに頷いた。
あんなのは嘘つきだ。先生は騙されている、と優は思った。優は口をへの字に曲げて朱雀を睨んだ。
すると、朱雀がニヤリと笑って、優にウィンクした。
周囲の女の子たちは何故か、朱雀の仕草一つ一つに感じ入ってウットリしているみたいだ。
優はうんざりして舌うちした。
「では今日は、昨日のテストに不合格だった者の追試験から行います。他の者は、見守っていてください。でも、お喋りをしたりしないように。なぜなら、他人の魔法を見ることも立派なお勉強だからです。浮力の使い方も人それぞれですから、みんな、よく見ていなさい」
いよいよ、飛行術の追試験が始まった。
「では、山口永久、前に出なさい」
「はい」
最初に呼ばれたのは永久だ。
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