月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

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第3章 図書室への侵入者

5話

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 永久は緊張した面持ちで広間の中央に進んだ。

「頑張って」
「しっかりね」

優と流和が、エールを送る。

 天窓から光が差し込む広間の中央で、永久は深呼吸して目を閉じた。
ダイナモンの生徒たちが、永久を見てニヤニヤ笑っている。「飛べるわけないわ、人間なのよ」と、具合の悪そうな聖羅が小声で言うのが、優にも聞こえてきた。
だが、吏紀だけは無表情で永久を見つめている。

 羽村先生は大きな釣竿の先にリンゴを取り付けると、それを専用の滑車に装着して糸を巻き戻した。
リンゴは床から5メートルくらいの高さまで引き上げられ、そこで止まった。

「自分の力で、あのリンゴを取るんですよ。さあ、どうぞ」
羽村先生の合図に、永久は無言で頷いた。

 生徒たちが固唾を飲んで見つめる中、永久は小さな声で昨日、優に教えてもらった言葉を唱えた。
「楽しみ、喜び、感謝、歌声」
何も起こらなかった。
少なくとも、周りで見ていた他の生徒たちは、どうせ今日も永久は飛べないだろうと思った。
 だが次の瞬間、永久は風を受けて踏み出した。
突如、光の粒が永久の周りで弾け、永久の身体は重力から解放されて、ふわりと舞い上がった。

「永久はついにやったのね」
「うん、綺麗だね」
 永久は光の衣をまとった天女のように輝きに包まれ、その姿はまるで天使のようにも見えた。永久の飛行は、その場にいた誰もが息を呑むほど美しい光景だった。
ゆるやかに上昇していった永久は、吊り下げられたリンゴを手にとって、軽々と地面に舞い降りて来た。

「山口永久、よくできました。近代稀に見る、美しい飛行です。涙しながら練習した甲斐がありましたね、合格です」
 羽村先生が惜しみなく永久に賛辞を送った。
「ありがとうございます。友人たちが、励ましてくれたおかげです」
 永久はそう言って、優と流和を見た。
「ブラボー! 永久」
 優が口笛を吹いて拍手した。流和も、そんな優の隣で少し恥ずかしそうにしながら、永久に手を振った。

 永久はそれから、ダイナモンの生徒たちがいる方をチラリと振り返った。
吏紀が一瞬、永久を見て微笑んだように見えた。永久は嬉しそうに笑った。
「お前、あの子と……」
朱雀が気付いて、何か言いたそうに吏紀を見た。
「別に何もない」
吏紀はすぐに、いつもの何を考えているか分からない表情に戻った。


 それまで全然飛べなかった永久が、昨日の今日で美しい飛行が出来るようになったことで、クラスメイトたちが驚きの声を上げている中、羽村先生が次の生徒の名前を呼んだ。
「では次、龍崎 流和。 前に出なさい」
「はい」

 流和は真っすぐに広間の中央に進み出て、羽村先生に言った。

「先生、このテストの判断基準は、あのリンゴを取ることですよね」
「そうです。何か問題がありますか?」
「いいえ、ありません」

 流和は栗色の巻き毛をかき上げると、宙に吊り下げられたリンゴを見上げた。
大空の広間が一瞬で静まり返った。みんなが流和に見とれているのだ。
授業への出席率は悪くても、流和が完璧に飛行できることは、クラスメイトの誰もが知っていた。そして、みんなが流和に見とれているのは、流和の容姿がシンデレラのように美しいからだ。
 羨ましいよなあ、と、思いながら、優はぼんやり流和のテストを見守った。

 みんなの注目を一針に集めた流和は、片手を腰にあて、反対の手を頭上にかざすと、指をパチンと鳴らした。
すると、釣り糸が切れて、吊るされていたリンゴは重力に従って流和の手の中に落ちて来た。
 流和がリンゴを羽村先生に渡すと、先生は目を丸くして流和を問い詰めた。

「あなたは飛べるでしょう、どうして、浮力を使わなかったの? それとも、ダイナモンから来たあなたにはこのテストは簡単すぎたのかしら」
羽村先生が不快そうに眉をしかめたので、流和は首を振った。
「今日は男子生徒がいるので、飛ぶのは嫌なんです。パンツが見えちゃうわ。彼らにパンツを見られるなんて、絶対にイヤです」
流和はそう言って、ダイナモンの3人の男子生徒を一瞥する素振りを見せた。
「女子高に男子生徒がいるなんて、変よ」
「そうですか、わかりました。龍崎流和さん、あなたの評価は残念ながらCとします。ぎりぎり合格点よ」
「ありがとうございます」
流和はスカートの端をつまんで、うやうやしく先生にお辞儀してから、優と永久の待つ壁際に戻ってきた。

 ダイナモンの生徒たちは無表情だったが、空だけが笑いを噛み殺してうつむいていた。

「今のはまずかったんじゃない?」
 永久がたしなめるように流和を見た。
「ニュートンの法則を使ったのよ。理科で習ったでしょ」
「そういう問題じゃないでしょう」
「合格点をもらえて良かったね。次はきっと私の番だよ。脚立を運ぶの手伝って」
 優が、先ほど運んできた脚立の所で二人を呼んだ。

「では次、明王児 優。 前に出なさい。あなたが授業に出るのは、もしかして今日で2回目じゃないかしらね」
「はい」

 優は、流和と永久に手伝ってもらって、巨大な脚立を広間の中央まで運び出した。

「ちょ、ちょっと。あなたたち、何してるの?」
 セットされた脚立を見て、先生が明らかに動揺した様子で言った。
周りの生徒たちも、運び出された脚立を見てざわめき立った。
優に、好奇の眼差しが突き刺さるほど注がれた。それは、優がシンデレラのように美しいからではない。誰もが、優は飛べないだろうと思っていたから、どうやってこのテストを乗り切るつもりなのか、興味があったからだ。

 ダイナモンの生徒たちでさえ、呆れて物も言えない、という様子で優を凝視している。

「先ほど先生は、吊り下げられたリンゴを自分の力で取ればいいと仰いました。でも、あいにく私は飛べません」
優は、脚立の足を流和と永久に抑えてもらって、ゆっくりとそれを上り始めた。

「魔法使いは、魔法を使うから優れているのではありません。かの昔、モアブの民がそうだったように、魔力は常に偉大な知恵と共にありました。世界には今3つの力があります。魔力と自然の力と、そして文明の力。山口さんは魔力でリンゴをとり、龍崎さんは自然の力でリンゴを取りました。知恵があれば、私たちはどんな力も有効に使うことができます。私は最後に文明の力、この脚立を使って……」

 優はグラつきながら脚立のてっぺんまで上り、リンゴを取った。
「聖べラドンナ女学園は、文明社会の真っただ中にある魔法学校です。ですから、魔法使いだからと言って魔力だけに頼るのではなく、魔力と、自然の力、それに人が生み出した文明の力を、知恵によって正しく用いることこそ、私たちの使命です。このテストで実証されたように、どの力を利用しても、リンゴを取ることができました。大切な事は、どの力を用いるにしても、使い手の心が正しいかどうかです。もし正しい心でそれを用いないなら、人を傷つけたり、悲しませたりするからです」

優はリンゴを一口噛んで、脚立の上から高円寺朱雀を睨みつけた。
朱雀と優の目が合った。その瞳の色が、赤茶色から深紅に変わったとき、羽村先生が口を挟んだ。

「よろしい、結構な演説です。明王児 優。危ないから早く、降りなさい。あなたの評価はC-です。かなり、ぎりぎりおまけで、合格点をあげましょう。理屈を語るのも結構ですが、立派な魔法使いになる努力を怠ってはいけませんよ」

 優はリンゴをブレザーのポケットにしまって、脚立を下りた。
ダイナモンの生徒たちが敵意を剥き出しにして優を見ていたが、優は彼らを無視した。
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