月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

文字の大きさ
33 / 134
第4章 沈黙の山

5話

しおりを挟む
 真っ暗闇だ。
そういえば優は、鏡抜け魔法を知らなかった。朱雀のキザさに呆れて一人で賢者の鏡に飛びこんでしまったけど、今考え直して見ると、随分と無茶なことをしたものだと思う。
出発前に吏紀が鏡抜け魔法の注意を説明していたようだけど、優は<光の魔法と古の魔女>との会話に夢中で、あまり聞いていなかったし。

上も下も分からない暗闇の中を、優は歩き続けた。



「たった3歩でダイナモンに着くんじゃなかったの?」
 やがて聞き覚えのある声がして、優は足を止めた。

「流和?」
「優も来たわね」
「うわっ」
「きゃあ!」

 優は暗闇の中で、誰かにぶつかった。
「ちょっと! 気をつけてよ」
 ダイナモンの暁美空の声だ。
その優に、今度は後ろから朱雀がぶつかってきた。

「なんだこれは、どうなってる?」
「これで、全員そろったな。やっぱりおかしい。どうやら俺たちは、そろって鏡抜け魔法に失敗したようだ」
「そんなまさか、どうしてだ」
「私たち、どうなっちゃうの?」
「なんだか、息苦しいわね……」

 空気圧が増したような圧迫感が、闇の中にいる全員を襲った。
窓のないとても狭い部屋の中に、ぎゅうぎゅうに押し込められているみたいに、蒸し暑くて、息苦しい……。

 そんな中で、空の囁く声が筒抜けで聞こえて来た。
「ここで圧迫死するとしても、君と一緒なら本望だよ、流和」
「こんなときに、ふざけないで」

 流和に冷たくあしらわれても、空は気にかけてはいないようだ。不思議と、真っ暗闇の中でも息使いや語調から、互いの雰囲気を感じ取れる。
優の背後で、空と流和のやりとりに朱雀がほくそ笑んでいる気配がした。実際、朱雀は少し笑ったかも知れない。

「汗をかいた身体を柔らかな女性と密着させることは、男にとってはある種のロマンだ」
「不潔。近寄らないでよ」
 優が朱雀を肘で突いた。
「痛いな、狭いんだよ。変だな、どんどん狭くなってるみたいだ」
「これって、満員電車よりもひどいわ」
 永久が苦しそうに言った。

「鏡の中での死。詩人も想像できないような死にざまだな」
 吏紀までもが感傷深いことを言い始めた。

「男って最低ね」

 圧迫感が、数秒ごとに強くなっていく中で美空が呟いた。

「さあ、どうする?」
「朱雀、なんとかしてよ」
「無理だ。出口が分からないし、第一、何が原因でこうなったのかも分からない」
「今、闇雲に動くのは危険なような気がするな」

「お前、さっき、本棚で燃えた本と何か話してただろう」
「そういえば優、最初に鏡に入ろうとした永久に、鏡に入っちゃダメって言ったわよね」
 朱雀と流和に言われて、優は、<光の魔法と古の魔女>に言われた呪いのことを思い出した。
もしかして、ムーンカードから受けた呪いはこのことだろうか?
呪いを解くためには……。

「永久、さっき私に見せてくれたムーンカード、貸して」
「この状況で、占いでも始めるつもり?」
「馬鹿な子」
 美空と聖羅が呆れて呟いた。狭い部屋の中にいるようなもので、どんな小さな声で囁いても丸聞こえだ。

「まったく、藁にもすがりたい気持ちだな」
「優、どこにいるの?」
「こっちよ、永久」
「うわ、ちょっと、なんだよ、動きまわるな。貸せ、俺が優にまわす」
「これよ、優にまわして」
「わかった。おい優、どこだ、手を伸ばせ」

 闇の中で、空の声をたよりに優は手を伸ばした。だが、届かない。
空と優との間には、流和、美空、聖羅がいる。

「届かないよ!」

 そうこうするうちにも、圧迫感と息苦しさが増し、そろそろ本当に限界が近づいて来た。
「美空、手伝ってやれ」
朱雀がじれったそうに言った。

「もう、仕方ないわね! ほら、手を出して」

 空から美空に手渡されたムーンカードは、美空から無事に優の手に届いた。

「ふう、よし取れた。皆さんご協力ありがとう」
「こんな状況でやるからには、とっておきの手品を見せてくれるんだろうな」
 と、朱雀が言った。

「その前に、一体何をするつもりなのか説明してもらいたいわ、このままじゃ私たち、本当に死んじゃう!」
 美空が苦しそうに叫んだ。

「本が教えてくれたの。私たちは魔女に呪いをかけられた、って」
「呪いだって? どういうことだ」
「魔女が、墓の底からムーンカードを介して私たちに呪いをかけたのよ。誰も触ってないのに、気味の悪いカードが表向きになっているのを永久が見つけたの。これは魔女の呪いなのよ、多分。もしかしたら、鏡の中に閉じ込められたのはそのせいかもしれない。本当は鏡に入る前にその呪いを解かなくちゃいけなかったんだけど……」
「呪いを解く方法があるのか?」
「あるなら、早くやって!」
「カードを、燃やすの」
「優、お願い!」

 優はムーンカードをかざして、魔力を指先に集中させた。
ムーンカードを燃やすことさえできれば、呪いは解けるはずだ。だが、力がどうしても湧いて来ない。
これも、魔力封じのスキーゴーグルを3年間かけ続けていたツケなのだろうか。

どうしよう……、物を燃やすのって、こんなに難しかったっけ。
そう思った時、闇の中で熱い手が優の手をつかんだ。

「しっかりしろよ、ハニー。本物の一流は、どんな状況でも事を成し遂げるものだ」
 朱雀が挑発するように、優の耳元で囁いた。
触れた肌から、炎の力が伝わって来る。

 優の身体から炎の力が流れ出していく。
やがて、優の手に握られたムーンカードが暗闇の中に鮮やかに燃え上がった。
優の手の中で、一枚のムーンカードが紅色の炎に焼かれる光は、この世のものとは思えないほど美しかった。
それは朱雀が、真実の鏡の中に見た優の炎と同じものだ。

束の間、優の炎の輝きに誰もが息を呑んだ。

やがて、ムーンカードの焼ける焦げくさい臭いに混じって、優は強い薔薇の匂いを感じた。
一体、どこから? 優が不思議に思ったとき、カードが燃え尽きて炎が消えた。

瞬間、強い冷気が吹きこんだかと思うと、突然、足もとの底が抜けたように身体が支えを失った。

「へ!?」
「ッきゃあああああああーーーーーーーーー!」

 悲鳴と強風に、一体全体何が起こっているのか、優は全く分からなくなった。
身体が下に引っ張られている。いや、落ちている!? そうだ、落ちているのだ!
強風にもみくしゃにされ、身体は重力を受けてどこまでも落下していく。

 真っ暗だ。
でも、光が見える。
月の光だ。雲ひとつない、夜空の中を、優たちは真っ逆さまに落ちている。

落下の速度に身体が耐えきれず、息をすることもままならない。
ここはどこだろう。
私たちはどこへ落ちて行くのだろう。

ゲイルの予言書をしっかりと胸に抱え、優は落ちて行く先を見つめた。
風で目があまり開けられない。
かろうじて見えるのは、月明かりに照らし出された、黒い山。

優の傍を、永久と流和も一緒に落ちていた。ダイナモンの生徒たちも周りにいる。

「浮力を使え! 飛ぶんだ!」
 ダイナモンの生徒たちは、それぞれに杖を取り出し、光を帯びながら宙を旋回し始めた。

「やだ、どうしよう!」
 まだ、飛ぶことに慣れていない永久が悲鳴を上げた。
すぐに、流和が永久に手をさし伸ばす。だが、それよりも早く、杖に乗った吏紀が永久を抱きかかえた。
「大丈夫、落ちつくんだ」

 吏紀のアメジストの光に包まれた永久は、すぐに平静を取り戻し、自分の力で浮力をつかんだ。
永久のダイヤモンドの輝きが辺りを照らし、流れ星が降って来たみたいな錯覚を優は覚えた。

「流和、俺も抱いてやろうか」
「まあ、優しいのね、空」
 流和は空中で笑いながら空を押しのけると、自分は青いサファイアの輝きを呼び寄せて、軽やかに宙を舞った。

 みんな、空を飛んでいる。
優も空を飛べるはずだった。だけど、どうしてなのか上手く力が出ない!
他の全員が宙を旋回する中、優の身体だけが落下速度を増し、硬い地面に向かって真っ逆さまに落ち続けている。

「きゃあああッ! どうしよう、私飛べなくなっちゃったみたい!」
「優!?」
「冗談だろう? 炎の魔法使いが空を飛べない!?」
「きゃああああああああああーーーーーーーッ!!!!!!」

「アイツ、本当に最悪だな」
 朱雀が舌打ちし、次の瞬間にはもう優を追いかけて急降下して行った。
急がないと、優はハンプティー・ダンプティー。壁から落ちた卵のようにぺしゃんこだ。

 地上から数十メートルのところで、優は朱雀の脇に抱えられて危機一髪、落下死を免れた。
少し重たい荷物を抱えるように、朱雀が暗い地面に降り立った。

「これは何かの冗談のつもりか。空も飛べないなんて、聞いてないぞ。いや、もしかして、スリルを楽しんでるだけなのかな? お嬢さん」
「違うよ、もう……、どうしてなのか分からない。全然、思い通りにいかない……」
 優は地面に片手をついて、乱れた呼吸を整えた。足がガクガク震えている。だが、反対の手には、しっかりとゲイルの予言書が抱えられている。
「死ぬかと思った」
「ダイナモンに着いたら、みっちり鍛えてやるから、覚悟しとけよ」
 そう言った朱雀の瞳が、紅色に輝いた。

「え? ダイナモンに着いたら、って、ここはダイナモンじゃないの?」

「ここはダイナモンじゃない」
 二人を追いかけて宙から降りて来た吏紀が、朱雀の代わりに優に答えた。
他のみんなも、それぞれの光を帯びて優と朱雀の周りに舞い降りて来た。

 見上げると、暗い山に、モミの木がギッシリと生い茂っている。
山の麓には大きな湖。風がないせいか、水面はシルクのように滑らかだ。
大きな満月が、低い位置で地上を青く照らしだし、辺りは幻想的な雰囲気に包まれている。
星が一つも見えないほど明るい、満月の夜。
四方を山に囲まれたこの場所には、近くに民家があるような気配が全くしない。静かだ。

「じゃあ、ここはどこなの?」

 優の問いかけに、深刻な顔をした吏紀が答えた。

「普段は魔法使いでも寄りつかない場所。 ここは、古の魔女アストラが封印されている、沈黙の山だ」

「……、へえ」
 優はポカンと口を開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

処理中です...