月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

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第7章 戦え、生きるために。

6話

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 朱雀と優の二人がダイナモンに帰って来たのは、中央広間の大きな鷲時計がちょうど夕方の六時を指して鳴っている時だった。
 ダイナモンの生徒たちが夕食を食べるために食堂に集まって行く中、二人は無事に戻ったことを業校長に報告して、「すぐに風呂に入れ」と言われたので、空腹と疲労で重たい足取りで東の塔の階段から降りて来た。二人がそれぞれの寮に向かうために中央広間に戻って来たところで、流和と永久が二人を見つけて走り寄って来た。

「おかえりなさい! 無事に戻ったのね。 思ってたより遅かったから心配してたのよ、って、二人ともびしょ濡れじゃない!」

 流和が言った通り朱雀も優も、頭からつま先まですっかりびしょ濡れになっていた。
 疲れ切った様子の朱雀が、優を見下ろして言った。
「コイツが亀みたいにノロノロ飛ぶせいで、途中で低気圧の雲に巻き込まれたんだ」
 すると、濡れているせいでいつもより縮んだように見える優が、鼻の穴を膨らませてギロリと朱雀を睨んだ。
「私のせい!? 朱雀が進路を読み間違えたから嵐に合ったんじゃん」
「お前のことを考えて最短ルートを選択したんだぞ。もう少し早く飛べば、雲に追いつかれることもなかったのに」
「だから言ったんだよ、お腹が空いてるから速く飛べないってさ!」
「ふん、追い風だったし、ここまで亀飛びになるとは思わなかったのさ。ああ疲れた。雷に打たれなかっただけ幸運だったと思えよ。誰のおかげだと思ってる」

 見ると、窓の外で青白い光がパッと射し、ゴゴゴという不気味な音が遠くのほうで響いた。途端にザーっと音を立ててダイナモンの校舎にも激しい雨が打ち付けて来た。

「へっぐし!」
 優がくしゃみをした。
 髪の毛からもスカートからも水がしたたり落ちている。

「風邪をひいたら大変、二人とも早くお風呂に入った方がいいよ」
「校長先生からもそう言われたよ、夕ご飯よりも先にお風呂に入れ、って」
「ふん、火の魔法使いが風邪をひくなんて、一生の恥だ」
 朱雀はそう言うと指をパチンと鳴らした。すると瞬く間に炎が朱雀の体を包み、濡れて垂れ下がっていた髪や、水がしたたりおちていた制服から水気が一瞬でとんで消えた。そして朱雀は優を置いて真っすぐに食堂の方に歩いて行った。
「ちょ、ずるい! 私にも」
「いやだね。ブックを取り返したんだから、実用的な魔法は自分で学べ」

 食堂の方に姿を消した朱雀を、ズブ濡れの優は恨めしそうに見つめた。その横で永久が感心したように、「瞬間ドライ……」と呟いている。

「優、ブックと杖を取り戻したのね」
 流和がホッとしたように言う。
「でも、朝から何も食べてないんだよ。お腹がすいてもう死にそう……へっぐし!」
「私と永久で夕食を部屋に運んであげる。優は先に戻って、温かいお風呂に入るのよ。これじゃ本当に風邪をひいてしまうわ」
「わかった。……プリンを忘れないでね?」

 流和に恐い顔で急かされて、優は言われた通りに女子寮の自室に戻った。イチジク寮の自分の部屋に入るとまず、暖炉に炎をともして部屋を暖める。それから部屋で濡れた服を脱ぎ捨てて、裸でバスルームに向かい、パッションピンク色の蛇口をひねってお湯を出す。溢れだす温かなお湯に触れると、体からスーッと疲れが抜けて行く気がした。身体全体をシャワーで流してからピンク色の浴槽につかり、優はお湯の中で伸びをした。
 朱雀に言われたのを思い出し、「ブック」と唱えて自分の魔法書を呼びだしてみる。
 優のブックはすぐに優の手の中に現れた。
「体を一瞬で乾かす魔法なんてあったっけ?」
 優がページをめくろうとすると、優の手が表紙に触れるよりも先にブックがパラパラと自然に開いた。まるで生きているみたいだ。
 久しぶりに扱うブックの動きに、優はちょっとだけ驚いた。ブックはその持ち主の心と通じているから、主人が必要としている魔法を自らの意思で指し示すことができるのだ。
 開かれたページには、「炎のウチワ」と書かれていた。
 優はそこに書かれている内容を読み上げた。
「水滴や霜や氷を払い落すことが出来る。払いのけたい! という『気持ち』を込める。強い気持ちを込めるほど、敵の攻撃を退ける防御魔法ともなりえる」
 なるほど、この魔法には呪文は必要ないみたいだ。それは、この魔法がそれほど難しいものではないことを意味していた。

 優はバスタブから上がって濡れた体をピンク色のタオルでくるむと、鏡の前に立って、その中に写る自分の姿に払いのけるように手を振った。
 すると火の粉がキラキラと煌めき出てきて、優の濡れた髪の毛や体から一瞬で水気がとんで消えた。
 乾いた髪の毛がふわふわと優の肩に垂れさがっているのを見て、優は満足そうに頷いた。乾いた体は木漏れ日に照らされているようにぽかぽかと温かい。これは実用的な魔法だ、と優は思った。
 ブックには、炎のウチワは他の人にもやってあげることができると書かれていた。 
「朱雀ったら……やっぱり私にもかけることができたんじゃないの。覚えてなさいよ」
 優はそうつぶやいて、タオル一枚でバスルームから出て行った。

 応接間では、すでに流和と永久が優のために持ってきた夕食をテーブルの上に広げているところだった。

「美味しそう~!」
 優はバスタオルのままテーブルについて、並べられた食事に目を輝かせた。ハンバーグ入りのミートスパゲッティにコンソメスープ、シーザーサラダ、それにプリンと、デザートにはストロベリーパフェだ。「服を着てからにしなさい」と言う流和の言葉を無視して、優は「いただきまーす!」と一言、食事にかぶりついた。
「今、紅茶入れるね」
 と言った永久が、ふと何かに気づいたように優の髪に触れた。
「あれ、優の髪、もう乾いてる。ドライヤー使ったの? あ、でもコンセントがないからドライヤーは使えないんだっけ。なにこの髪、すごく綺麗でフワフワしてる」
「えへへ、魔法を使ったんだよ。さっき朱雀がやったやつ。ブックに書かれてたんだけど、難しい魔法じゃなかったから私でもすぐにできたよ」
「なるほど、朱雀があのとき簡単に優に魔法をかけなかったのには、意地悪じゃなくちゃんとした意味があったみたいね。アイツなりに、優に魔法を学ばせようとしてるんじゃないかしら」
 流和が意味深に呟く。
 と、優はミートスパゲッティを口いっぱいに頬張って首を横に振った。
「ちがう! あえはただの、い・じ・あ・うッ!」

「はいはい、あれはただの意地悪ね」
「それはそうと優、朱雀くんと二人で山形まで行って来たんでしょう? 苛めたれたりしなかった?」
「うん、大丈夫だった。久しぶりに空を飛んで、とっても気持ちがよかったよ! 永久たちは? 私がいない間、ダイナモンで苛められなかった?」
「空と吏紀がずっと一緒だったからね、今日は比較的平和な一日だったわ」
 と、流和が答えた。
「今日はね、魔法史と魔法植物学と古代文字と予言書について学んだの。ほとんど机に座って聞いている授業だったから、なんとか大丈夫だった。でも、音楽の授業がないなんて、ありえないって思うの」
 そう言いながら、永久が優と流和に紅茶を入れてくれた。熱々のカモミールティーだ。
「永久は音楽が一番好きな科目だものね。そういえば、ヴァイオリン、持って来てたわよね」
「ええ、でも意味なかったわ」
「そうだ、三人で庭妖精を見に行く時、ピクニックみたいにしようよ。その時、永久に庭でヴァイオリンを弾いてもらうことにするの」
「そうね、明後日の土曜日、授業は休みだから、その時はどう? 晴れたら三人でお昼に庭でピクニックするのは」
「それってすごくいい考えだと思う。楽しみ!」
 永久が小さく手を打って飛び上がった。

「ところで」
 と、いきなり永久が思い出したようにポットを置いてテーブルに座った。
「優はもう、朱雀くんから申し込まれた?」
「申し込まれたって、何のこと? デュエルとか?」
 話の内容にはまるで興味がなさそうに、コンソメスープの皿に直接口をつけてガブ飲みし始めた優。そんな優を横目に、永久と流和が目配せし合った。

「ダイナモンの魔法舞踏会の、パートナーのことよ。私は今朝、空から申し込まれたの」
「ふーん。永久は?」
「私は……吏紀くんに」
「ふーん……。それって、パートナーがいないとダメなの?」
「そう、ね。舞踏会のメインは踊ることだから、パートナーがいなかったらきっと、すごく寂しい思いをすることになると思うわ」
「ねえ、優も行きたいでしょう? ダイナモンの魔法舞踏会は、すごいらいいのよ! 屋内花火が上がって、たくさんの花と踊りの妖精が音楽に合わせて踊る、とても幻想的でロマンチックな夜になるんだって! ねえ、ねえ、優?」
「うん、行きたい! けど、パートナーがいないとダメなのかあ……」
「もしかしたら朱雀がもう優に申し込んでいるかも、って私たちは思ってたんだけど、朱雀は何も言ってなかった?」
「ないない! あの人が私に申し込むわけないよ。嫌われてるもん」
「そんなことは……」
「ねえ、女の子の方から男の子にパートナーの申し込みをするのはダメなの?」
「そうね、パートナーの申し込みは男の子から女の子にするものって決まってるわ。暗黙の社交ルールみたいなものよ。けど、女の子は誘ってもらいたい相手に手作りのお菓子をプレゼントすることで意思をアピールすることができるわ」
「お菓子かあ、なるほど!」
「優、お菓子をつくる?」
「うん! お菓子を作って、ダンスに誘ってもらうことにする!」
「それはいい考えだと思うわ。きっとアイツも、驚くわよ」
 流和と永久がまた目配せし合って笑った。
 このとき、流和と永久は話の流れから、優が『朱雀』にダンスのパートナーを申し込んでもらうためにお菓子を作ると言いだしたのだと思った。しかし実際には、優が思い浮かべていたのは朱雀ではなく、全く別の男の子のことだったのだ。
 この誤解が後に、ちょっとした波乱を呼ぶことになるとは、今は誰も知る由がない。



 その頃、南西の女子寮とは反対方角にある北東の塔では、夕食を終えた朱雀が自室に戻り、暖炉の前でくつろいでいるところだった。
離れた塔にいても感じ取れる優の熱を意識すると、自然と心臓の鼓動が早くなる。
 そして思いだされる――優の涙。きっとどんな魔法を使っても、あの雫を払うことはできないだろう。
 初めて優に出会った時に、朱雀は優に呪縛魔法をかけたことを、ふと思い出した。
 あのとき、『殺すなら、殺せばいい。父さんと母さんを殺したように!』と、優は言ったのだった。優の両親は魔法使いに殺されたのだろう。
 魔法界でも殺人は重い罪に問われる。一体、優の両親を殺したのは何者なのだろうか。あるいは、優も闇の魔法使いの犠牲者なのか。
 優の両親を殺害したのが、まさか自分の父親だとは想像もしていなかった朱雀は、優の生い立ちにいつまでも思いを巡らしていた。

 ドアをノックする音がして、空が入って来た。
「山形はどうだった?」
 空の問いかけに、朱雀は暖炉の炎を見つめたまま、振り返らずに答えた。
「そうだな、なかなか興味深かった」
「ふーん。で、優に惚れた?」
「お前はそればっかりだな。うるさい」
 やけにご機嫌な様子で朱雀の顔を覗きこんでくる空をうざがって、朱雀は目を閉じた。

「舞踏会のことなんだけどさ、俺は流和に申し込んだよ。吏紀は、永久に」
「……、へえ。そういえば、もうそんな時期だったな」
「お前は誰に申し込むか、もう決めたのか?」
「誰だと思う?」
「優だろ」
「……。」

 空にはすっかりとお見通しというわけだ。朱雀は目を開けて、暖炉の中を覗いた。

「……あいつ鈍感そうだからな。今年は苦労させられそうだ」
 崩れた薪を火かき棒で組み立て直しながら、朱雀がそう言ってイヤそうに笑った。
 だが、そんな朱雀の様子から空が受けたのは、とても優しい、恋する炎の魔法使いの温かさだった。
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