【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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2 これからも頑張れる気がした

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 翌日から、松島は毎日、一太のピアノの練習に付き合ってくれた。きちんと爪を切って指の形に気を付けて弾くと、とても弾きやすい。その形に慣れると、よくあんな寝かせた形で弾いていたな、と思うくらいだ。
 適当に使っていた指の置く位置も、この音はこの指で、と厳しく直された。音が間違っていないのだからいいじゃないか、と思ってしまうが、決まった指で弾く癖をつけておかないと難しい曲になったときに絶対困るという。
 いつも優しくて、どんな酷い演奏でも、良くできたね、から話し始める松島にしては珍しく厳しく指摘するから、一太は、これは絶対気をつけなくちゃいけないことだ、と気にするようになった。
 そして、結果は見事に合格。

「ありがとう。松島くん、本当にありがとう!」

 合格、の声を聞いた一太は感動のあまり、ピアノから立ち上がってまっすぐ松島の席に向かい、松島の両手を握って涙ぐんでしまった。

「村瀬くん、まだ授業中よ。それに、二曲目でそれじゃ先が思いやられるわね」

 ピアノ担当の先生が茶々を入れて、周りで女の子達の笑い声が弾ける。
 確かにそうだと折角の弾んだ気持ちが落ち込んで、一太がうつ向いた時だった。

「僕が受からせてみせます」

 松島がにっこり笑って宣言したのだ。
 きゃあ、とまた笑い声が弾けた。

「仲良しね」
「いいなあ。松島くん、ピアノ上手だから私も教えてほしい」
「松島先生、私もお願いします」

 がやがやと声が上がる。

「静かに! テスト続けます。次、森本かれんさん」

 松島は一太を隣の席に座らせて、ぽんぽんと頭を撫でた。驚いて見上げる一太の耳元に口を寄せる。

「おめでとう」

 一太が、うんと頷くと更に頭を撫でながら、本当に頑張った、と続けてくれるから、一太はさっきせっかくこぼさずにすんだ涙がまた目に戻ってきて、困ってしまった。一生懸命ぱちぱちと瞬いて涙を誤魔化す。

「さっき言ったの、本当だからね。これからも絶対合格できるように教えてあげる」

 追い打ちをかけるように、耳元でそんな言葉を紡がれたらどうにも堪らず、一太はうつ向いて、ぽろぽろぽろぽろと涙をこぼした。
 本当に大変だけれど、やっぱり大学に入って良かったと心から思いながら。
 ピアノのテストが無事に終わり、次の授業も仲良く隣同士で受けた後、一太は意を決して松島に声をかけた。

「ま、松島くん。食堂でご飯食べる?」

 いつもは食堂に誘われても断り、一人、バイト先でもらってきた賞味期限切れの弁当やおにぎりを食べている一太だが、こんなにも世話になった松島へのお礼をしなくてはいけない、と考えに考えて出した答えが、大学の食堂で何か奢ることだった。
 外食の値段など幾らかかるか知らなかったが、町の食事屋の看板にあるメニューをちらりと見て調べたところ、一太の考えていた値段の軽く三倍ほどかかりそうだった。
 一太は、大学に入学してから、食事はほとんどバイト先の廃棄弁当をもらっていて、食事代というものを計上していない。バイトが休みの時は、近所のスーパーで割り引きシールの貼られたおにぎりを買うこともあるが、一日くらいなら食べずに済ますことも度々だった。
 松島を食事に誘った場合、一緒に食べに行って、自分は食べずに見ている訳にもいかないだろう。そうなると、予算の六倍かかることになる。
 そんなことになれば家賃が払えなくなって、冗談抜きでホームレス生活を考えなくてはならない。せっかく楽しくなってきた大学生活だ。今、払い込みが済んでいる学費分の授業は何としても受けたい。いや、できれば卒業して資格を手に入れたい。
 何かを買って渡すにしても、松島が必要としている物が分からず、ペンなどの文房具もあまり安物ではお礼の意味が無いだろう。
 一太にできるぎりぎりの提案が、学校の食堂で食事を奢ることだったのだ。学校の食堂は、町の食事屋よりだいぶ値段が安いようだ。今回の件で調べて分かったことだったけれど、少しお金に余裕がある時には自分も食べてもいいんじゃないか、と思えるくらいに安い品もあった。
 今日、持ってきたお金で足りそうなら、自分も初めての外食をしてみてもいいかもしれない、と一大決心して声をかけた。

「うん。食堂に行くよ。村瀬くんも行く? 今日は一緒に行ける?」

 松島が嬉しそうに笑って返事をしてくれたことに、一太はほっと息を吐き出した。
 人を誘うのはこんなに大変なことなのか、と初めて知った。松島はいつも誘ってくれているのに、毎回断ってて悪かったな、と罪悪感が湧いてくる。次に誘われたら、弁当を持ってでも食堂へ付き合おう。

「あの。お礼。ピアノのお礼に、食事をその、奢ろうかと思って……」
「え? いいよ、そんなの」
「いや。そんなわけには。俺、迷惑かけてばかりだし」

 思えば、教室の場所などを覚えるのが苦手な一太が、遅刻せずにあちらこちらの教室にたどり着けているのは、松島がいつも一緒に連れていってくれるからだ。グループで作業、などの時にも必ず誘ってくれている。ここまで順調に学生生活を送れているのは、松島のお陰と言っても過言ではない。
 一太は、いつも中身の乏しい二つ折りマジックテープの財布を握りしめて、意を決して宣言した。

「好きなもの頼んでいいから」
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