【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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8 それぞれの満足の品

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 一太は結局、値引き品のコーナーで、似合う似合う、と押し付けられたピンクのエプロンと同じデザインの、水色のエプロンを購入することにした。動物の絵などが無いシンプルなチェック柄だから、男が着けていてもさほどおかしくないような気がする。サイズもMからLと書いてあるので、女性用としても若干大きめのものらしい。男としては小柄な一太に、とてもちょうど良かった。なんといっても安い。
 一太は、岸田と共に値引き品のコーナーに行き、片っぱしから値札とデザインを見比べてみた。六百九十円は底値だ。うん、安い。学校斡旋の品が千九百八十円からだったから、店に行っても千円は確実にするだろうな、という一太の予想をいい方に裏切ってくれた。税込みでも千円でおつりがくる品を見つけられたことに、じわじわと喜びが湧いてくる。
 一太は心底ほっとして、明るい顔でレジを済ますことができた。
 一緒に値引き品を漁っていた岸田が自分もレジに品物を置きながら、

「一枚でいいの?」

 と、一太に尋ねてくる。

「え?」
「洗い替えがないと、洗ってから乾くのが間に合わなくない?」
「あ……」

 岸田は、一太と同じく値引き品のコーナーで選んでいたけれど、白地に、有名な絵本に登場するくまの絵柄の描いてあるものと、紺地に、こちらも有名な絵本のうさぎの絵柄が描いてあるエプロンを二枚購入していて、値引きしてあっても、

「四千三百五十六円です」

 と、いう値段になっていた。岸田が、カードを財布から取り出して支払いをする様子をじっと見ながら、もう一枚か、と一太は溜め息を吐く。

「どうしようかな……」

 毎日の実習で、エプロンが一枚だけというのは無理か。子どもの行動は予測がつかないし、どんなに気を付けていても汚れてしまうに違いない。夏休みはボランティアだし、洗っても吊っておけばすぐに乾くけれど冬の実習の時には……。
 財布の中をのぞく。今日は思いきって三千円入れてきた。もう一枚買っても帰りのバス代はある。いざとなれば歩いて帰れば二百三十円節約できる……? いや、無理だな。家の方向が全く分からないから、皆と一緒に帰らないと迷子になるのは間違いない。
 けれど、一番安いエプロンはもう、先ほど岸田に手渡されたピンクの物しか無かった。その他も、千円を切っている品はピンクや赤色の地に花の柄やうさぎの絵柄などしかなく、水色や青や黒といった色の品は値引き品でも二千円に近かった。

「そんな悩む?」
「あ、ピンクは嫌で……」
「そっかあ。あ、これは? これと似てるのあったよ」

 岸田は、店員に入れてもらった袋を開けて紺地のうさぎ柄を一太に見せる。
 値引きして、千九百八十円だったやつだ。

「あー、うん。うーん」

 悩むまでもなく買えないのだが、一太は、一応考えているような返事をした。レジでは、伊東が二枚のエプロンの会計をしてもらっている。

「六千三百六十八円です」

 伊東は携帯電話を差し出し、店員がバーコードリーダーをかざすと、ピッと音がして会計が済んだ。その後の渡辺も、二枚のエプロンの会計をしている。

「六千二百五十八円です」

 こちらも、携帯電話を差し出して支払いを済ませているのが見えた。

「早織の好きそうな猫のエプロンあったけど、見てみなくても良かった?」

 渡辺の言葉に岸田がくすっと笑う。

「いくらだった?」
「もう、そればっかり。毎日使うんだし、エプロンくらい好きなの買おうよ」
「んー? 値段、超重要でしょ。それなりに好きなの買えたから満足。ね、村瀬くん」

 確かに。一太も、割と好みのエプロンが安く手に入ったのでかなり満足している。

「あ、うん」
「そういうもの?」
「そうだよ。元値で買うなんてつまらないじゃん。こんなに安く買えたんだあ、と思うと嬉しくなるもん」
「うーん。そうなの?」
「早織のそういうとこ、ちょっと分からなーい」

 渡辺と伊東が、レジ横で待つ松島と安部の所へ笑顔で向かって、お待たせ、と言うのを聞きながら、俺はすごく分かるな、と一太は岸田を見た。
 少しだけ困ったように笑った岸田が肩をすくめたので、一太も少し笑って肩をすくめた。

「松島くんはどんなの買ったの?」
「大きいサイズ、あった?」
「あ、うん。あったよ……」

 渡辺と伊東が、松島の腕をさりげなく左右から掴んで話しかけながら店を出ていく。松島は身を引こうとしながらも無理に振りほどくことはできずに、引っ張られるように歩いて店を出た。松島はすがるように安部の方を振り向き、更にその後ろで仲良く連れだって歩く一太と岸田を見る。

「村瀬くん、いいの買えた?」

 むむ、とした顔を見せた後、松島の少し大きい声が一太を呼んだ。

「あ、うん」

 一太は急いで松島の近くに寄る。松島の大きな声に驚いて、伊東と渡辺の手が少し緩んだらしい。松島の左手が伸びてきて一太の右手を握った。松島はどこかほっとした顔で、一太をぐいと引き寄せる。左手側にいた渡辺が、可愛らしく化粧をした顔をむっとさせるのが目に入って、一太は手を握り返していいのかどうか少し迷ってしまった。

「村瀬くん、結局一枚で良かったの?」

 一緒に松島の近くに寄った岸田が、歩きながら唐突に言う。え? と顔を見ると目配せするように小さく頷かれて、ああ、これに答えることで何かこの微妙な雰囲気が変わるんだろう、と気付いた。
 そこで思い出す。
 一太は、洗い替えをどうしようかと悩んだまま、女子たちの話を聞いているうちにすっかり忘れて、店を出てきてしまったのだ。

「ああ、そうだった。忘れてた」
「ええ?」

 もう一度ここに来るにはバス代がかかる。やはりピンクでもいいから買っておくべきか、などと考えていたのだけれども。

「あ、それなら……」
「俺もとりあえず一枚にしたし、また金が入ったら一緒に買いに来ようぜ」

 何か言いかけた松島を遮って安部が松島の後ろにのし掛かり、一太に言葉をかけてきた。

「あ、うん」

 一太は咄嗟に返事をしてから、一枚しか買わなかったのは自分だけじゃなかったと安堵した。

「はあ? 安部くんも一枚しか買ってないの?」

 岸田が安部に話しかけて、会話が続いていく。

「おう、手持ちが足りなかった」
「カードは?」
「一応持ってるけど、幾ら使ったか分かんなくなるからなるべく使わない」
「家計簿付けたらいいでしょ」
「俺がそんなことやると思う?」
「そこまで親しくないから分かんないけど」
「えええ、酷いな。もう四ヶ月近くも一緒にいるのに」
「言い方。同じ学校の同級生ってだけでしょ。そんなに深く知ってたら怖いわ」

 あはははは、と楽しい笑い声が響く。いつの間にか、松島の右手側にくっついていた伊東も、松島の背中にのし掛かる安部に邪魔されて松島の腕から離れていた。

「なになに? 二人いつの間に付き合ってんの?」

 先ほどまでの不機嫌さが嘘のように渡辺の明るい声が上がって、伊東も渡辺の近くに寄って笑い声を上げる。

「だから、付き合ってないから知らないって話よ」
「えー、あやしい」
「何か私たち邪魔しちゃったみたいで悪いわ」

 冗談だと分かる言葉が重なって、一太はほっと息を吐く。松島にのし掛かっていた安部も、松島に耳打ちをして離れた。

「今渡したら返品されるぞ、ばか」

 と聞こえたが、どういう意味だろう。
 とりあえず、自分には関係無さそうだし、

「そうだね、ごめん。ありがと」

 と、小声で返した松島も落ち着いた様子だったので、一太は安心して松島の手を握り返した。
 後は帰るだけだ。お金足りた、良かった……。
 けれど歩きながら伊東が当然のように言った。

「お昼ご飯、どこにする?」
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