【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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109 ◇二人は仲良く暮らしています

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 一太が、泣いている。

「いっちゃん」

 晃には分からない。
 岸田と二人で出かけないでほしいと思った。だから、付き合っている人がいる人が、他の人と二人で出かけたら浮気だよ、なんてことを一太に告げた。間違っていない、と思う。色々端折った気もするが、恋愛感情なんて何も分かっていない一太に告げるには、あの言い方が一番分かりやすかったはずだ。
 実際、一太は、そうか、と頷いてくれた。岸田に、安倍くんに内緒にしたいと言われたから、晃にも言っていいのかどうかを悩んでいただけだ。それで、何故二人で買い物に行くのかと理由を聞けば、一太が、一枚しかエプロンを持っていないから、もう一枚買いに行くのだと言った。実習前に必ず二枚以上のエプロンを準備しておくように、と学校で言われていたから。
 その言葉で思い出したのだ。プレゼントしたくて、お揃いで着たくて買っておいたエプロンのことを。
 だから、どう理由をつけて渡そうかと悩んで仕舞い込んでいたことをすっ飛ばして、そのエプロンを一太に渡した。手に持たせて、日にちは違うけれど誕生日プレゼントだと渡したら、一太は首を傾げて……。
 何に?
 何に、首を傾げていたのか。
 何かを聞きかけて、やめてしまった一太。
 口を開こうとして、何も言わずに口を閉じた。焦ってはいけない、と再び口を開くのを待っていたら、分かった、と呟いて、そして……。

「あ、きらくん。俺、うれし。嬉しい、から。だから……」

 ひくっ、ひくっと鳴る喉の合い間から一太は答えてくれたけれど、それは、嬉しい時の泣き方じゃなかった。晃は、一太の喜怒哀楽をたくさん見たことがある訳ではないけれど、これが嬉し涙でないことくらいは分かる。

「いっちゃん、ごめん。分からなくて、ごめん。僕、何か気に触ることしたかな? いっちゃんが悲しくなるような事を、僕は言ってしまった?」
「ちが、ちがう……」

 ひくっ、ひくっと一太の喉が鳴る。

「おれ、おれ、知らなかっ……たんじょうびに、すきな人に、プレゼン……わたす、知らな……」
「え?」
「だから、びっくり、して……う……あの、おれ、うれし……おれ、はじめてで……」

 
 
 一太の途切れ途切れの言葉を、晃は必死で聞く。一太の肩に手を置いて、涙の流れる大きな目をしっかりと見て。
 
「あり、ありがとう、あきら、くん……。おれ、おれの、たんじょうび……」

 嬉しい。ありがとう。誕生日プレゼントをありがとう。
 たぶん、一太はそう言っている。悲しい涙を流しながら。
 どうして。
 どうして?
 重要なのは、その前。
 誕生日に、好きな人にプレゼントを渡すことを知らなかった。俺、初めてで。
 
 誕生日に、お祝いをすることを? プレゼントを渡し合うことを?
 なら、晃が、ただ一太がとても気に入っていたから、と何気なく買ったこのエプロンが、一太の、人生初の、誕生日プレゼント?
 まさか。
 いやでも。
 一人で生きてきた、と一太は言っていた。家族には、何の世話にもなっていない、と。一太の家族が、一太を虐待していことは疑いようもなく、先日会った一太の弟は、一太を、自分の世話をする為の使用人か何かのように言っていた。
 あの家で、一太の誕生日が特別な日である訳がない。
 なら、本当に……。
 晃は、涙の止まらない一太を抱きしめた。晃の鼻の奥もつんとして、涙がこぼれてくる。
 どうして僕は、もっと早くいっちゃんに出会えなかったんだろう。
 どうして。
 どうしようもないことを考えて、晃も少し泣いた。
 しばらくそのまま抱き合ってから落ち着くと、晃は、冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して二つのコップに入れ、ベッドにもたれて座る一太の隣に腰を下ろした。

「あおむしだ……」

 ありがとう、と掠れた声でコップを受け取った一太が、喉を鳴らして麦茶を飲んだ。袋から取り出したエプロンを見て、ぼそりと呟く。

「いっちゃん、そのエプロン買おうとしてやめてたように見えたから、お気に入りなのかな、と思って」

 晃も、ひと息に麦茶を飲み干してから答える。一太の赤い目元に、もう涙は無かった。

「あ、うん。あおむしの絵本、好きだから。これ、いいなと思ってた」
「ああ。いいよね。僕も、あおむしの絵本好き。カラフルだし、たくさんの食べ物が出てきて美味しそうで」

 一太の手にあるのは、その、あおむしの絵本に出てくるカラフルな食べ物たちが、濃い紺色の地にプリントされているエプロンだ。食べ物を食べ進めるあおむしの鮮やかな緑色がとても綺麗だった。

「あー、うん。うん、食べ物も、うん、美味しそうなんだけど。そうじゃなくて、その……」

 喉が潤った一太の声から掠れは取れたけれど、また、何か自分はおかしくないか、と探るような口調になった。晃は、ことさらに、にこにことして一太と目を合わせる。

、あの絵本のどんなとこが好き?」
「あおむしが、一匹だけなとこ……」
「へえ」

 晃の笑顔と肯定の言葉に安心したのか、一太が笑顔を返してきた。

「お日さまは見守ってるけど、見守ってるだけで何もしないじゃん? あおむしが一匹で生まれて、自分で食べ物見つけて、どんどん食べて、どんどん大きくなって、蝶々になるってお話じゃん?」
「うん」

 晃は、その絵本に登場するのがほぼあおむし一匹だと言うことに気付いていなかったし、そのあおむしが誰にも頼らず、自分で食べ物を見つけて食べて蝶々になったお話だ、と思ったことはなかった。けれど、とにかく一太の思っていることを知りたくて、うん、と大きく頷いた。
 それは正解だったようで、一太がほっとしていつもの調子で話し出す。

「一人でちゃんと蝶々になれたなあって。偉いなあって。俺も頑張ろって思ってさ。何か仲間みたいな。あいつ、お日さまいてくれるからずるいけど、お日さま、見てるだけだし。やっぱり、あおむしも一人なんだよ」

 一太が、にこにこと話す内容は少し寂しい。けれど晃は、うんうんと頷き続けた。

「絵本はさ。だいたい皆、他に誰かいるからさ。ひとりぼっちのぞうだって、仲間に洗ってもらって送り出してもらったし、最後には幼稚園までひらいて、もう寂しくありません、とか言っちゃってさ。どんな主人公も、仲間を見つけたり、最初から二人組だったりするんだから」
「そ、そうだね?」

 ひとりぼっちの絵本なんて、晃は、ぱっと思いつかない。どんな昔話の主人公も、はじめは、おじいさんやおばあさんに育てて貰っていた。動物が主人公の絵本も、二人で仲良く暮らしていました、から始まるものが多い。

「あおむしは、ずっと一人で大きくなるから、いいんだよなあ」

 いいのか……。

「安心して読める……」

 機嫌良く話していた一太が、不意に言葉を止めた。ん? と晃が首を傾げると、ああ、と笑う。眩しそうに、晃を見て。

「俺も、もう、二人で仲良く暮らしてるんだった」
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