【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
116 / 252

116 先のことなんて分からないけれども

しおりを挟む
「そうだ! 松島くん、ピアノって弾けた? 子どもに合わせるって全然できなくなかった? 私、ピアノは結構自信あったのに、すっかり自信なくしちゃったんだけど」

 賀川が言う。
 ええ! と一太は驚いた。賀川は、晃と同じくピアノがとても上手で、テストの時に、流れるように弾いているのをいつも聞いている。一太のようなピアノが苦手な者たちと、晃や賀川たちのようにピアノの上手な者の弾く音は、同じ曲とは思えないほど、全然違う音に聞こえるのだ。
 ずっと聞いていたいような、心に響く音。子どもたちだって虜になるに違いない、と思うのだけど。

「え? そうかな? 僕は別に……」

 晃が、届いたピザを切りながら首を傾げた。

「ああー。レベルが違うんだったわ」
「ええ? 賀川さんも晃くんも、ピアノ、同じくらい上手なのに」
「違う違う。私と松島くんじゃ、全然レベルが違うんだって。ま、いいや。なんかさ。子どもたち、自分のリズムで歌うじゃん? 声の大きな子が好きなように歌うのに引っ張られて、正しい拍が分からなくなっちゃったりしてさ」
「そ、そうなんだ……」

 正しい拍……? 一太は、高度な技術の話に戸惑う。一太なんて、間違えずに最後まで弾くことに必死で、子どもたちの声に惑わされるどころではなかった。毎朝歌う朝の挨拶の歌の伴奏を、晃に手伝ってもらってひたすら練習したというのに、初めて弾く日の出だしで失敗して、村瀬先生ー、頑張れー、と可愛い声援を受けることになった。
 その後、一太がピアノの前に座ると、子どもたちに謎の緊張感が広がるようになった。一太が途中で少々失敗してもそのまま歌ってくれて、村瀬先生、今日は最後まで一回でいけたねえ、とか慰めてくれたりしていた。

「そう。もう、がっくり」

 晃くんは、子どもたちの歌声に引っ張られたりしなかったのか。やっぱり晃くんのピアノは凄いんだ。すごいすごいと思っていたけど、思っていたよりもっと凄いんだ。
 一太は嬉しくなって、にこにこと晃を見た。

「ん? いっちゃんのピザ、ここに置いとくよ? 味見するでしょ」
「うん。食べる」

 違うものを注文して、少しづつ味見し合うのはもう、お決まりだ。学食で慣れた一太は、遠慮するようなことはなくなった。

「あ。村瀬くん、ドリアだけって少なくないのかなって思ってたんだけど、そういう事かあ」

 北村が、パスタを食べながら言った。

「本当に、仲良しなんだねえ……」
「え、うん?」
「気にせず、正しいリズムで弾ききればいいんだよ」

 晃は、ピザを食べながら賀川に言っている。ピザだけでは足りないからと、パスタも一つ、横に置いてある。

「そうしたら、子どもたちも正しいリズムを覚えるし、そこは合わせなくていいと思う」
「そうなんだけど。そうなんだけどさあ。それができれば苦労してないの!」

 うん。そういうこと、色々ある。

「俺、絵本読むの、もう少しゆっくりにしてごらん、って言われた」
「あ、私も」

 北村が手を挙げる。

「そんな早いつもりなかった。ゆっくり読んでたんだけど、人の前に立つと緊張して早くなってたのかなあ」
「やっぱり現場は違うね」
「緊張しちゃう。真剣にこっちを見てくれるのが可愛いんだけど、誤魔化しがきかなくて怖いね」
「うん」

 ああ。皆、一緒なんだ。
 こうして、美味しいもの食べながら共感できるって、素敵なことだなあ。

「ごちそうさまでした」

 挨拶もしっかりすると、一太は満腹になったお腹をそっと撫でた。ちょっと食べ過ぎたかもしれない。

「いっちゃん、大丈夫? デザート多かったかな」
「ううん。美味しかった」

 明日は、夕方から二人でバイトに行くだけだから、帰ってすぐに寝てしまってもいい。座って、レポートだけまとめて、あ、でもお風呂は入りたいな。
 一太は、晃に笑いかける。食べ過ぎて腹痛をおこした姿を見せたことは、一度しかない。なのに、その後から、ずっとこうして心配してくるのだから、晃くんはずいぶんと心配症だ。

「誘ってくれてありがとう」

 晃が財布を出しながら、賀川と北村にお終いの挨拶をした。一太も慌てて財布を手にする。
 
「いっちゃんの分はこれだけね」

 晃は、携帯電話の計算機能を出して計算した数字を一太に見せてくれたので、一太はその分を財布から出して机に置いた。晃も自分の分を置く。

「あ、待って、松島くん」
「ん? なに?」
紗良さら。ほら、言っておきなよ」
「あ……え、でも」

 先ほどまで、一太と軽快に話していた北村が、別人のようにおずおずと口ごもる。

「こんな機会ないよ。他にも狙ってる人、たくさんいるんだからさ」
「ん」

 一度うつむいた北村が、真剣な顔で晃の方を向いた。楽しそうだった晃の顔が、無表情になるのが見えた。

「あの、松島くん。私、松島くんの事が好きです」
「そうなんだ。ありがとう」

 北村が言い終えるかどうかというタイミングで、晃が返事をした。

「あ……あの、ピアノが上手な所も、いつも冷静な所も、その、格好良いなと思ってて……。その、顔も、格好良いし……」
「…………」

 分かる。晃くんは格好良い。俺も、色々な時に、晃くん格好良いなって思ってるよ。いつも冷静、っていうのはちょっと違うと思うけど。
 今も、俺に食べさせ過ぎたかもって、焦って心配してるもん。
 一太は、北村が言い募る言葉を、うんうんと頷きながら聞いた。

「あの。あの、もし良ければ、その、私と」
「ごめんね。僕、好きな人がいるから、北村さんとは付き合えない」
「…………あ。あ、そうなんだ。分かった、ありがとう」
「うん」

 あれ? これって、告白ってやつ、だったのかな? 俺、聞いちゃって良かったのかな。
 
「その、松島くんは、その好きな人って人と付き合ってるの?」

 賀川が、うつむいてしまった北村の背中にそっと手を当てながら聞いてきた。
 付き合ってる。
 あ。
 俺。
 晃くんと付き合ってるのは、俺だ。
 一太が晃を見上げると、視線に気付いた晃に、にこりと微笑まれた。

「うん。付き合ってるよ」
「そっか。そうなんだ。彼女いたんだ」
「…………」
「もし、その人と付き合ってなかったら、紗良さらのこと、考えてくれた?」
「ううん。その人のことすごく好きだから、他の人と付き合うなんて考えられない」
「でも、その相手の人が松島くんのこと好きじゃなくなったら、とか」
「好きじゃなくならないよ?」

 一太は、思わず口を挟んだ。
 そんな日がくると思ったことはない。一太は毎日、晃くんのこと好きだなあ、と思っている。まあ、先のことなんて誰にも分からないけれど、少なくとも今、ものすごく好きだ。

「え?」
「僕も、好きじゃなくならないと思う。そんな事、考えたくもないしね」

 賀川は、一太と晃をまじまじと見比べた。

「え?」
「僕は今、好きな人と付き合ってて幸せだから、もし告白しようと考えている人がいたら、そう伝えておいてほしいな。じゃ、また。また学校で」

 晃は、にっこりと笑顔を見せると、一太の手を繋いで席から立ち上がった。
しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

処理中です...