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123 誕生日の手順
喜んでくれた、良かった、と一太はほっとした。抱きしめてくれる晃の背中に手を回して、安堵の笑みを浮かべる。ふわふわの綿が入ったジャンバーは、着るとあんなに暖かいのに、外側から触るとしゃかしゃかとして冷たかった。
「ジャンバー脱いで」
そのまま一太を持ち上げて移動しかけた晃の背中をぽんぽん叩いて促す。手も洗っていないじゃないか。
「あ、そうだった」
苦笑いしながら帰宅後のいつもの手順に戻る晃に、帰宅後の手順を忘れるくらい喜んでくれたのかな、と一太は思う。そうならいいな。
「いただきます」
ようやく落ち着いて手を合わせた後でコーンスープを飲んで、晃はほう、と息を吐いた。
「美味しい」
「お湯を入れただけだよ」
よく利用している、袋の中味をマグカップに開けて、指定量のお湯を注ぐだけのコーンスープだ。
「でも、美味しい」
「うん」
確かに美味しい。
「僕の好物ばっかりだ」
「うん。あの、カンニング……」
「カンニング?」
「陽子さんに、教えてもらった、から……」
「僕が喜ぶようにって調べてくれたんでしょ? すごく嬉しい」
「そう?」
「そうだよ」
良かった。二人で、にこにこ、にこにこと笑いあう。
普段、晃は、一太が何を作っても、美味しい美味しい、と食べる。学食では、日替わりランチを選んでいることが多い。一番好きな料理が何なのか、という事が分かりにくかった。
思い切って陽子さんに聞いてみたら、これらの料理を教えてくれたのだ。揚げるだけでいい冷凍のエビフライがとても美味しいのよ、とも。一太は最近、揚げるだけの冷凍ポテトってすごく美味しいな、と思っていた所だったので、ありがたく使わせてもらうことにした。手抜きしているような気がしたけれど、エビを買って自分で衣を付けるより見栄えが良かった。値段も安かったので、これからも使わせてもらおうと思う。
「揚げただけだから、その、恥ずかしいんだけど」
あまりに喜んで食べてくれるので、思わず打ち明けてしまう。けれど晃は、
「揚げてくれたのがすごい」
と、褒めてくれた。
レタスもちぎっただけ。チキンライスだって、大した手間じゃない。でも。
「美味しい。いつも美味しいけど、今日はもっと美味しい気分。僕の好きな料理を、簡単そうに作って並べてくれるいっちゃんは本当にすごい! 僕、すごく幸せだー」
晃くんが、褒めて褒めて褒め倒してくれるから。
こんなんでいいんだなあ、と思って。これからも、たくさん作ってあげたいな、と思う。
幸せなのは、俺の方だ、と一太は晃を見た。来年もこのメニューを並べて、晃くんに、誕生日おめでとうと言いたいな。
「お腹いっぱいだ。ありがとう」
綺麗に平らげた晃が、そう言ってお皿を片付けるために立ち上がろうとするので、一太は慌てて止めた。
「今日は、座ってて」
今から、ケーキを出す手順だ。できれば、晃くんが座っている目の前に持ってきたい。
「そう? ありがとう」
晃があっさりと引いてくれたので、ほっとした。誕生日ってのはそういう日らしい。
一太は立ち上がって、いつもは二人で片付ける皿やドレッシングを手早く一人で片付けた。片付けながら思う。今日は、晃の誕生日だからといつもより品数が多かったから、お腹がものすごくいっぱいだ。さっき晃も、お腹いっぱいと言っていた。
ここから、ケーキ?
入りそうにないんだけど……。
しかし、晃の母、陽子に教えてもらった手順では、ご飯の後にケーキを出して、誕生日の歌を歌ってから切り分けて食べることになっている。
とりあえず洗い物は流しにつけておいて、動き回る一太をにこにこと眺めていた晃の前にケーキを置いた。丸くて白い、苺がたくさん乗っているシンプルなケーキ。
「誕生日、おめでとう」
晃が帰宅した時にも言ったが、何となくケーキとその言葉がとても合う気がして、そう言いながらケーキを置いた。
「ありがとう!」
晃の笑顔が、更にぱあっと広がったので正解かな、と思う。そうだ、と一太は携帯電話を鞄から出した。今の晃くんの顔は現像して持ち歩きたい顔だった。写真を撮りたい。
「写真、撮ってもいい?」
「もちろん。ケーキもいっちゃんも一緒に撮ろう」
晃の誕生日なのだから晃の写真だけでいいんじゃないか、と一太は首を傾げたが、晃に手招きされては断れず側に寄る。携帯電話をいつも手元に持っている晃は、手早くカメラを起動して一太の肩を抱いた。二人の顔と、ケーキの置いてある机も画面に入るように調整すると、はい、カメラの方を向いて、と指示が飛ぶ。
苺のケーキと、とてもご機嫌な顔の晃が携帯電話の画面に見えた。
「いっちゃん、笑って」
笑顔の晃に言われるまでもなく、一太の顔も緩んでいた。誕生日って、こんなにも素敵な日だったんだな。すごいな。
その後、もういいよ、と言う晃を説得して、一太の携帯電話で晃一人だけの写真も写させてもらった。二人で撮った時より笑顔が三割減なのが残念だったが、一太は写真を確認して、よしと頷いた。
そして、手順を思い出す。
誕生日の歌を歌ってから、ケーキを食べる。
電子ピアノの前に座って、教科書のその歌のページを開いた。大学の音楽の教科書には、簡単な、子ども向けの歌の楽譜がたくさん載っている。誕生日の歌も、当たり前のようにそこにあった。
いつものようにカタカナで音階は書いた。携帯電話で、何度もメロディを確認した。幼稚園実習の時にも、皆が歌っているのを聞いていた。晃に内緒での練習はあまりできなかったが、何とか……。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー……」
静かな部屋の中に、一太のピアノと歌が流れていく。晃の方を向く余裕は無かった。時々、つっかえながら一太は歌う。初めて歌う誕生日の歌を。
「ジャンバー脱いで」
そのまま一太を持ち上げて移動しかけた晃の背中をぽんぽん叩いて促す。手も洗っていないじゃないか。
「あ、そうだった」
苦笑いしながら帰宅後のいつもの手順に戻る晃に、帰宅後の手順を忘れるくらい喜んでくれたのかな、と一太は思う。そうならいいな。
「いただきます」
ようやく落ち着いて手を合わせた後でコーンスープを飲んで、晃はほう、と息を吐いた。
「美味しい」
「お湯を入れただけだよ」
よく利用している、袋の中味をマグカップに開けて、指定量のお湯を注ぐだけのコーンスープだ。
「でも、美味しい」
「うん」
確かに美味しい。
「僕の好物ばっかりだ」
「うん。あの、カンニング……」
「カンニング?」
「陽子さんに、教えてもらった、から……」
「僕が喜ぶようにって調べてくれたんでしょ? すごく嬉しい」
「そう?」
「そうだよ」
良かった。二人で、にこにこ、にこにこと笑いあう。
普段、晃は、一太が何を作っても、美味しい美味しい、と食べる。学食では、日替わりランチを選んでいることが多い。一番好きな料理が何なのか、という事が分かりにくかった。
思い切って陽子さんに聞いてみたら、これらの料理を教えてくれたのだ。揚げるだけでいい冷凍のエビフライがとても美味しいのよ、とも。一太は最近、揚げるだけの冷凍ポテトってすごく美味しいな、と思っていた所だったので、ありがたく使わせてもらうことにした。手抜きしているような気がしたけれど、エビを買って自分で衣を付けるより見栄えが良かった。値段も安かったので、これからも使わせてもらおうと思う。
「揚げただけだから、その、恥ずかしいんだけど」
あまりに喜んで食べてくれるので、思わず打ち明けてしまう。けれど晃は、
「揚げてくれたのがすごい」
と、褒めてくれた。
レタスもちぎっただけ。チキンライスだって、大した手間じゃない。でも。
「美味しい。いつも美味しいけど、今日はもっと美味しい気分。僕の好きな料理を、簡単そうに作って並べてくれるいっちゃんは本当にすごい! 僕、すごく幸せだー」
晃くんが、褒めて褒めて褒め倒してくれるから。
こんなんでいいんだなあ、と思って。これからも、たくさん作ってあげたいな、と思う。
幸せなのは、俺の方だ、と一太は晃を見た。来年もこのメニューを並べて、晃くんに、誕生日おめでとうと言いたいな。
「お腹いっぱいだ。ありがとう」
綺麗に平らげた晃が、そう言ってお皿を片付けるために立ち上がろうとするので、一太は慌てて止めた。
「今日は、座ってて」
今から、ケーキを出す手順だ。できれば、晃くんが座っている目の前に持ってきたい。
「そう? ありがとう」
晃があっさりと引いてくれたので、ほっとした。誕生日ってのはそういう日らしい。
一太は立ち上がって、いつもは二人で片付ける皿やドレッシングを手早く一人で片付けた。片付けながら思う。今日は、晃の誕生日だからといつもより品数が多かったから、お腹がものすごくいっぱいだ。さっき晃も、お腹いっぱいと言っていた。
ここから、ケーキ?
入りそうにないんだけど……。
しかし、晃の母、陽子に教えてもらった手順では、ご飯の後にケーキを出して、誕生日の歌を歌ってから切り分けて食べることになっている。
とりあえず洗い物は流しにつけておいて、動き回る一太をにこにこと眺めていた晃の前にケーキを置いた。丸くて白い、苺がたくさん乗っているシンプルなケーキ。
「誕生日、おめでとう」
晃が帰宅した時にも言ったが、何となくケーキとその言葉がとても合う気がして、そう言いながらケーキを置いた。
「ありがとう!」
晃の笑顔が、更にぱあっと広がったので正解かな、と思う。そうだ、と一太は携帯電話を鞄から出した。今の晃くんの顔は現像して持ち歩きたい顔だった。写真を撮りたい。
「写真、撮ってもいい?」
「もちろん。ケーキもいっちゃんも一緒に撮ろう」
晃の誕生日なのだから晃の写真だけでいいんじゃないか、と一太は首を傾げたが、晃に手招きされては断れず側に寄る。携帯電話をいつも手元に持っている晃は、手早くカメラを起動して一太の肩を抱いた。二人の顔と、ケーキの置いてある机も画面に入るように調整すると、はい、カメラの方を向いて、と指示が飛ぶ。
苺のケーキと、とてもご機嫌な顔の晃が携帯電話の画面に見えた。
「いっちゃん、笑って」
笑顔の晃に言われるまでもなく、一太の顔も緩んでいた。誕生日って、こんなにも素敵な日だったんだな。すごいな。
その後、もういいよ、と言う晃を説得して、一太の携帯電話で晃一人だけの写真も写させてもらった。二人で撮った時より笑顔が三割減なのが残念だったが、一太は写真を確認して、よしと頷いた。
そして、手順を思い出す。
誕生日の歌を歌ってから、ケーキを食べる。
電子ピアノの前に座って、教科書のその歌のページを開いた。大学の音楽の教科書には、簡単な、子ども向けの歌の楽譜がたくさん載っている。誕生日の歌も、当たり前のようにそこにあった。
いつものようにカタカナで音階は書いた。携帯電話で、何度もメロディを確認した。幼稚園実習の時にも、皆が歌っているのを聞いていた。晃に内緒での練習はあまりできなかったが、何とか……。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー……」
静かな部屋の中に、一太のピアノと歌が流れていく。晃の方を向く余裕は無かった。時々、つっかえながら一太は歌う。初めて歌う誕生日の歌を。
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