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124 最後まで笑顔ならそれが正解
「ありがとう、いっちゃん。本当にありがとう」
やっぱりつっかえてしまった伴奏に反省しつつピアノの前から移動すると、晃が一太をぎゅっと抱きしめてきた。
最近、晃がしょっちゅうこうしてくれるのが、一太は嬉しくてたまらない。以前、一度だけ、何かの拍子に晃にしてもらった時に嬉しくて、その後しばらく、もう一度してほしいという気持ちを押さえるのに苦労したことが遠い昔のようだ。
ご褒美をもらってしまった。上手くいかなかったのに。
「あんまり上手くなくてごめんね」
「いっちゃんが、僕のために練習して弾いてくれたことが嬉しい。僕のためのハッピーバースデーだ」
「ん……」
それなら尚更、もっと上手に弾きたかったけれども。
「これから毎年、何回でも聞かせて。僕の誕生日は、これから何回でもくる予定だから。きっとこの一回目が、笑い話になるくらい上手になるに違いないよ」
「毎年……」
そうか。誕生日ってのは毎年あって……。いつまでもあって……。
「次は僕の番だなあ。いっちゃんの誕生日、楽しみ」
「あ。俺、もうプレゼントをもらっちゃってる、けど……」
そうだ。プレゼント。
それはいつ渡すのか、陽子さんの手順に無かった。
一太は晃にプレゼントをもらっているし、友達の岸田が安部にプレゼントを渡そうとしていたので、誕生日にはプレゼントを渡すことをもう知っている。けれど、それはどちらもエプロンだった。たまたま、一太も安部もエプロンの数が足りていなかったからだ。つまり、一太の知っている誕生日プレゼントはエプロンのみ。けれど流石に、誕生日プレゼントは皆エプロンである、とは思わない。一太や一太の友人たちはエプロンがたくさんあっても困りはしないが、普通は、そんなにエプロンばっかりもらっても困るだろう。
なので、誕生日のプレゼントっていうのは普通どんなものを渡すのか、と陽子に聞いたのだけれど、晃はいつも、欲しいものを聞いても別にないって言うから、プレゼントには苦労しているのよ、と言われただけだった。晃が高校生になってからは、誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、好きなものを買いなさい、とお金を包んでいるだけらしい。
クリスマスプレゼント? と思ったが、一太はとりあえず口を閉じた。知らない訳じゃない。良い子の所にはサンタさんが来るという、あれだろう。一太は良い子ではなかったので来たことはないが、弟の所には来ていた。弟が小さい子どもだった間は。高校生になった後もクリスマスプレゼントがあるものだとは知らなかっただけだ。
「お金を渡しても、大して買い物をしているのを見たことはないわ。たまに漫画本を買うくらい? 後は、ハンバーガーとかの、家では作らない食べ物ね。ゲームもね、友達と遊ぶためにいるかと思ってプレゼントに買ってあげたりしたけれど、そんなに真剣にやってる様子は無かったわねえ」
参考にならなかった……。
「いっちゃん。プレゼントは、そんな難しく考えることないのよ。パーティーだけでも充分。充分なプレゼントよ。してもらったら嬉しいもの。自分が嬉しいと思うことは、相手だってしてもらったら嬉しいでしょ。だから、ね?」
結局、悩んで作ったプレゼントは。
「晃くん。あの、これ、プレゼント」
喜んでもらえるといいんだけれどと、一太はうつむいたまま、紙切れを一枚、晃に差し出した。
一太が差し出した葉書サイズの紙には『ハンバーガーを一緒に食べに行く券』と書かれている。晃は、無言で受け取った。
「……」
注意書きは以下の通り。『支払いは村瀬一太がすること。上等な大きなバーガーのセットでも可。ナゲットも注文しても可』
一太なりに、精一杯の贅沢を書いてみた。どうだろうか。もらったエプロンの金額には届かないけれど、なんなら二回使ってもらって構わない。
「あ、あの……。変、かな……」
晃が何も言わないので不安になって、一太はおずおずと顔を上げる。
「あ」
晃が、チケットを手にようやく口を開いた。
「変じゃない。変じゃないよ! 嬉しい、すごく嬉しいです」
晃が、見開いていた目を細めて、にこりと笑ってくれた。一太はようやく、ほっと息を吐いた。
「変じゃない……。良かった……」
最終的に、どうしてもそこが気になってしまう。これはもう一太が、変だ、普通じゃない、と他人に言われ続けて育ったので仕方ない。普通の正解を探してしまう癖は、そう簡単には抜けないだろう。正解なんて、簡単には見つからないと分かっていても。晃は一太に、変だ、おかしい、なんて言わないと分かっていても。どこかおかしい、と欠片も思われたくなかった。
「僕が、ハンバーガーが好きだから、これにしてくれたの?」
「うん、そう……。あの、陽子さんにこっそり、晃くんの欲しいものを知っているか聞いてみたんだけど、陽子さんも知らないって言ってて」
「ああ、うん……。そんなに、どうしても欲しいものとか無くて。いつも、無いよって言っては怒られてた」
晃が、何かを欲しいと強くねだったことなんて無かった気がする、と陽子さんは言っていた。大学を決める時に初めて、家族が違う提案をしても譲らなくて驚いたらしい。
「うん……。それで、陽子さんは、晃くんが買いたいものを見つけた時に買えるようにお金を渡してるって」
「うん、そう。お金をもらってるよ。それで、欲しい本があったら買ったり。後はハンバーガーとか……あっ」
晃は、自分の話の中に正解を見つけたようだった。
「ハンバーガー、買ってる」
「うん」
「すごい、いっちゃん」
「それも、陽子さんにちょっと聞いたんだけど……」
晃のお金の使い道といえば、と陽子が言っていたから思いつけたことだ。
冷めたハンバーガーを渡すより、一緒に行って出来たてを二人で食べたいな、と思った。
「二人で大好きなハンバーガーを食べに行ける券なんて、ものすごく嬉しいよ。上等なハンバーガーを一緒に食べようね」
二人での約束が増えて、一太にも嬉しい誕生日のプレゼント。一太も、少し上等なチーズ入りを買ってみようと思った。
そして、目の前のケーキはやっぱり別腹にも入らなくて、苺を一つづつだけ食べて冷蔵庫に片付けておくことになった。
ケーキは食べられなかったけれど、一太の手探りの誕生日パーティは、無事に最後まで晃を笑顔にすることができた。
成功しているってことで、いいだろうか……。
やっぱりつっかえてしまった伴奏に反省しつつピアノの前から移動すると、晃が一太をぎゅっと抱きしめてきた。
最近、晃がしょっちゅうこうしてくれるのが、一太は嬉しくてたまらない。以前、一度だけ、何かの拍子に晃にしてもらった時に嬉しくて、その後しばらく、もう一度してほしいという気持ちを押さえるのに苦労したことが遠い昔のようだ。
ご褒美をもらってしまった。上手くいかなかったのに。
「あんまり上手くなくてごめんね」
「いっちゃんが、僕のために練習して弾いてくれたことが嬉しい。僕のためのハッピーバースデーだ」
「ん……」
それなら尚更、もっと上手に弾きたかったけれども。
「これから毎年、何回でも聞かせて。僕の誕生日は、これから何回でもくる予定だから。きっとこの一回目が、笑い話になるくらい上手になるに違いないよ」
「毎年……」
そうか。誕生日ってのは毎年あって……。いつまでもあって……。
「次は僕の番だなあ。いっちゃんの誕生日、楽しみ」
「あ。俺、もうプレゼントをもらっちゃってる、けど……」
そうだ。プレゼント。
それはいつ渡すのか、陽子さんの手順に無かった。
一太は晃にプレゼントをもらっているし、友達の岸田が安部にプレゼントを渡そうとしていたので、誕生日にはプレゼントを渡すことをもう知っている。けれど、それはどちらもエプロンだった。たまたま、一太も安部もエプロンの数が足りていなかったからだ。つまり、一太の知っている誕生日プレゼントはエプロンのみ。けれど流石に、誕生日プレゼントは皆エプロンである、とは思わない。一太や一太の友人たちはエプロンがたくさんあっても困りはしないが、普通は、そんなにエプロンばっかりもらっても困るだろう。
なので、誕生日のプレゼントっていうのは普通どんなものを渡すのか、と陽子に聞いたのだけれど、晃はいつも、欲しいものを聞いても別にないって言うから、プレゼントには苦労しているのよ、と言われただけだった。晃が高校生になってからは、誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、好きなものを買いなさい、とお金を包んでいるだけらしい。
クリスマスプレゼント? と思ったが、一太はとりあえず口を閉じた。知らない訳じゃない。良い子の所にはサンタさんが来るという、あれだろう。一太は良い子ではなかったので来たことはないが、弟の所には来ていた。弟が小さい子どもだった間は。高校生になった後もクリスマスプレゼントがあるものだとは知らなかっただけだ。
「お金を渡しても、大して買い物をしているのを見たことはないわ。たまに漫画本を買うくらい? 後は、ハンバーガーとかの、家では作らない食べ物ね。ゲームもね、友達と遊ぶためにいるかと思ってプレゼントに買ってあげたりしたけれど、そんなに真剣にやってる様子は無かったわねえ」
参考にならなかった……。
「いっちゃん。プレゼントは、そんな難しく考えることないのよ。パーティーだけでも充分。充分なプレゼントよ。してもらったら嬉しいもの。自分が嬉しいと思うことは、相手だってしてもらったら嬉しいでしょ。だから、ね?」
結局、悩んで作ったプレゼントは。
「晃くん。あの、これ、プレゼント」
喜んでもらえるといいんだけれどと、一太はうつむいたまま、紙切れを一枚、晃に差し出した。
一太が差し出した葉書サイズの紙には『ハンバーガーを一緒に食べに行く券』と書かれている。晃は、無言で受け取った。
「……」
注意書きは以下の通り。『支払いは村瀬一太がすること。上等な大きなバーガーのセットでも可。ナゲットも注文しても可』
一太なりに、精一杯の贅沢を書いてみた。どうだろうか。もらったエプロンの金額には届かないけれど、なんなら二回使ってもらって構わない。
「あ、あの……。変、かな……」
晃が何も言わないので不安になって、一太はおずおずと顔を上げる。
「あ」
晃が、チケットを手にようやく口を開いた。
「変じゃない。変じゃないよ! 嬉しい、すごく嬉しいです」
晃が、見開いていた目を細めて、にこりと笑ってくれた。一太はようやく、ほっと息を吐いた。
「変じゃない……。良かった……」
最終的に、どうしてもそこが気になってしまう。これはもう一太が、変だ、普通じゃない、と他人に言われ続けて育ったので仕方ない。普通の正解を探してしまう癖は、そう簡単には抜けないだろう。正解なんて、簡単には見つからないと分かっていても。晃は一太に、変だ、おかしい、なんて言わないと分かっていても。どこかおかしい、と欠片も思われたくなかった。
「僕が、ハンバーガーが好きだから、これにしてくれたの?」
「うん、そう……。あの、陽子さんにこっそり、晃くんの欲しいものを知っているか聞いてみたんだけど、陽子さんも知らないって言ってて」
「ああ、うん……。そんなに、どうしても欲しいものとか無くて。いつも、無いよって言っては怒られてた」
晃が、何かを欲しいと強くねだったことなんて無かった気がする、と陽子さんは言っていた。大学を決める時に初めて、家族が違う提案をしても譲らなくて驚いたらしい。
「うん……。それで、陽子さんは、晃くんが買いたいものを見つけた時に買えるようにお金を渡してるって」
「うん、そう。お金をもらってるよ。それで、欲しい本があったら買ったり。後はハンバーガーとか……あっ」
晃は、自分の話の中に正解を見つけたようだった。
「ハンバーガー、買ってる」
「うん」
「すごい、いっちゃん」
「それも、陽子さんにちょっと聞いたんだけど……」
晃のお金の使い道といえば、と陽子が言っていたから思いつけたことだ。
冷めたハンバーガーを渡すより、一緒に行って出来たてを二人で食べたいな、と思った。
「二人で大好きなハンバーガーを食べに行ける券なんて、ものすごく嬉しいよ。上等なハンバーガーを一緒に食べようね」
二人での約束が増えて、一太にも嬉しい誕生日のプレゼント。一太も、少し上等なチーズ入りを買ってみようと思った。
そして、目の前のケーキはやっぱり別腹にも入らなくて、苺を一つづつだけ食べて冷蔵庫に片付けておくことになった。
ケーキは食べられなかったけれど、一太の手探りの誕生日パーティは、無事に最後まで晃を笑顔にすることができた。
成功しているってことで、いいだろうか……。
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