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132 つまみ食いのポテトは倍美味しい
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「ただいまー。うわあ、昼から揚げ物」
ダイニングテーブルに豪華なご飯が並ぶ頃、晃の二番目の姉、光里が帰ってきた。
「おかえり。お仕事お疲れ様」
「おかえり」
「おかえり。ただいま」
「あ、晃。やあっと帰ってきた」
「あの。あけましておめでとうございます。お邪魔しています」
「あ、村瀬くん。あけましておめでとう」
ほ、と一太は息を吐く。
一太がここにいることに、光里から特に言及はない。
俺、ここに居て大丈夫なんだ……。
「あんたもオムライス、包んじゃう?」
「うーん。あ、あれやってよ。卵が上からふわって落ちてくるやつ。ご飯少な目で」
「はーい」
光里は賑やかにオムライスの卵の注文をすると、荷物を置いてくる、とキッチンから立ち去っていった。一太がいても、特に何か気にした様子はなかった。一太は、なんだか肩に入っていた力がどんどん抜けていくようだった。よそのうちなのに。
こんな大勢の人間の前で、こんなに力が抜けていたことなんてない。気を引き締めなくちゃ、と思うのに、なかなか上手くいかない。
「いっちゃん、おいで。もう食べよ」
テーブルを整えていた晃が一太を呼んでいる。
「揚げたてが美味しいよ」
エビフライとポテト。たくさん揚げて机に運んだ。ポテトは山になっている。晃は机の上を整えるついでに、ぱくぱくとポテトを摘んでいた。
「あ、こら晃。ポテト無くなっちゃうでしょ」
「大丈夫」
言いながら、ポテトを一つ持った晃がキッチンに立つ一太の元に歩いてきた。あれだけあれば、少々食べても大丈夫なのかな?
「いっちゃん、あーん」
反射的にあーんと開いた一太の口に、ポテトが一本突っ込まれた。
「はい、共犯」
「あ」
口を押さえる一太に、陽子が笑う。
「何言ってんの。いっちゃんは無理やり口に入れられただけでしょ」
「でも食べたもんね」
「うん」
「もう。二人とも、あっちで先に食べてていいよ」
「はーい」
くくっと笑った晃が一太の手を引く。
「ポテトさ。普通に座って食べるより美味しくない?」
確かに!
こら、って言われてるのに、立ったまま口に放り込んでいるのに、何だかいつもより美味しかった。
一太は思わず、うんうんと頷いた。
「美味しい」
「でしょ?」
「聞こえてるわよ、二人とも。みんなの分置いておいてよ」
「やば」
顔を見合せて笑い合う。
一太はもう、よそいきの顔がどんなだったか分からなくなっていた。
「お正月から仕事?」
全員で食卓についたところで、晃が姉に聞いた。
「そうなの。成人式の前撮りをしたいってお客様がいてね。家族と一緒に写真を撮れる日が今日しか無いとかで、店長が引き受けちゃって」
「ふーん」
「本番は来週だし、忙しいわねえ」
「明後日からも、ぽつぽつ予約入ってる。冬休み中に写真だけ撮っちゃおうって子も結構いるから」
光里さんは写真屋さんか何かなのかな、と一太は思った。
「成人式かあ」
「晃、来年どうする? もう予約してる子いるわよ」
「へ? 一年前に?」
「そうよお。最近は半年前にはもう、十四時からの式に行くための着付けの予約時間、朝の五時からしか空いてなかったりするのよ。まあ、着物の女の子の話だけど。行く頃にはへろへろよ」
十四時からの式へ行くのに、五時から準備? そりゃへろへろにもなるだろうなあ。あれ? 写真屋さんではないのか。
「僕は、家でスーツ着て終わりだからそんなのどうでもいいよ」
「髪の毛くらい整えなきゃ駄目。うちに予約入れとくから」
「ええ。帰ってくるかも分からないのに」
晃の言葉に反応したのは、陽子だ。
「ええ? それは駄目。帰ってきて、絶対」
「ううーん。わざわざ帰ってきて会いたいような友達もいないけどなあ……」
「成人式って書いてある看板の前で写真撮るんだから、帰ってきなさい。お姉ちゃんたちと同じ場所で撮りたい。友達っていうならいっちゃんと……」
一太は途中まで、晃と姉と母が話すのを聞いていたが、ふわふわ卵のオムライスを崩しながら食べているうちにそちらに意識が向いていた。上に乗せた卵を切って広げると、ふわと落ちていった卵が綺麗だった。
卵一個で包むか、ふわふわの卵をとろりと被せるか迷っていたら、陽子さんが両方作ってくれたのだ。晃のを違う形で作るから半分こすればいいのよ、と簡単に言われて、思わず頷いてしまった。
初めて食べたふわふわ卵のオムライスは、卵がたくさんで、ふわふわとろとろしていて、なかなか美味しい。
「あれ……? いっちゃん、成人式は?」
「はい?」
「二十歳、よね?」
「はい」
「成人式の案内は届いた?」
覚えがない。
首を横に振ると、おかしいわね、と陽子が眉間に皺を寄せる。
「夏から秋にかけて、住民票のある地域の成人式の案内が届くんじゃなかったっけ?」
「ちょうどその頃に、一太くんの住民票を移動していたかもしれん」
晃の父、誠が口を挟んだ。
「晃の家に移動した頃に、成人式の案内を作っていたのかもしれんな。そういう事もあるらしい。自分での申し込みもできるから、調べてみるといい」
「申し込み?」
「成人式の参加は当日でも大丈夫よ」
光里にも言われて、一太はますます首を傾げる。
「成人式の参加?」
「村瀬くん行かないの? 写真撮るだけなら、私、ヘアセットやってあげようか?」
「写真……」
何の話……。
「いっちゃん、スーツ持ってる?」
「いえ?」
スーツ……!
一太は何となくへら、と笑った。あるわけが無い。大学の入学式の時、新しく買ったばかりの服を着て行ったのに、スーツでなかったからと新入生の家族に間違えられて、保護者席で出席したくらいだ。無事に入学できて良かった。その後、スーツがいるようなことがなくて良かった。
「大変! スーツ、誂えに行かなきゃ!」
陽子の叫びも、一太には他人事だ。
成人式は絶対にやらなくちゃならない物でもない。一太にとってスーツが必要なシーンはもう終わってしまった。
ダイニングテーブルに豪華なご飯が並ぶ頃、晃の二番目の姉、光里が帰ってきた。
「おかえり。お仕事お疲れ様」
「おかえり」
「おかえり。ただいま」
「あ、晃。やあっと帰ってきた」
「あの。あけましておめでとうございます。お邪魔しています」
「あ、村瀬くん。あけましておめでとう」
ほ、と一太は息を吐く。
一太がここにいることに、光里から特に言及はない。
俺、ここに居て大丈夫なんだ……。
「あんたもオムライス、包んじゃう?」
「うーん。あ、あれやってよ。卵が上からふわって落ちてくるやつ。ご飯少な目で」
「はーい」
光里は賑やかにオムライスの卵の注文をすると、荷物を置いてくる、とキッチンから立ち去っていった。一太がいても、特に何か気にした様子はなかった。一太は、なんだか肩に入っていた力がどんどん抜けていくようだった。よそのうちなのに。
こんな大勢の人間の前で、こんなに力が抜けていたことなんてない。気を引き締めなくちゃ、と思うのに、なかなか上手くいかない。
「いっちゃん、おいで。もう食べよ」
テーブルを整えていた晃が一太を呼んでいる。
「揚げたてが美味しいよ」
エビフライとポテト。たくさん揚げて机に運んだ。ポテトは山になっている。晃は机の上を整えるついでに、ぱくぱくとポテトを摘んでいた。
「あ、こら晃。ポテト無くなっちゃうでしょ」
「大丈夫」
言いながら、ポテトを一つ持った晃がキッチンに立つ一太の元に歩いてきた。あれだけあれば、少々食べても大丈夫なのかな?
「いっちゃん、あーん」
反射的にあーんと開いた一太の口に、ポテトが一本突っ込まれた。
「はい、共犯」
「あ」
口を押さえる一太に、陽子が笑う。
「何言ってんの。いっちゃんは無理やり口に入れられただけでしょ」
「でも食べたもんね」
「うん」
「もう。二人とも、あっちで先に食べてていいよ」
「はーい」
くくっと笑った晃が一太の手を引く。
「ポテトさ。普通に座って食べるより美味しくない?」
確かに!
こら、って言われてるのに、立ったまま口に放り込んでいるのに、何だかいつもより美味しかった。
一太は思わず、うんうんと頷いた。
「美味しい」
「でしょ?」
「聞こえてるわよ、二人とも。みんなの分置いておいてよ」
「やば」
顔を見合せて笑い合う。
一太はもう、よそいきの顔がどんなだったか分からなくなっていた。
「お正月から仕事?」
全員で食卓についたところで、晃が姉に聞いた。
「そうなの。成人式の前撮りをしたいってお客様がいてね。家族と一緒に写真を撮れる日が今日しか無いとかで、店長が引き受けちゃって」
「ふーん」
「本番は来週だし、忙しいわねえ」
「明後日からも、ぽつぽつ予約入ってる。冬休み中に写真だけ撮っちゃおうって子も結構いるから」
光里さんは写真屋さんか何かなのかな、と一太は思った。
「成人式かあ」
「晃、来年どうする? もう予約してる子いるわよ」
「へ? 一年前に?」
「そうよお。最近は半年前にはもう、十四時からの式に行くための着付けの予約時間、朝の五時からしか空いてなかったりするのよ。まあ、着物の女の子の話だけど。行く頃にはへろへろよ」
十四時からの式へ行くのに、五時から準備? そりゃへろへろにもなるだろうなあ。あれ? 写真屋さんではないのか。
「僕は、家でスーツ着て終わりだからそんなのどうでもいいよ」
「髪の毛くらい整えなきゃ駄目。うちに予約入れとくから」
「ええ。帰ってくるかも分からないのに」
晃の言葉に反応したのは、陽子だ。
「ええ? それは駄目。帰ってきて、絶対」
「ううーん。わざわざ帰ってきて会いたいような友達もいないけどなあ……」
「成人式って書いてある看板の前で写真撮るんだから、帰ってきなさい。お姉ちゃんたちと同じ場所で撮りたい。友達っていうならいっちゃんと……」
一太は途中まで、晃と姉と母が話すのを聞いていたが、ふわふわ卵のオムライスを崩しながら食べているうちにそちらに意識が向いていた。上に乗せた卵を切って広げると、ふわと落ちていった卵が綺麗だった。
卵一個で包むか、ふわふわの卵をとろりと被せるか迷っていたら、陽子さんが両方作ってくれたのだ。晃のを違う形で作るから半分こすればいいのよ、と簡単に言われて、思わず頷いてしまった。
初めて食べたふわふわ卵のオムライスは、卵がたくさんで、ふわふわとろとろしていて、なかなか美味しい。
「あれ……? いっちゃん、成人式は?」
「はい?」
「二十歳、よね?」
「はい」
「成人式の案内は届いた?」
覚えがない。
首を横に振ると、おかしいわね、と陽子が眉間に皺を寄せる。
「夏から秋にかけて、住民票のある地域の成人式の案内が届くんじゃなかったっけ?」
「ちょうどその頃に、一太くんの住民票を移動していたかもしれん」
晃の父、誠が口を挟んだ。
「晃の家に移動した頃に、成人式の案内を作っていたのかもしれんな。そういう事もあるらしい。自分での申し込みもできるから、調べてみるといい」
「申し込み?」
「成人式の参加は当日でも大丈夫よ」
光里にも言われて、一太はますます首を傾げる。
「成人式の参加?」
「村瀬くん行かないの? 写真撮るだけなら、私、ヘアセットやってあげようか?」
「写真……」
何の話……。
「いっちゃん、スーツ持ってる?」
「いえ?」
スーツ……!
一太は何となくへら、と笑った。あるわけが無い。大学の入学式の時、新しく買ったばかりの服を着て行ったのに、スーツでなかったからと新入生の家族に間違えられて、保護者席で出席したくらいだ。無事に入学できて良かった。その後、スーツがいるようなことがなくて良かった。
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陽子の叫びも、一太には他人事だ。
成人式は絶対にやらなくちゃならない物でもない。一太にとってスーツが必要なシーンはもう終わってしまった。
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