【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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149 バレンタインのチョコ、どうする?

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「村瀬くん、バレンタインのチョコってどうする?」

 正月休みが終わり、学校が始まった。一太は、相変わらず岸田とピアノの補習を受けている。晃に教えてもらっているお陰で二人ともかなり弾けるようになっていて、テストはクリアしていた。けれど、二人のレベルアップと共に課題もどんどん難しくなるので、いつもギリギリの勝負であることは変わらなかったのだ。一太が、教育実習先の幼稚園で子どもたちに演奏の応援をされた話をしたら、岸田もまったく同じ体験をしていて笑ってしまった。子どもたち、天使かな、と岸田は言って、一太はうんうんと頷いた。
 そんなピアノの補習の帰り。二人で歩いていたら、岸田が言った。季節は一月下旬。世の中はバレンタイン一色だった。一太のアルバイト先のスーパーも、チョコレートだらけだ。いつもはチョコレートのかかっていないクッキーやせんべいにもチョコレートがかかっているし、手作り用の材料も特設コーナーにたくさん置かれていた。カップ焼きそばのチョコレート味を見た時には、特設コーナーに並べながら一太は首を傾げたものだ。一体、どんな味なんだ? いや、チョコレート味か。でも、焼きそば?
 面白くなって晃に話したら、味見してみる? と、買おうとしたので全力で止めた。一太は、変わり種より普通の味が好きだ。

「どうするって、何が?」

 一太には、バレンタインのチョコをどうする? という岸田の質問の意味がよく分からなかった。分からなかったので聞き返してみる。
 そういえば、岸田さんと話す時って、これを聞き返してもおかしくないかな、とか考えていないな、と一太はふと思った。
 友達ってこういう感じ? なんてね。

「やっぱ、手作り? それとも高級路線?」
「んん?」

 首を傾げる一太に、岸田も首を傾げた。

「あげるでしょ? 松島くんに」
「え? そうなの?」
「え? 好きな人にチョコを渡す日なんだから、渡そうよ。きっと松島くん、もらえると思って待ってるよ」
「お、おお」

 そうだったのか。女性からチョコレートを渡して男性に告白する日、というだけじゃないのか。

「告白の日、だと思ってた、から……」
「まあ、そうなんだけど。恋人同士でも、好きよってことで、チョコレートとプレゼントを渡したりするわけよ」
「な、なるほど……?」

 確かに、店内のポップには、気持ちを伝える、と書いてあった。というか、プレゼント? バレンタインにプレゼント?

「え? プレゼントって?」
「いや、まあ、それは置いといて」
「あ、はい」
「チョコレートよ、チョコレート」
「うん」
「村瀬くん、料理できるからさ。チョコレート菓子作るのかなーって思ってさ」
「あー。うーん」

 晃は甘い物が好きだし、何か作ってみてもいいかもしれない。たった今、恋人同士でもチョコレートを送ると聞いたばかりなので、買うか作るかも決めきれないが。

「私、オーブン持ってないんだけど、村瀬くんちある?」
「ある」

 晃の持っている機械は、電子レンジとオーブンの両方の機能が付いている。ケーキは何度か焼いたし、鶏肉やグラタンも焼いた。

「もし何か作るなら、一緒に作らせてほしいんだけど、どうかなあ。つよしくん、あんまり甘い物食べないから、ビターなチョコレート菓子とか作ってみたいんだけど、手伝ってくれない?」

 友達とお菓子作り……! 楽しそう!

「したい。一緒にお菓子作り……したい! 晃くんに、借りてもいいか聞いてみるね」
「わ、ありがとう!」

 岸田が手を打ち合わせて喜んでいる。一太も嬉しかった。また一つ、知らなかった行事を知った。

 *

 家のオーブンを使って岸田と二人でバレンタインのお菓子作り、の許可はあっさり下りた。その間、晃も家にいる、という条件付きで。

「松島くん。こういうのは、製作過程は見ない方が、後からの楽しみが増えていいんじゃない?」
「僕のために、いっちゃんが一生懸命バレンタインスイーツを作ってくれてる姿なんて、見逃したくないんだけど?」

 岸田が一瞬、言葉に詰まる。

「……あの。松島くんって、そんな感じだったっけ?」
「そんな感じだったよ」

 と、答えたのは安倍だ。

「ええ? そうなの……?」
「そうだよ」

 きっぱりと言い切った安倍に、晃が、どんな感じだよ、と突っ込んでいる。
 一太は、のんびりとうどんを口に運びながら、やっぱりこのメンバーでの食事が落ち着くなあ、なんて思っていた。今日は四人席に座れたので、本当に落ち着く。遠巻きに、他の人に見られているのはいつもの事なので、慣れてきてしまった。男の人数が圧倒的に少ないから、こうして固まっていると、どうしても目立ってしまうのは仕方ない。
 岸田も、何にも気にしなくなった。安倍と付き合いはじめて、ついでに一太たちと仲良くなった頃は、男子を独り占めしている、なんて陰口を叩かれることを少々気にしていたのだれど。でも、陰口に留まらず、怪我までさせられた時にすっかり吹っ切れたようで、その後は全く気にせずに過ごすようになった。ピアノの補習は一太と二人で参加するし、グループ課題は、この四人で四人組になる。ピアノのテスト近くの日には、晃と二人でピアノ室で練習することもあった。ピアノに関しては晃はスパルタなので、甘い雰囲気など漂うはずもない。一太に教える時だけは少し甘いことをこのメンバーは知っているけれど、岸田に対してはただただ厳しい先生だ。安倍の許可も一太の許可ももらっているし、晃の了承ももらっているのだから、と堂々としていた。
 そんな友人のことを見ていると、一太も自然と背筋が伸びる。学校生活は今、最高に楽しかった。

「俺も行くからな」
「どこに?」

 あっという間に食事を終えた安倍が、携帯電話を触りながら言う。岸田が、うどんの汁をすすりながら首を傾げた。

「バレンタインのお菓子作りに決まってるだろ」
「作るの?」
「作らねえよ」
「じゃあ何で?」
「松島だって作らねえだろうが。あのな、男二人の住んでる家に一人で行くんじゃない」
「ああー」

 岸田が、うどんの器を置いて間延びした声を上げた。

「あああああー」
「何だよ」
「ふふーん」
「だから、何だよ」
「やきもち?」
「仲間外れは嫌だろ」
「やきもち?」
「松島ほどひどくない」
「やきもち?」
「ああ、はいはい、そうですよ」

 ふふふふふ、と岸田が嬉しそうに笑う。可愛いなあ、と一太は見ていた。やきもちを妬かれるのって、嬉しいものなんだな。喜んでいる岸田を見て照れている安倍も、何だか可愛い。いや、可愛くはないか。いや、顔とかじゃなく仕草が可愛いから可愛いのか。

「いっちゃんも、岸田さんと二人だけで内緒で何かするとか、絶対駄目だからね?」

 晃の真剣な顔に、一太はくすくす笑って頷いた。
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