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203 当たり前にあるもの
昼ご飯は、食卓の上に置かれた鉄板の上で、大量の焼きそばが出来上がっていった。手抜きでごめんねー、と言った陽子は、切り落としの豚肉ともやしを大量に炒めて、市販の三人前入りの焼きそばをどさどさと三袋開ける。
「足りるかな?」
六人で食べる物を九人前作って、足りるかなってどういうこと? 首を傾げる一太の前で、わっさわっさと焼きそばが焼かれていった。お祭りの屋台みたいだ、と一太は思った。見たことはある。食べたことはないけれど。
そして、入れる野菜がもやしだけでもいいんだなあ、なんて一太は思う。作り方の欄に、キャベツ、人参などを入れると書いてあるから、それを入れて作るのだとばかり思っていた。もやし焼きそば、最高だ。何故、今まで思いつかなかったのか。安いし、切らなくていいし、量が増えるし、いい事しかないじゃないか。
一太が真剣に食卓を見ていたら、ははと笑う声が聞こえた。隣に座る晃が、一太の方を向いて笑っていた。
首を傾げると、いや、だってさあ、と晃が言う。
「テレビの前のソファに座ってるのに、食卓ばっかり見てるから」
「あ、ごめん」
お腹がものすごく空いているとか、そういう訳ではない。一太は今日、朝ご飯を食べて寝直したなまけ者だ。何なら、一食抜いてもらって構わない。働かざる者食うべからずだ。うん。それで構わない。
それで構わないのだが、陽子が料理している姿を見ることは許してほしい。決して欲しがったりしないから。我慢は慣れている。
一太は、誰かが料理している姿が見たかっただけだ。手本にしたい。家庭科の教科書や、図書館の料理本を読むだけではよく分からなかった部分を知りたい。
それだけなんだ、ともう一度食卓に目を向けると、一太の方を向いて、にこっと笑う陽子と目が合った。
誰かが、ではないなあと思う。一太は、陽子の作るご飯の味が好きなのだ。ほんの一年半前まで、学校の給食がこの世で一番美味しい、と思っていたけれど。今の一太には、陽子が作ってくれるご飯がナンバーワンだ。だから、陽子の料理している姿を見たい。覚えて、その味を作りたい。
「別に、謝ることじゃないよ。もっと見やすい特別席に行こう」
晃がソファから立ち上がったので、晃の服の裾を掴みっぱなしの一太も一緒に立ち上がった。食卓に着くと、いい匂いと焼ける音がじゅうじゅうと迫ってくる。大迫力の焼きそばだった。
「私、目玉焼き乗せる」
と、明里が冷蔵庫から卵を出してくる。持ってきた卵は六個。一人分には見えなかった。
「いる人ー」
「はーい」
一太以外の全員が手を挙げた。
「いっちゃんは?」
陽子に聞かれて一太は、やっぱり自分の分もあったのか、と驚く。
目玉焼きを乗せた焼きそばなんて、とても美味しそう……。
「食べたい……」
思わず言うと、笑顔が返ってきた。鉄板の上、焼きそばを端に寄せて空いたスペースに、卵がどんどん落とされる。豪快なその見た目に、一太は思わず笑った。
一太の分はここに、当たり前にある。……当たり前に。
一太は、目の前に並べられる箸が、この家に来るといつも同じ柄である事に気付いた。晃が青で、一太が緑。そういえば、歯ブラシの色もそうだったような気がする。一太の色が決められている?
つまり、この箸はお客さま用ではなく、この家に居る時の一太の箸?
気付いてしまえば、驚く事ばかりで。一太がここにいるのが当たり前だと、この家の人は色んな形で示してくれていた。
一太の頭の中に住むあの人の金切り声が、少しずつ、少しずつ小さくなっていくような、そんな気がした。
それなりに焼きそばを食べた一太は、またソファに連行された。片付けの手伝いなどしなくていい、病人は寝ているもの、だそうだ。その場にいる全員から言われてしまった。
夜も朝も寝たから眠たくないです、と抗議してみたら、明里が、どこかの部屋からボードゲームを出してきて居間の机の上に乗せた。
「やるわよ」
「へ?」
決定事項らしい。一太が、説明書を手渡されて読んでいるうちに、ゲームの準備は整っていた。他の人には、説明書は必要ないらしい。
「スタート」
明里がボードの真ん中にあるルーレットを回す。勢いよく回ったルーレットの、針の先が止まった分だけコマを進めて、止まったマスに書いてある行事をこなしていくゲームらしかった。
「すごろく……?」
「そうそう。そんな感じ」
一太に、誰かとすごろくで遊んだ記憶はない。でも、学校で習った。歴史の教科書だったか、図書室で読んだ本だったか、昔からある遊びだと紹介されていた。あれらはサイコロを振っていたから、これはちょっと違う。進化したすごろく、なのだろうか。
とりあえず、促されるままにルーレットを回してコマを進めているうちに、一太はすっかり夢中になってしまった。
順調に大学に入学したが、奨学金を借りたので借金を背負ってしまう。興した事業が成功して社長になった後で借金は返すことができた。結婚して子どもが四人も生まれて、教育費が大変だった。ルーレットの示す数字の通りに進まなければいけないので、ルーレットを回した人がどうこうできることは少ないのだが、マスの指示を見るたびに慌てたり喜んだりする。その様子を見て、他の人は大笑いしてしまうのだ。
「おやつ食べようか」
と、陽子に声を掛けられるまで、明里と学、晃と一太の四人で、ずっと大騒ぎだった。
「いっちゃん、疲れてない?」
「笑い過ぎて、頬っぺた疲れた」
一太は、頬をむにむにしながら、それでもまだ笑ってしまう。
「他にもいっぱい遊び道具が置いてあったわよ。あっちの押し入れ」
え? こんな楽しそうな遊び道具が、他にもたくさん?
一太が明里の言葉に思わず反応したのを、晃は見逃さなかった。
「え? そうなんだ。いっちゃん、明日からやろう」
おもちゃ。遊び道具。そして一緒に遊ぶ相手。そんな物が自分の人生の中に現れるなんて、一太は今の今まで想像したこともなかった。
思わず、へにゃりと表情を崩す。嬉しい。遊びたい。今、とても楽しかった。
色んなゲームを見てみたい。やってみたい。
こんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。
「足りるかな?」
六人で食べる物を九人前作って、足りるかなってどういうこと? 首を傾げる一太の前で、わっさわっさと焼きそばが焼かれていった。お祭りの屋台みたいだ、と一太は思った。見たことはある。食べたことはないけれど。
そして、入れる野菜がもやしだけでもいいんだなあ、なんて一太は思う。作り方の欄に、キャベツ、人参などを入れると書いてあるから、それを入れて作るのだとばかり思っていた。もやし焼きそば、最高だ。何故、今まで思いつかなかったのか。安いし、切らなくていいし、量が増えるし、いい事しかないじゃないか。
一太が真剣に食卓を見ていたら、ははと笑う声が聞こえた。隣に座る晃が、一太の方を向いて笑っていた。
首を傾げると、いや、だってさあ、と晃が言う。
「テレビの前のソファに座ってるのに、食卓ばっかり見てるから」
「あ、ごめん」
お腹がものすごく空いているとか、そういう訳ではない。一太は今日、朝ご飯を食べて寝直したなまけ者だ。何なら、一食抜いてもらって構わない。働かざる者食うべからずだ。うん。それで構わない。
それで構わないのだが、陽子が料理している姿を見ることは許してほしい。決して欲しがったりしないから。我慢は慣れている。
一太は、誰かが料理している姿が見たかっただけだ。手本にしたい。家庭科の教科書や、図書館の料理本を読むだけではよく分からなかった部分を知りたい。
それだけなんだ、ともう一度食卓に目を向けると、一太の方を向いて、にこっと笑う陽子と目が合った。
誰かが、ではないなあと思う。一太は、陽子の作るご飯の味が好きなのだ。ほんの一年半前まで、学校の給食がこの世で一番美味しい、と思っていたけれど。今の一太には、陽子が作ってくれるご飯がナンバーワンだ。だから、陽子の料理している姿を見たい。覚えて、その味を作りたい。
「別に、謝ることじゃないよ。もっと見やすい特別席に行こう」
晃がソファから立ち上がったので、晃の服の裾を掴みっぱなしの一太も一緒に立ち上がった。食卓に着くと、いい匂いと焼ける音がじゅうじゅうと迫ってくる。大迫力の焼きそばだった。
「私、目玉焼き乗せる」
と、明里が冷蔵庫から卵を出してくる。持ってきた卵は六個。一人分には見えなかった。
「いる人ー」
「はーい」
一太以外の全員が手を挙げた。
「いっちゃんは?」
陽子に聞かれて一太は、やっぱり自分の分もあったのか、と驚く。
目玉焼きを乗せた焼きそばなんて、とても美味しそう……。
「食べたい……」
思わず言うと、笑顔が返ってきた。鉄板の上、焼きそばを端に寄せて空いたスペースに、卵がどんどん落とされる。豪快なその見た目に、一太は思わず笑った。
一太の分はここに、当たり前にある。……当たり前に。
一太は、目の前に並べられる箸が、この家に来るといつも同じ柄である事に気付いた。晃が青で、一太が緑。そういえば、歯ブラシの色もそうだったような気がする。一太の色が決められている?
つまり、この箸はお客さま用ではなく、この家に居る時の一太の箸?
気付いてしまえば、驚く事ばかりで。一太がここにいるのが当たり前だと、この家の人は色んな形で示してくれていた。
一太の頭の中に住むあの人の金切り声が、少しずつ、少しずつ小さくなっていくような、そんな気がした。
それなりに焼きそばを食べた一太は、またソファに連行された。片付けの手伝いなどしなくていい、病人は寝ているもの、だそうだ。その場にいる全員から言われてしまった。
夜も朝も寝たから眠たくないです、と抗議してみたら、明里が、どこかの部屋からボードゲームを出してきて居間の机の上に乗せた。
「やるわよ」
「へ?」
決定事項らしい。一太が、説明書を手渡されて読んでいるうちに、ゲームの準備は整っていた。他の人には、説明書は必要ないらしい。
「スタート」
明里がボードの真ん中にあるルーレットを回す。勢いよく回ったルーレットの、針の先が止まった分だけコマを進めて、止まったマスに書いてある行事をこなしていくゲームらしかった。
「すごろく……?」
「そうそう。そんな感じ」
一太に、誰かとすごろくで遊んだ記憶はない。でも、学校で習った。歴史の教科書だったか、図書室で読んだ本だったか、昔からある遊びだと紹介されていた。あれらはサイコロを振っていたから、これはちょっと違う。進化したすごろく、なのだろうか。
とりあえず、促されるままにルーレットを回してコマを進めているうちに、一太はすっかり夢中になってしまった。
順調に大学に入学したが、奨学金を借りたので借金を背負ってしまう。興した事業が成功して社長になった後で借金は返すことができた。結婚して子どもが四人も生まれて、教育費が大変だった。ルーレットの示す数字の通りに進まなければいけないので、ルーレットを回した人がどうこうできることは少ないのだが、マスの指示を見るたびに慌てたり喜んだりする。その様子を見て、他の人は大笑いしてしまうのだ。
「おやつ食べようか」
と、陽子に声を掛けられるまで、明里と学、晃と一太の四人で、ずっと大騒ぎだった。
「いっちゃん、疲れてない?」
「笑い過ぎて、頬っぺた疲れた」
一太は、頬をむにむにしながら、それでもまだ笑ってしまう。
「他にもいっぱい遊び道具が置いてあったわよ。あっちの押し入れ」
え? こんな楽しそうな遊び道具が、他にもたくさん?
一太が明里の言葉に思わず反応したのを、晃は見逃さなかった。
「え? そうなんだ。いっちゃん、明日からやろう」
おもちゃ。遊び道具。そして一緒に遊ぶ相手。そんな物が自分の人生の中に現れるなんて、一太は今の今まで想像したこともなかった。
思わず、へにゃりと表情を崩す。嬉しい。遊びたい。今、とても楽しかった。
色んなゲームを見てみたい。やってみたい。
こんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。
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