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214 成人式 2
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受付を終えて案内された、控え室という名の狭い道具置き場に四人で入ると、撮影中の写真屋の声が聞こえてきた。成人式当日の写真屋は撮影予約がいっぱいいっぱいに入っているようで、別の場所にも待っている家族が見え、一太たちが受付を終える頃にもまた、別の家族が入口から入ってきていた。着付けを終えたばかりの着物姿の女性は、とても華やかだ。
「はーい。にっこり笑ってー。あ、目は細めないで開いていてね」
写真屋は、え? どうやって? と思わずツッこんでしまいそうなことを言っている。一太が耳をすませていると、無茶な要求は次々と聞こえてきた。
「はーい、顎をひいて。あ、俯いたら駄目だよ。しっかり正面を向いて目線はちょっと上ね。あ、あんまり笑いすぎないで。口角は下げちゃ駄目だよー」
一太は、控え室に置いてある鏡を思わず覗き込んだ。笑って、目を細めない? 顎を引いて俯かない? 正面を向いているのに目線は上?
何をどうやってどうしろと?
「いっちゃん、どうかした?」
晃が、こそと一太の耳元で囁く。
「ん? あ、ええっと。笑って目を細めないってどうするのかな、と思って」
「ん? ああ。はは。変なことばっかり言ってるよね」
晃が笑った。晃のきりりとした大きな目が、すぅっと細くなる。
「え? 無理じゃない?」
「無理だね」
真面目な顔で呟く一太に、晃はやっぱり笑って言う。
「え、どうしよう」
「はは。いいんだよ、適当で」
「適当って、でも、そんな……」
今まで携帯電話で写したたくさんの写真たちにお金はかかっていない。だから、例え目をつぶっていようが口を開けていようが構わなかった。でもこれは、お金を払って写してもらう写真である。しかも、お代は陽子が払うという。
「私が、二人ともの成人式の記念の写真が欲しいから写してほしいの。私の趣味。私の楽しみ。だから、費用は私持ち。ね? 何にもおかしくないでしょ?」
「ええっと。……はい」
確かに。写真屋で写真を撮ることなんて、一太には思いつきもしない。美容院で姿を整えて貰うことも。
だから、陽子のお願いを聞いたという形で一太はここに居るのだが、でも、折角お金をかけて大勢の人がするようなことをしてもらえるのなら、ちゃんとしたい。
ちゃんとやり遂げ……。
「松島さん、どうぞ」
がちがちと固くなった一太の背中を、晃の腕が包んで押してくれる。
「いっちゃん。一緒に撮ろ。二人で撮ろ。ね?」
「もちろん、二人揃った写真も撮ってくださいって注文してあるわよ。最初は二人で撮る? それがいいかもね。思いっきり笑ってくれていいからね。でも、ちゃんと一人ずつの写真も撮ってね。私は欲張りだから、全部欲しいの」
晃も陽子も誠も、楽しそうに笑っている。笑っていい。写真は、楽しく笑っていい。そうか。うん。
晃くんが隣で笑ってくれるなら、俺はきっと勝手に笑ってしまうんだろう。
贅沢だけれど、幾らするのかも知らないけれど、自分でお金を払って二人の写真を買いたいな、なんてことを一太は思った。薄暗い部屋に入り、指示された場所に立つ。
今から撮る写真は、ずっと手元に置いておきたい写真になる。そんな気がした。
指示された場所に立って、隣の晃を見上げる。同じタイミングで一太を見下ろした晃が、ふと優しく笑った。一太もつられて笑うと、カシャとシャッターの音がした。
あ、しまった、と一太が慌てて前を向くと、
「気にしなくていいよー。試し撮り、試し撮り」
と、写真屋が笑う。
「後で購入する写真を選んでもらうから、撮ってる枚数は気にしないでね」
手伝っている女の人が、何か照明のようなものを調節しながら笑った。
「じゃあ二人で真面目な顔して。いいよー。次は、笑って。あ、でも目は開いててね。よーしよし。じゃ次は、一人座って、一人は後ろから屈んで寄り添ってみようか」
「お父さん、結婚式の写真じゃないんだから」
「あ、そうだった。まあ、いいじゃないか。違うポーズも一枚撮っておこう」
思わず笑顔になってしまう、写真屋の夫婦の軽妙な掛け合いに乗せられているうちに、二人での写真があっという間に撮り終わった。ぽんぽんと降ってくる指示に従っていたら、あっという間だった。じゃあ次は一人ずつ、と言われて、一太はほぅっとため息を吐く。
「いっちゃん、いい顔だったよ」
晃が一人で撮っている様子を見ながら、陽子が小さな声で話しかけてきた。いい顔、がどんな顔かは分からないが、普通にできていたのなら良かった。
「あの、ありがとうございます」
「何が?」
何が……。
なんだろう。何だか自然と口から出た。何だかこう、胸から溢れてぽろりと。
「その、色々です。色々、全部」
そう。色々。色んな、たくさんの、これまでの全部。
「なあに、それ?」
ふふふ、と陽子は笑う。
「いえ。ありがとうございます。陽子さんも誠さんも。ありがとう」
自然と頭も下がった。
成人式ってのは、そういう日なのかもしれない。
こんなに自分を大切にしてくれた大人へ、無事に大人になれたことを感謝する、そんな日。
「やあだ、いっちゃん。まだ何にもしてあげてないわ。うちの子になるのはこれからよ、これから」
ありがとう。
ぶわり、と胸の中に暖かいものが広がっていく。
一太はこの日、生まれて初めて、心の底から、生きていて良かった、と思った。
本当に、そう思った。
「はーい。にっこり笑ってー。あ、目は細めないで開いていてね」
写真屋は、え? どうやって? と思わずツッこんでしまいそうなことを言っている。一太が耳をすませていると、無茶な要求は次々と聞こえてきた。
「はーい、顎をひいて。あ、俯いたら駄目だよ。しっかり正面を向いて目線はちょっと上ね。あ、あんまり笑いすぎないで。口角は下げちゃ駄目だよー」
一太は、控え室に置いてある鏡を思わず覗き込んだ。笑って、目を細めない? 顎を引いて俯かない? 正面を向いているのに目線は上?
何をどうやってどうしろと?
「いっちゃん、どうかした?」
晃が、こそと一太の耳元で囁く。
「ん? あ、ええっと。笑って目を細めないってどうするのかな、と思って」
「ん? ああ。はは。変なことばっかり言ってるよね」
晃が笑った。晃のきりりとした大きな目が、すぅっと細くなる。
「え? 無理じゃない?」
「無理だね」
真面目な顔で呟く一太に、晃はやっぱり笑って言う。
「え、どうしよう」
「はは。いいんだよ、適当で」
「適当って、でも、そんな……」
今まで携帯電話で写したたくさんの写真たちにお金はかかっていない。だから、例え目をつぶっていようが口を開けていようが構わなかった。でもこれは、お金を払って写してもらう写真である。しかも、お代は陽子が払うという。
「私が、二人ともの成人式の記念の写真が欲しいから写してほしいの。私の趣味。私の楽しみ。だから、費用は私持ち。ね? 何にもおかしくないでしょ?」
「ええっと。……はい」
確かに。写真屋で写真を撮ることなんて、一太には思いつきもしない。美容院で姿を整えて貰うことも。
だから、陽子のお願いを聞いたという形で一太はここに居るのだが、でも、折角お金をかけて大勢の人がするようなことをしてもらえるのなら、ちゃんとしたい。
ちゃんとやり遂げ……。
「松島さん、どうぞ」
がちがちと固くなった一太の背中を、晃の腕が包んで押してくれる。
「いっちゃん。一緒に撮ろ。二人で撮ろ。ね?」
「もちろん、二人揃った写真も撮ってくださいって注文してあるわよ。最初は二人で撮る? それがいいかもね。思いっきり笑ってくれていいからね。でも、ちゃんと一人ずつの写真も撮ってね。私は欲張りだから、全部欲しいの」
晃も陽子も誠も、楽しそうに笑っている。笑っていい。写真は、楽しく笑っていい。そうか。うん。
晃くんが隣で笑ってくれるなら、俺はきっと勝手に笑ってしまうんだろう。
贅沢だけれど、幾らするのかも知らないけれど、自分でお金を払って二人の写真を買いたいな、なんてことを一太は思った。薄暗い部屋に入り、指示された場所に立つ。
今から撮る写真は、ずっと手元に置いておきたい写真になる。そんな気がした。
指示された場所に立って、隣の晃を見上げる。同じタイミングで一太を見下ろした晃が、ふと優しく笑った。一太もつられて笑うと、カシャとシャッターの音がした。
あ、しまった、と一太が慌てて前を向くと、
「気にしなくていいよー。試し撮り、試し撮り」
と、写真屋が笑う。
「後で購入する写真を選んでもらうから、撮ってる枚数は気にしないでね」
手伝っている女の人が、何か照明のようなものを調節しながら笑った。
「じゃあ二人で真面目な顔して。いいよー。次は、笑って。あ、でも目は開いててね。よーしよし。じゃ次は、一人座って、一人は後ろから屈んで寄り添ってみようか」
「お父さん、結婚式の写真じゃないんだから」
「あ、そうだった。まあ、いいじゃないか。違うポーズも一枚撮っておこう」
思わず笑顔になってしまう、写真屋の夫婦の軽妙な掛け合いに乗せられているうちに、二人での写真があっという間に撮り終わった。ぽんぽんと降ってくる指示に従っていたら、あっという間だった。じゃあ次は一人ずつ、と言われて、一太はほぅっとため息を吐く。
「いっちゃん、いい顔だったよ」
晃が一人で撮っている様子を見ながら、陽子が小さな声で話しかけてきた。いい顔、がどんな顔かは分からないが、普通にできていたのなら良かった。
「あの、ありがとうございます」
「何が?」
何が……。
なんだろう。何だか自然と口から出た。何だかこう、胸から溢れてぽろりと。
「その、色々です。色々、全部」
そう。色々。色んな、たくさんの、これまでの全部。
「なあに、それ?」
ふふふ、と陽子は笑う。
「いえ。ありがとうございます。陽子さんも誠さんも。ありがとう」
自然と頭も下がった。
成人式ってのは、そういう日なのかもしれない。
こんなに自分を大切にしてくれた大人へ、無事に大人になれたことを感謝する、そんな日。
「やあだ、いっちゃん。まだ何にもしてあげてないわ。うちの子になるのはこれからよ、これから」
ありがとう。
ぶわり、と胸の中に暖かいものが広がっていく。
一太はこの日、生まれて初めて、心の底から、生きていて良かった、と思った。
本当に、そう思った。
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